次話前話小説目次 
絶えず巡る幾億の星々が、月夜の静謐に眠る命を見下ろす。
暁を待つ守人は、降り注ぐ光に無償の加護と無情の慈悲を思い、程なく訪れる一時の別れに目を細めた。


「やはり行くのか」
「……」


音を立てずテントから出てきたロベルトに、は天を見上げたまま声をかける。
無防備に晒される喉元は、ともすれば彼の投げナイフで一突きに出来そうなものだが、彼はそうする事も無く彼女から視線を逸らす。


「止めないんですね」
「お前の道はお前のものだ」

「…僕が…他の生徒を殺しても?」
「………」

剣呑な問いに、彼女は暫し沈黙すると視線を下ろした。
ようやく交わった視線の先には、の予想通りの顔をしたロベルトがおり、彼女はこの状況では不釣合いな微笑みを浮かべる。


「わからない人ですね」
「心配するな。ちゃんと止めてやる」


かみ合わない返答に、ロベルトは眉を寄せて彼女を見る。
嘲笑とはかけ離れた、柔らかな笑みを浮かべるに、全てを見透かされているような気さえした。
己の中に生まれた妙な焦りと苛立ちに、本当に全て知られているかという思いが過ぎる。
だが、それを肯定すれば、意味不明の返答すら納得できるものになりそうで、一瞬でもそれに甘えようした自分から、彼は目を背けた。


「気が向いたら、いつでも帰ってこい」
「………」



再び天を仰ぎ言ったに、目を向ける事も、返事を返す事も無いまま、ロベルトは月が傾き始めた荒野へと消えた。





Illusion sand − 65





「っらぁああ!!」
「カーフェイ、突出しすぎだ!」
「援護入るよ」

「あーあーあー・・・無茶苦茶だなありゃ…」
「熱い年頃なんだねー」
「暢気に見ていないで、交代と回復の準備をしておきなさい」
「そろそろ疲れきるころだなー」


日が昇ってから数時間後。
ロベルトという戦力を欠いた8班は、ザックスが持っていた地図を頼りに南西へ向かって進んでいた。

ロベルトの離脱を聞いたカーフェイは、朝からずっと荒れた様子で、モンスターに会う度誰の指示も聞かず猛進していく。
今も、モンスターが現れるやカーフェイは突っ込み、アーサーが何度目かもわからない制止の声をあげていた。
本来接近戦向きのアレンが、後方から短銃で二人の援護をするという事態になっているが、カーフェイの暴走は止らない。

これまでも、戦闘が終わる度にアーサーがカーフェイに言葉をかけていたが、馬の耳に何とやら。
やザックスが言葉をかけても、すぐに上の空で考え込む始末である。
完全に冷静さに欠ける彼は、誰の言葉も聞き入れず、ともすればアレンの援護に気付かない事もしばしばだった。


我武者羅に敵に向かっていけば、それだけ体力も削れ、傷も出来る。
肩で息をしていながら、まるで暴れ馬のように敵に向かっていくカーフェイに、班員は動けなくなるまで待つ事に決めた。


去っていくロベルトを、黙って送り出したと言うに、カーフェイが掴みかかったのは記憶に新しい。
そのままの勢いで投げ飛ばされ、何か言葉をかけられたようだったが、が彼に何を言ったのかは二人だけしか知らなかった。
その後暫くは大人しくしていたが、時間が経つにつれ感情が表に出てきたようで、今は暴走機関車状態になっている。

ロベルトの離脱に、アーサーは毅然としながらも肩を落とし、ジョヴァンニは口数が減って何かを考えている事が多くなった。
ガイは特に気にした様子も無く、相変わらずマイペースでいる。
アレンは、アーサー同様表にこそ出さないが、落胆の色が見え、同時に何故か他の班員を気にする素振りが多くなった。

大きな動揺を見せない班員の態度も、カーフェイが荒れている原因の一つなのかもしれない。


「ガイ、出ろ!カーフェイは戻れ!」
「まだやれる!」
「意地より勝利〜。ジョヴァンニ〜?」
「はいよーっと」


防御に遅れが見え始めたカーフェイに、アーサーが交代を指示する。
粘ろうとするカーフェイだったが、後方援護をガイと交代したアレンが彼の前に割り込んだ。
ガイに呼ばれたジョヴァンニは、素早く戦闘チームの中に入ると、引く気配が無かったカーフェイを担いで戦線離脱する。
強制的に戦闘から外されたカーフェイは、ジョヴァンニに怒鳴ろうとするが、その前に地面に落とされた。


