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、面白い物があるぞ、と」
「ザックスの女装写真ですか?」
「何ででゃよ・・あっ」


目覚めてから3日程ち、徐々に顔色の良くなってきたの病室で、レノは持っていた数枚の紙を差し出した。
ルーファウスから宛に送られてきた、見舞いの『厳選ウータイ牛のミルクから作った極上プリン』を頬張っていたザックスは、彼女の言葉にスプーンを咥えて抗議する。

言った拍子に口の端からプリンが零れ、慌ててティッシュに手を伸ばした彼を横目に、はレノから受け取った書類を手に取った。


「・・・・・ほう・・・・」
「読めるか?」

「いえ、全く解りません」
「・・・・アンタの身元引受人リストだ。コイツら、アンタに覚えがあるらしいぞ、と」

「・・・ほー・・・・」


何処でどう知り合ったのか聞いてみたいものだと思いながら、は並べられている名前と思しき文字を眺めた。






Illusion sand − 35







「これが4人目。スラム街の自称ボス、ドン・コルネオだぞ、と」
「覚えがありません」
「・・・ヒヨコ豚・・・?」


が眠っている間、神羅は彼女の血縁や知り合いの情報を求めた。
結果は予想通り思わしくかったが、何故か血縁者という者や、婚約者だと言い出したものがいる。

情報を受け付けるのは別の部署であり、レノはまとめられた結果を受け取るだけ。
どうせ何も情報など無いと思っていただけに、手元に来た5人のリストに、彼は心底驚いた。
だが、その内容を見た瞬間その驚きも呆れに変わり、書類に同封していた顔写真に顔を引き攣らせる事となる。

一見真面目に見えるビジネスマン風の男から、記憶の真偽を疑いたくなる老人まで、5人の人種は様々だ。
形だけとはいえ、仕事は仕事。
どうせ結果は見えていると思いながら、レノはの病室へ書類を持ち込んだ。

リストの下に重ねられた書類には、それぞれの顔写真と名前、間柄等が書かれている。
は全く興味の欠片もないようにそれらを眺め、特に感想を言うでも無く、覚えが無いと言い続ける。

彼女を挟むようにベッドに腰を下ろすレノとザックスは、書類を覗き込みながら、あーだこーだと言っていた。
文字もまだ読めないに代わり、二人は内容を言葉にしてくれているが、その内容にの顔はどんどん呆れの色を濃くしていく。


「ソイツは除外の最有力候補だぞ、と」
「ザックス、会ったことも無い人を、そのように言うものではありませんよ」
「でもよ、この理由と続柄の欄見てみろよ?『ちゃんはボクちんの可愛い可愛い未来のお嫁さん(はぁと)』だってよ」

「色々可愛そうな奴だな・・・」
「・・・・・いつか目が覚めますよ」
「いつになるんだろうな・・・」


遠い目で窓の外を眺めると、3人は何も言わず4人目の書類をゴミ箱にそっと入れる。
新たに手にした5人目の情報は、を自分達の孫と言う老人のものだった。


、おじいちゃんだぞ、と」
「こんな小童に育てられた覚えなど無い」
「小童か」

「小さい頃からおじいちゃん子で、よくブランコをして遊びました。だと」
「そんな遊びした覚えすら無いな」
「ん〜っと、山に薬草を取りに行くと言って出て行ったきり帰ってこなくなりました・・・だって」

「いい薬は取れたのか?」
「さあ・・全く覚えがありませんね」
「はい、ゴミ箱行き〜」


カーム在住の老人の書類をクシャクシャに丸め、ゴミ箱に投げ捨てると、3人は溜息を吐きながら体を伸ばした。
マトモな情報があるとは最初から思っていなかったが、此処まで変人が多かったのは予想外だ。



「じゃ、俺はこの5人と面接してくるぞ、と」
「来てるのですか?」
「・・・色々スゲェ」

「直接アンタと対面させたら、混乱する恐れがあるって言ってな。2時に本社に来る」
「そこで貴方が虚言を暴く・・・ですか」
「戻ってくんのか?」

「夕方には戻ってくるぞ、と。おベンキョ、頑張れよ」
「お気をつけて」
「じゃぁな〜」


ヒラヒラと手を振って出て行ったレノに、二人は何処の世界にも暇な人間はいるものだと、他人事のように考える。
書類をゴミ箱の中に捨てたまま行ってしまったレノも、この件には相当やる気が無いようだが、仕事なのだからそれなりにやるのだろう。