「何すんだよ!」
「少し落ち着け」

「なっ…」
「一人で戦ってんじゃねえんだぞ?」


静かに、言い聞かせるようなジョヴァンニに、カーフェイは声を上げようとする。
が、返す言葉が見つからなかったようで、そのまま口を噤むと戦闘を続ける3人に目を向けた。

そんな生徒達を見ていたザックスは、彼らに声をかける事も無く、黙って戦闘を見守っているに目を向ける。
腕を組み、動く気配も無い彼女に、彼はちらりとカーフェイに目をやり、彼女の耳元に顔を寄せる。


、いいのかよ?」
「ええ」

「……」
「今私が口を出しては逆効果です。彼を行かせたのは、私ですから」


これぐらい自分達で何とかする。そう言って再び口を閉ざしたに、ザックスは物言いた気な顔をする。
だが、彼らの監督はあくまで彼女であり、自分は部外者だという思いから、それ以上言葉を続ける事は無かった。

相変わらず戦う生徒達を眺めている
その横顔を見ながら、立場の違いで出来た薄い壁に、ザックスは出会った頃の彼女を思い出す。
の意思で作っていた壁は、共に過ごす僅かな時間があっという間に消し去ってくれた。
だが、更に時が経った今、出来上がってしまったどうする事も出来ないそれに、少しだけ寂しい気もする。
自分もまた、ソルジャーとしての仕事をする時は、きっと彼女と同じ薄い壁を作るのかもしれないが。

此処に居たのが自分ではなくセフィロスであったなら、彼女はどんな表情でいただろうか。


「ガイ!落ち着いて狙え!!」
「ごめーん」


一際大きなアーサーの怒号に、ザックスは戦う生徒達に目をやる。
坊主頭という特徴からすぐに分った援護の生徒の向こう。
モンスターの前で戦う二人の生徒のうち、黒髪の小さい生徒が、殺気が篭る目でガイを睨みつけていた。
すぐに敵に目を戻した彼の体には、接近闘いでは仕方が無いと言える程度の掠り傷がいくつかある。
どれも上手く急所を避け、服が少し破れた程度だったのだ。
だが、ただ一つだけ。彼の背の脇腹辺りに、赤い血が滲んでいた。

掠るどころではない。本当に撃たれたのだと分るそこからは、徐々に赤が広がり始め、薄灰色の制服を染めていく。
とんでもないミスに、ザックスがを見ると、彼女は険しい顔で組んでいた腕を解いた。


「ジョヴァンニ出ろ!カーフェイはアレンを戻…がっ…」


叫び振り向く間に、モンスターが待ってくれるはずなどない。
班員に指示を与えていたアーサーは、後方への指示に気を取られた瞬間、振り上げられたモンスターの腕に吹き飛ばされた。
一瞬宙を舞い、数メートル離れた場所に落ちたアーサーは、衝撃と痛みで起き上がるのが一瞬遅れる。
そんな彼へ飛び掛るモンスターに、アレンは痛みを堪えて向かおうとしたが、その体は鳴り響いた銃声に崩れた。

顔を上げたアーサーの眼前には、先程までの攻撃で傷を負ったモンスターの顔と、振り下ろされた鋭い爪。
視界の隅に、腿を打ち抜かれて崩れていくアレンの姿があった。
防御も攻撃も出来ないと瞬時に判断した彼が、転がるように横へ回避する。
不利な体制からのそれは、攻撃を完全にかわす事が出来ず、布を裂く小さな音と共にアーサーの腕に傷をつけた。


「アレン!」
「ガイ、何処撃ってんだよ!」


ガイに腿を打ち抜かれて倒れた親友に、ジョヴァンニが走り出す。
援護どころか味方に弾を当てたガイに、カーフェイは怒声を上げてアーサーの方へと走った。
だが、幾ら近い場所にいるとはいえ、兵士の卵でしかない彼が、アーサーとモンスターの間に入り込むだけの速さを持っているはずが無い。

立ち上がろうとしたアーサーの体は、再び振り上げられたモンスターの腕に弾き飛ばされ、近くにあった岩に叩きつけられた。
強く打った背中に一瞬呼吸が止り、乱れた視界の中で牙を剥いて飛び掛かってくるモンスターの姿が見える。
頭で分っていても反応する事が出来ない体は、そのままズルリと地面に落ち、その牙でこの身を裂くだろう黒い獣を目に映すしか出来なかった。


最後の最後までこの目は閉じない。


それが彼の信念であり、たった一つ覚悟だった。
だから彼は、アバランチを眠らせて命を絶った彼女に小さな憤りを覚えた。
それは安らかな眠りだったかもしれない。
だが、最後の最後まで己の意思を貫く事をさせなかった彼女に、残酷だと言葉を吐いた。
まるで全てを諦めさせたようだったから。

そんな事を思い出しながら、アーサーは唾液を撒き散らして迫る赤い瞳を見据えた。
まだ終われないという思いは、今日居なくなってしまった彼の背中を脳裏に蘇らせる。
仲間が呼ぶ声を何処か遠くで感じる彼の視界は、自分の体から溢れた赤に染まるより先に、闇の中に揺らめく黒い虹のような色に変わった。












これで終わりか?











そう思った途端、モンスターに殴られていた腹部から、グッと胃液が上がってくるのを感じた。
生理的作用で下腹部には自然と力が入り、喉元まで上がってきた胃液を抑える事が出来ず、アーサーは込み上げて来たものを吐き出す。

口から出てきたものと、目の前にある地面に何が起きたか理解出来ないまま、ジクジクとした腹の痛みが襲ってきた。
酸素を求める肺と、吐き出したがる胃に苦しさが増して、生理的な涙が浮かぶ。
だが、それ以上の痛みも何も無い体に、咳き込みながら顔を上げたアーサーの目には、終わりを感じた瞬間に見た黒があった。

闇というには明るいそれは、さらりと揺れる黒絹の糸ようで、何故か眩暈すら感じる。
まるで羽が舞うように、ふわりと消えた体の痛みと苦しさに、彼はゆっくり地面に身を預けながら、そこにある小さな背中を眺めていた。







眼前に翳された掌に、獣は凍りついたように動きを止める。
何の変哲は無い、黒いグローブをはめた小さな手と、黒曜石のような瞳の人間は、呼吸すら忘れさせる程の恐怖と戦慄を与えた。

威圧ではなく、殺気でもない。
そこにいる誰一人目で追うことが出来ない速さで、はモンスターとアーサーの間に割り入った。
全てを服従させる魔獣使いの瞳は、遠い日のそれを凌駕し、獣の自由を奪う。



「跪け」



人の言葉でありながら、絶対であるかのような声に、獣は崩れるように地に伏せる。
震える事も許されず、まして刃向かおうと考える事さえ許されない何かに対峙したように、獣は目の前の餌を狩る本能すら失った。

静まり返るその場に、剣を鞘から抜く音だけが響く。
身を貫く銀色の刃に、目を向けることさえ許されない獣は、頭部に突き刺さった刃を一つの末期の悲鳴もなく受け入れた。


「カーフェイ、アーサーを」
「あ…はい!」


剣についた血を払いながら叫んだに、戦場は時を取り戻す。
ゆっくり上体を起すアーサーに、カーフェイは回復マテリアを取り出しながら走った。

ジョヴァンニもまた、我に返ったように、傍らで倒れたままのアレンに目を向ける。
顔を顰めたままの彼の腿は、早くも膝まで赤く染まり、先に負った脇腹の傷もその赤を広げていた。


「アレン、待ってろよ!すぐ楽になっから!」
「ジョ…ヴァンニ…」
「私がやる」


サァッと僅かな砂埃を舞わせ、一瞬で目の前に来たに、二人は目を見開く。
まるで瞬間移動したかのように現れた彼女に、彼らは声を上げることも出来なかった。

驚く生徒らなど意に介さないように、はアレンの傷を見る。
服で隠れた傷口と、おびただしい出血に眉を寄せると、彼女は打ち抜かれた腿に手を伸ばした。

触れた瞬間小さく呻き声を上げたアレンは、唇を噛み拳を強く握る。
布で隠れた傷口に、はナイフを取り出すと、彼のズボンを股下5cmから切り裂いた。

じわじわと血が溢れる傷口は、腿の外と内両方にあり、弾が貫通した事がわかる。
脇腹のそれより遥かに出血しているが、不幸中の幸いだと考えながら、彼女は口先でケアルガと唱え、ケアルをかけた。