面接の様子も、その報告もどうせ予想がつく。
結果など聞くまでも無いと考えると、二人は早速頭を切り替えて、勉強道具を取り出した。



2人に運動を止められ、説得させようとした医師にまで猛反対されたは、ここ数日ベッドの上で文字の勉強ばかりしている。
言葉は同じなのに、文字は全く違うのは、普通に異国語を学ぶより難しいものがあった。

だが、目覚めてからのは、ミッドガル到着の日が嘘のように、出された問題を解き続けていた。
星の意思が渦巻く中、精神体だけで長居したおかげか。

あの時脳内で騒いでいたのはこの星の意思の断片であり、そこには当然この世界の文字に関する知識もあるのだ。
完璧に読み書きできる訳では無いが、予想外の収穫は彼女にとって大きな利益である。

頭にくる事もしばしばだったが、文字という知識を与えてくれたという点は感謝しなければならない。
差し引いてみれば丁度良いくらいだろうと、彼女は今日の課題にペンを走らせた。




・・・ホントに、寝てる間何があったんだ?」



あっという間に書き上げられた答案に、ザックスは不思議そうな顔をしてを見る。
無理も無い事だが、数日経っても慣れないものは慣れないらしく、その言葉は日に2度は必ず聞かれていた。

普通ならばしつこいと言うところだが、この質問をする時の彼の目は、何故か心の底を見透かすような色がある。
嫌悪感は無く、苦手に思う事も無いが、何故確信を持ったような目をするのか、には疑問だった。

はぐらかしているだけだからかもしれないが、それだけとは思えない。
言葉にしてやろうかとも思いはしたが、この星の願いを思い出すと、それも憚れた。

この星に生きる者ではなく、異物とも言える自分に、その力の為に頼むのだ。
後手にしか回れない状況で、下手にザックスに情報を与えては、彼を危険に晒す可能性もある。

ただそれだけで、事態が急変するという事は考えられ難いが、そうなってからでは遅いのだ。





「その質問・・・今日は3回目ですね」
「・・・・はぐらかしたり、嘘つかなきゃならない理由でもあんのか?」

「今日は随分突っ込んでくる・・・」




痺れを切らせてしまったか、と、は小さく息を吐いて彼を見つめた。
懐かしささえ感じるほど澄んだ彼の瞳は、微かな苛立ちと焦燥の色を混ぜながら、まっすぐに彼女を映す。

彼の誠への礼、その身の安全、星の意思。
どれに準じた言葉を並べても最善とは思えず、結局曖昧な言葉しか口に出せない自分に、は微かに自嘲の笑みを浮かべた。


「そう躍起にならなくても、何もありませ・・」
「嘘」


言葉を遮ったザックスの言葉に、は微かに眉を上げて彼を見る。
何時に無く鋭い物言いと、奥底まで覗きこむような瞳の彼に、彼女は僅かに目を見開く。


・・・さ、嘘ついたり、隠したい事があると、ほんのちょっとだけど瞼伏せるんだよな」
「・・・・・・・」

「ホント、ほんのちょっとだけど」


それは癖というものなのだろう。
自分では意識していないそれを突然指摘され、は一瞬思考が止まった。
だが、どう記憶を探っても、意識していない仕草まで覚えているはずが無い。

あの確信の見えた瞳は、この癖のせいだったのだ。
少々曲者なところがあるとは思っていたが、自分のそんな所まで掴んでしまったザックスに、は見事だとすら思った。
嘘をつくにも、はぐらかすにも、表情に出ないように気をつけていたはずだ。

結果ザックスの言う通り、微かではあるが出ていたのだが、付け足した言葉は自信不足が伺えた。
つまり、彼自身ハッキリと解っているわけでは無いのだろうが、それを差し引いても、よくそこまで見ているものだと思う。

気を抜いていた訳ではないが、そんな些細な所に出てしまうとは、自分は余程彼が気に入っているのか。
思っていた以上にザックスに気を許していた自分と、それに甘えず自分の目で嘘を見破った彼に、沸々と感情がこみ上げてきた。


「当たり?」
「・・・ふっ・・・ククッ・・・」

「・・・・・?」
「アハハハハハハハハ!!」

「ぅひぇ!?」
「ハハハハハ!最高だザックス!私は思っていたよりお前を気に入っているようだ!!」

「・・・・あ・・・どうも・・・?」
「今ので更に気に入った!なかなかやるではないか。ククククク・・・」

「・・・え・・・う・・うん・・・ありがとう・・・?」



何だろう
彼女に何が起きたのだろう
気に入っていると言われ嬉しいのは確かだが、突然笑い出したに、ザックスは驚きを隠せない。

愉快そうに笑みを浮かべる彼女が、二人で正座していた時のセフィロスを思わせるのは気のせいだろうか?
二人の性格が似ているとは間違っても思わないが、今目の前で笑っている彼女はあの時の彼そのものだ。