一瞬で塞がった傷口に、ジョヴァンニは口をポカーンと開けてを凝視する。
痛む傷が減ったアレンは、幾分か表情が和らぐものの、残る脇腹の傷に、まだ汗は引かず息も荒いままだった。
失血で貧血を起し始めているのか、アレンの目には覇気が無い。
虚ろな目で見る彼の額を軽く撫ぜると、は彼の上着をたくし上げた。

脇腹の背中の方にある傷は、足の傷より前に出来たせいか、肉が締まり始めている。
腹の方からの出血は無く、まだ銃弾が中にあるのだと分ると、は小さく舌打ちした。


「アレン、大丈夫なのか?」
さん…」

カーフェイに支えられながら来たアーサーに、はちらりと目をやると再びアレンを見る。
アレンは拳を握ったまま、じっと一点を見つめ、彼女は近づく足音に気配を伺いながら、目を向けることはしなかった。


「弾を取り出す」
「なっ…素人がやるなんて無茶だ!」

「此処に医者がいるか?他にどうする?」
「今は傷口を塞ぐのが先だろ!弾は後から病院行けばいいじゃねぇか!」

「ただの弾ならそうするだろうが…どうなんだ?ガイ」


背後に立ったガイに、は背を向けたまま問いかける。
薄笑みを浮かべる彼を、アレンは鋭い目で睨み、他の班員は眉を寄せた。
彼らの視線に、ガイは一層笑みを濃くすると、ポケットから小さなナイフを取り出し、の首にピタリと刃を止める。
目を見開く班員には目もくれず、ガイは彼女の顔を覗き込もうとするが、それは彼の頭をガシリと掴んだザックスによって阻まれた。


「何考えてんだ…?餓鬼んちょ」
「ヤダなぁ…頭掴まないでよ。ムカつく」

「そりゃどうも。で、この弾は何どんなやつだ?」
「知らないよ。弾は適当に入れてるから…後でいきなり吹っ飛ぶかもしれないし、毒が入ってるかもしれないし」

「生徒に許可されてる弾の種類は限られてるはずだけどな…」
「普通じゃつまんないでしょ?銃弾集め趣味なんだよねー。やっぱ色々試…」
「その話は後だ。始めるぞ」
「マジでやるってのかよ!?」


続きそうなガイとザックスの問答を、は無理矢理終らせると、ガイのナイフを取り上げる。
無茶苦茶としか思えない選択をしたに、ジョヴァンニは声を上げて彼女を睨んだ。
が、今止めたとして、アレンの中に入っているものがガイの言う物騒な弾であったら、そちらの方が一大事だ。

医術の覚えが無い人間がやるそれが、狂気の沙汰としか思えない事ぐらい、も分っている。
しかし、だからと言ってそのままにも出来ないのだ。
打開策が無い訳でもない。


「…アレン、どうする?」
「…聞くまでも…無いでしょ………………取って」
「アレン!お前正気か!?」

「ザックス、ジョヴァンニを抑えろ。アーサーとカーフェイはガイを捕まえておけ」


驚愕に声を上げるジョヴァンニを無視し、は間髪入れずに3人へ指示を出す。
を止めようとしたジョヴァンニは、アッサリとザックスに捕らえられ、ガイもすんなり二人に両腕を捕まえられた。


「あんまり…痛く…しな…でね」
「心配するな。何の感覚も無い。…レモラ」


名を呼ぶ声に、空気が微かに震えた。
小さく渦を巻いた風から澄んだ水が現れ、音も無く広がると、中から青色の小さな影が一つ飛び出す。
空の青と深海の蒼を映す鏡のような鱗の魚は、戯れるように一度の傍を回ると、横たわったアレンの傷に顔を寄せた。
尾鰭が震え、その身を彩る青が凝縮するように頭に寄ると、鱗は白銀に変わっていく。
濃紺に染まっていく色は、小さな瞳に集まると、一滴の透明な涙となって彼の傷口に落ちた。

その瞬間、アレンの体からは痛みも苦しみも、体の感覚全てが無くなる。
静寂の中、朝露が水面に落ちたような音が広がるのを聞きながら、目を泳がせる彼の目の前に回ったレモラは、その鼻先に軽く口付けると掻き消えた。


「気に入られたな」
「え?」


今の魚にか?と、首を傾げたアレンは、そもそもあれは何者なのだと考えてしまう。
召喚獣のようだが、「レモラ」という名は聞いた事が無い。
世界にはまだ未発見のマテリアがあると言うので、その一つだろうとしか思わなかったが。