強くなると、自然とこうなってしまうのだろうかとも考えたが、きっとそんなはずはない。
そう願いたい。
女性らしからぬ言葉や、それに対し違和感を感じなかった事については、記憶から抹消する事にした。


「仕方ありませんね・・・。確かに・・・何も無かった訳ではありませんよ」
「ホントか!?」

「ええ」


笑いが収まったは、苦笑いにも似た笑みを浮かべながら小さく息を吐く。
しぶしぶと言うよりは、諦めに近いようだが、彼女は嫌な気はしていないようだ。
身を乗り出す彼に、は微かに目を細めると、ブラインドの合間から見える外に目を向けた。

何処から話せば良いか・・・と、考えるが、どう考えた所で口に出せない問題もある。
下手な事は言えないと、今更ながらに戒めると、は慎重に言葉を選んだ。

数秒考えるも、結局いつもと変わりないかもしれないと、気持ちが顔に出そうになるのを押さえた彼女は、ゆっくりと彼に振り向いた。



「・・・変えたい運命がある」


「・・・え?」




彼女の呟やきに、その意味に理解が追いつかず、また受け入れ難い言葉に、ザックスは微かに目を開く。
数秒の後、ある程度言葉の意味を飲み込んだ彼に、は目を逸らす事無く再び口を開いた。



「運命とは・・・適切ではありませんね。決め付けた呼び方で、まるで決して避けられないようです」
「えーっと・・・?」

「そう・・・数ある未来の選択肢の中の一つ。その道、その先にある物語を迎えたくない」
「・・・・あー・・・?まぁ、何となく解るよ」


混乱しはじめたザックスに、はまあまあ上手くいっていると思いながら、さらに言葉を続ける。
初めから、全て納得させて理解させるつもりなど毛頭無かった。
下手に口を割れない今は、解らないながらも納得してもらえた方がいい。



「仮に未来が決められていたとしたら・・・ザックス、貴方はどうです?」
「そ・・・そんなの・・・自分の未来が勝手に決められてるって事だろ?」

「そうです。私はそんなもの・・・・冗談じゃねぇ」
「!?・・・え?今、最後・・・言葉が・・・え?」

「だから変える。自分の事を他人に勝手に決められるのは好きではありません。
 他人が作った道の上を歩かされるのも御免です。むしろソイツを道の上に転がして踏みつけて歩くでしょう」
「えぇ!?」

「邪魔する者は何人たりとも許しません。私の道は私の物です。そうでしょう?」
「ああ・・・そうだけど・・・あの、なんか人が変わ・・・ううん、何でもない」

「私は、私の意志にのみ従い、私の意志で守り、私の意志で戦う。今も昔も、これからも」
「ああ・・・うん」

「それだけです」
「・・・・・・・・・」



ヨクワカラナイ。

の、何時似ない乱暴な物言いが見え隠れした事への驚きに、ザックスは小さく頷きながらも首を傾げた。
彼女の言い分は良く解るのだが、並べられた言葉の端々に見られる粗暴さが、理解を妨げて混乱を生んでいく。


彼女が何を言いたいのか、その意味を理解する事に気をかけているザックスが落ち着くのは、もう少し後になるだろう。
実際は、寝ている間に何があったのかという具体的な答えを、口に出していなかった。

だが、恐らくザックスは今の言葉に答えがあると思い、暫くはその謎解きに専念するに違いない。
体よくはぐらかした事になるが、だからといって今の言葉も、答えに全く関係が無いわけではないのだ。

後で盲点に気付き、聞いてきたなら、少しぐらい答えてやらなくもない。
とはいえ、それを言うならば、この言葉の中にある自分からのサインにも気付いた上で・・・という事になるが・・・。


「つまり・・・寝てる間に戦ってたのか?」



馬鹿な子程可愛いと言うが・・・・

仕方ないのだろうか?
これはもう、どうしようもない勘違いなのだろうか?

確かに混乱させようと並べた言葉に集中してしまえば、彼がそう考えてしまのも仕方が無かった。
だが、幾ら何でも、は寝ながら戦うという特技は持ち合わせていない。

そもそもそれは寝ている内に入るのだろうか?