それにしても、本当に何の感覚も無いものだと、アレンは治療されながら不思議な感覚がする。
視覚や聴覚こそ変化は無いのだが、触覚や痛覚は完全に消えているようで、まるで自分の体ではないようだった。
それどころか、先程まであった貧血の眩暈まで無くなっているのは、何だか信じられない。

背中から聞こえる、自分の血と肉。そしての指が出す音だけが、嫌にグロテスクでリアルだが、感覚がないせいか夢を見ているような気さえした。


先生、どうやってんの?全然感覚無いんだけど…あと貧血治ったっぽい?」
「回復魔法をかけながらやっているからな。…取れたぞ」
「アレン、どうなんだ!?なぁ、痛くないか!?」

「うっさいよジョヴァンニ。全然平気…ってか、むしろ快調?」
「私の魔法は、少し強…」


背後でザワついた気配に、は言葉も言い終えぬまま振り向き、向かってきた何かを叩き落した。
だが、その後ろから現れた小さなナイフに、彼女はまだアレンの血がついたままの手でそれを掴む。
地面の上に転がって滑る銀色の刃が音を立て、その中にドサリという何かが倒れた音が二つ混じった。

それが誰かなど、考えずとも察しが付く。
顔を上げたの前には、双剣の片方をブラブラさせるガイと、その足元で倒れるアーサーとカーフェイがいた。

右の胸元を押さえ、血が混じる咳を出すカーフェイの制服は赤く染まっている。
彼に庇われたのだろう。
後ろからその体を支えているアーサーは、他の物など目もくれずカーフェイの傷を抑える。
だが、止らない赤はカーフェイの手を赤く染め、口から零れる血がアーサーの手に落ちて赤い筋をつくっていく。


「やだー。それも止めちゃったのー?」
「手加減ぜんぞ」


言うと同時に、先程の召喚など比では無い程に大気が震える。
の指の間から、受け止めたナイフが落ちた瞬間、傍にある空間がグニャリと歪み、白い炎がその腕に巻きついた。
激しい魔力の流れに、魂が震えたかと思った刹那、彼女は腕を振り下ろし、自由になった光が一直線に放たれた。


「っ!」

歪む空気が見える程の威力を持つそれは、まるで心が麻痺したかのように恐怖も何も無い。
眼前に迫った光に、ガイは我に返ると、寸での所で転がるように身を翻し、動けないアーサーとカーフェイを飲み込んだ。


「ハッ!馬鹿じゃないの!?自分の味方巻き込んでるよ!」


今のでサングラスが外れたガイは、ダークグレーの瞳でを見つめ、歪な笑みを浮かべながら罵りの言葉を吐く。
未だ消えない魔法は、真っ白な球体となって二人を包み、周りの空間は嵐の海のように乱れていた。


「……カー…フェイ…?…アーサー…」
…」


悲鳴すら届けてくれない白の呪縛に、アレンは呆然としながら、感覚が無い口を動かして二人の名を呼ぶ。
ジョヴァンニは目を見開いてを見つめ、ザックスは感情を抑えるように、静かに彼女の名を呼んだ。
だが、は誰に返事を返す事も、指一つ動かさないまま、己が出した白い光を見つめていた。


「流石神羅の回し者。味方にも容赦無いね。最高だよ!!ねぇどうするアレン!?頼みの先生はアーサーとカーフェイを殺しちゃったよ?」
「……嘘だ…」

「嘘なもんか!凄い威力だよね。死体残るかなぁ?君が信じなきゃならない先生は、何の罪も無い生徒殺しちゃったよー?かわいそうにカーフェイなんか、本当に何も知らなかったのにね!」
「………」


声を弾ませるガイは、両手を広げて見せ付けるようにアレンへ語りかける。
呆然としながら彼へ視線を移したアレンは、自分が知らない色をしているガイの瞳を強く睨みつけた。


「可哀想だよねー。神羅の元にいる君も、すぐに同じ人間になるよ!」
「…五月蝿い…」

「味方殺しになって、誰も傍に残らない。僕が教えてあげた通り、甘ったれは生き残れないんだよ!!」
「五月蝿い!喋りすぎなんだよ君は!余計な事ばっかりベラベラベラベラ、不愉快だ!!」

「逆ギレ?ウッザいなぁアレンは。僕、もう行く」
「待て!…っく…」


口を尖らせて身を翻したガイに、アレンは立ち上がろうとする。
だが、麻痺が消えない体は思うように動かず、上半身を起した途端そのまま崩れた。


「無様だね。ジョヴァンニ、行くよー」
「おう」
「え、痛っ!」


地に這い蹲るアレンを一瞥したガイは、ザックスが背に庇っているジョヴァンニに、顎で指図すると走り始める。
答えたジョヴァンニに驚いたザックスだったが、理解するより先に、腰に針で刺されたような小さな痛みを感じた。
瞬間、体の力が一気に抜け、膝を着くと同時に刺された部分から鈍い痛みが広がっていく。


「な…毒かよ…!」
「ソルジャー相手なんで、スンマセン」


刺した本人でありながら、申し訳無さそうに苦笑いしたジョヴァンニは、軽く頭を下げ、小走りでザックスの横を大回りして追い抜いていく。
そのままの前を横切ろうとした彼だったが、いまだ収まらない魔法を眺め、ちらりと彼女を見た。
一点を見つめたまま動かない彼女は、目の前を通り過ぎようとするジョヴァンニさえ見えていないようだった。
試しに近づき顔を覗き込んでみるが、やはり彼女は反応しない。


「………ァ………ォ……ュ……」
「壊れちまったのか?」


微かに動いている唇に、ジョヴァンニは耳を澄ませてみるが、聞き取った声はどんな単語にも当てはまらない、意味不明の言葉だった。
守るはずの生徒を、自分の手にかけてしまったショックで、どうかしてしまったのか。
もう少し強い人だと思っていたが、案外脆かったようだと考えると、ジョヴァンニは自分を見上げる親友に目をやった。


「ジョヴァンニ…?」
「ごめんな、アレン」


信じられないと見つめるアレンに、彼は困ったように眉を下げた。
偶に見せる、困ったような笑顔で頭をかき、視線を彷徨わせると、彼は小さく溜息をつく。


「これが俺の道なんだよなぁ」
「何で…」

「……じゃぁな、アレン。死ぬなよ」
「……」


呆然としたままの彼に、いつもの笑顔を向けると、ジョヴァンニはガイの後を追い走り出した。
遠ざかる背中を見つめるしか出来ないアレンは、喉から出たがる声に息が荒れ、しかし出すべき言葉がみつからず叫ぶ事も出来ない。
まだ間に合うと、頭のどこかで考えながら、現実から目を背けたくなる自分は指一つ動かせなかった。


「クソッ…ソルジャーをナメんじゃねぇぞガキんちょめ…」


地面を擦るような音と、痛みを耐えるように吐き出された声に、アレンは首を捻って振り向く。
ジョヴァンニに刺された腰を抑えながら、剣を杖にして立ち上がったザックスは、大きく息を吐くとが出した魔法に目を向けた。


「マジ痛いっつのあのデカブツ…何の毒打ちやがったんだ…」


体を引き摺るように歩く彼は、白い球体の前まで来ると、それに手を伸ばす。
触れた途端、そこから無数の光の糸が伸び、ザックスの体を包み込んだ。

「うぉ!」

彼が一体何をしているのか、形を変えた光が何なのかわからないアレンは、ザックスの声にビクリと身を震わせる。
その瞬間、ザッという音と共に目の前に黒い靴が現れ、目を丸くした彼は慌てて上を見上げた。


〜、毒消し貰うな〜」


言いながら、勝手にのポケットから小瓶を取り出したザックスは、口をあけるとそれを一気に飲み干す。
空を捨てたザックスは、目を丸くして見つめるアレンに目を止めると、ニカッと笑ってその頭を撫ぜた。


「心配すんな。アイツらは俺が追っかけるからさ」
「え……」

「悪いようにはしねぇよ。彼氏なんだろ?」
「………は?」

「こーんな可愛い彼女泣かせる奴は、俺が一発ガツンとやってやるよ!」
「……」

「あと、女の子の体に傷つけた不届きな坊主頭も、俺がキツーく懲らしめてやるからさ」
「………」

「元気出せとは言わねえけどさ、女の子は笑ってる方がいいぞ?な?」
「……………」


何言ってんだよコイツ…。
驚きから、段々と険しくなっていくアレンの顔に、ザックスは首をかしげるものの励ましの言葉を続ける。
勘違いに気付かず、満足そうに笑った彼は、もの言いたげなアレンから、無反応のへ視線を移した。