奇抜な発言をする青年に、はどうしたもんかと眉間に皺を寄せた。
珍獣を発見し我が目を疑う人のような顔をする彼女に、ザックスは無理矢理笑みを作ると首をかしげた。


「先の事・・・自分で決めたいから、邪魔者は許さないんだな?」
「・・・ああ、まあ・・・そうですね」

「・・・・将来への不安か?」
「・・・・・・・そんなところです」



当たらずとも遠からずだが、何か間違っている気がする。
このままではまったく別の方向へ答えを見つけそうなザックスは、彼女の気持ちも知らないまま考え込んでいた。



「あのさ、それで・・・・結局、寝てる間何があったわけ?」
「・・・・・」


結論といえばそうかもしれないが、彼の言葉は、思考を放棄しただけに過ぎない。
確かに、彼は面倒臭い事を考える性質ではないが、思考を混乱させるための言葉は、見事に置き去りにされた。
何処か空しささえ感じながら、しかし彼らしいような、そして予想通りと思えてしまうのは何故だろう。
これ以上何を言っても、結局最後には同じ場所に戻ってくる事は、すぐに予想が出来た。


「長い夢を見ていた」
「どんな?」

「・・・・さあ・・・もう覚えていません。
 ただ、目が覚めた時にそう思った。そう思わせる夢だったんでしょう」
「・・ふーん・・・・ま、いいか」



先程の事で、考えるのが面倒になったのだろう。
彼女からの解りやすい言葉に、ザックスはあっさりと引いた。

手間のかかる子だと考えながら、は今日の分の課題を仕舞い始める。
手間のかからない生徒に、ザックスは部屋の隅にある小さな冷蔵庫を開け、中から大量の菓子を出した。
それらは全て、レノから『を太らせる』という連絡を受けたルーファウスからの見舞いの品である。

この数日毎日のように届けられる菓子は、どれも絶品ではあるのだが、如何せん量が多すぎた。
太る前に胃を壊すだろうと思えるそれらは、必死に減らさなければすぐに冷蔵庫から溢れるのだ。

物には限度があるという事は、ルーファウスもわかっている。
だが、これは見舞いという労わりの気持ちで包んだ、嫌がらせという名の悪戯だった。
胃腸薬も同時に届けさせておいて、違うなどという事は無いだろう。

毎日胸焼けギリギリまで甘いものを食うハメになっていると、手伝いと称し高級スイーツのみを食うザックス。
気が向いたとき、好きなものだけ半分食べ、残りをに渡すレノ。

最初の頃は、甘いものなど本当に久しぶりだと、喜んで食べていたもの、所詮最初のうちだけである。
一体何時になったら、この冷蔵庫が空になるのかと、は水羊羹を飲み込んで溜息を吐いた。






その頃、本社に戻ったレノは、例の情報提供者を前に、底意地の悪い笑みを浮かべていた。
生き生きとした目をする彼とは対照に、その前に座る者の殆どは意気消沈し、頭を垂れている。


「それじゃ、失格者は帰ってくれて結構だぞ、と」


細められた青の瞳に、嘘を見抜かれた彼らはすごすごと部屋を出て行った。
それを黙って見送ったレノは、扉が閉められた事を確認すると、末席で目を伏せている人物を見る。


雪のように白い肌と、セフィロスよりも色が薄い銀の短髪の女。
人間と言うには整いすぎた顔は、雪原に咲く氷の花を思わせ、その身に纏う空気も冷たさを感じさせた。
白と水色を基調とする服は良く似合っているが、余計にその印象を冷たくさせる。

と並ぶ程滅多に見れないような美女に、レノは目を細めながら、彼女と同伴した数人の男性を見た。

有り得ない程長く伸ばした銀の髭を生やし、細い目を閉じたまま杖を持つ長身の老人。
暑苦しいほど筋肉隆々の、厳しい顔つきをした長髪の大男。
一般人とは思えないが、軍の中に居そうな雰囲気の、金髪で体格のいい男。

一体どんな関係の組み合わせなのか。
目を引く妙な4人組に、レノは自身の性質の悪い好奇心に苦笑いしつつも、口の端を吊り上げた。




私の頭の中では、ウータイには牛がいるものだと勝手に決め付けられてます。
因みに、『厳選ウータイ牛』シリーズは、今回登場したプリンや、短編で出てきたコーヒー牛乳の他にもいっぱいあります(笑)
捏造万歳。遊べる所は遊びたいんです。え?最後の4人組?・・・まぁ、予想通りですよ(笑)
2006.12.07 Rika
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