「じゃ、俺は行くから。また合流できるかはわかんないけど、無理すんなよ、
「………」


肩をそっと叩いたザックスに、は微かに頷き、ようやく彼に視線を合わせた。
正気を失ったのだとばかり思っていたアレンは、怒りも吹き飛んで再び目を丸くする。


「こちらは予定通り進みます。ザックス、お気をつけて」
「ああ。じゃぁ、またな!」


先程までの姿が嘘のように、普通にザックスと会話する
立ち上がったザックスは、彼女に手を振ると、既に見えなくなったガイとジョヴァンニの後を追って走り出した。
それを見送った彼女は、ゆっくり立ち上がると、倒れたままのアレンに手を差し伸べる。


「もう立てるだろう?」
「え…」


目をぱちくりさせるアレンに、は彼の脇を掴んで立ち上がらせる。
感覚が戻っていた体に、少々の混乱を覚えた彼の手を引くと、はアーサーとカーフェイを包む球体の元へ歩いた。


「…二人は…?」
「…お前も少し食らっておけ」

「は?うわ!!」


驚く彼を無視し、はその体を球体に押し付けた。
先程のザックスのような白い糸は出なかったが、薄い膜のような光がアレンの身を包み、体の中に吸い込まれていく。
痛みも苦しみも無く、むしろ何処か心地良ささえ覚えるそれに、驚きさえも薄れていった。

夢見心地と言うのだろうか。
こんな場所でありながら、妙に安心できる心に、アレンは瞼が重くなりそうな気さえした。
が、夢の国に旅立ちかけた意識は、フッと消えた光によって、現実へと戻された。


「……んー…凄…すよー…」
「…きょ………巨乳…」


ゆっくりと瞼を開きかけたアレンだったが、足元から聞こえた二つの声に、カッと目を見開く。
見れば、てっきり魔法で塵にされたと思っていた二人が、幸せそうな顔で寝息を立てて転がっていた。


「カーフェイ…アーサー?」
「…グッスリだな」

「何で…だって、先生の魔法で死んだんじゃ…!?」
「回復魔法で死ぬ奴があるか」


サラッと言ったの言葉に、アレンは暫く思考が停止した。
もはや彼には、今日何度自分が驚いたのか、数えるのは不可能だろう。


「手加減しないでケアルガを放ったのだ。お前も攻撃と勘違いしたクチか?アレン」
「ケ…ケアルガ…?」

「ジョヴァンニもガイも、まんまと騙されてくれたがな」
「……」


固まるアレンに、ニヤリと笑みを浮かべると、は膝をついてカーフェイの服を開く。
綺麗に消えた傷跡に安堵の息をつくと、彼女は夢の国にどっぷり浸かる二人を起こしにかかった。


「呪文の詠唱は面倒だが、効力は格段に上がる。カーフェイの傷は深かったからな…。カーフェイ、もう起きなさい」
「…巨乳が……」

「どんな夢を見ているんだ馬鹿者」
「…巨乳のアーサーが…巨………あ?」

「………お前…どんな夢をみていたんだ?」


呆れて頭を小突いたに、カーフェイはようやく目を覚まして目を丸くする。
不思議そうに辺りを見回す彼から手を放したは、まだ眠っているアーサーを見た。


「…………」
「ふふっ……皆…いい子…すねー……嬉し……」


ヨダレを垂らしそうなほど、本当に幸せいっぱいの顔で眠るアーサーに、は思わず起すのを躊躇いそうになった。
人生の幸という幸に溢れたような寝顔の彼は、一体どんな幸せな夢を見ているのだろうか。
が、カーフェイの妙な寝言のお陰か、何とか考えを持ち直したは、申し訳ない気がしながらアーサーの肩を叩く。


「アーサー、起きろ」
「駄目です…まだ皆お片づけが……」

「寝惚けるな班長」
「…ちゃんは……星組………」

「………」
「ん…いい子ですねー……おゆうぎも……」


この子も、どんな夢を見ているのだろうか。
寝言とはいえ、ちゃん付けされた事には顔を引き攣らせ、アレンとカーフェイは他の単語から推測できる彼の夢に固まる。

よっぽどケアルガが気持ちよかったのか。
一番先に目を覚ましそうな彼の、普段とは全く違う顔に、3人は暫く彼の寝顔を見つめていた。







何かもう、色々詰め込んだよ。
まさに怒涛の展開ですよ。
2007.10.31 Rika
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