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寄り添える誰か
かけがえの無い誰か
ただの女として、傍にいたいと思える誰か

そんな人と出会って、恋をして、
普通の女の子が夢を見るような、普通の幸せを手に入れて

貴女にはそれを見つけて欲かったのに
ただ何処にでもある幸せで良かったのに

貴方の孤独を分け合える人
この世界にしかいないたった一人の人
ずっと一緒にいられる人

貴女に見つけて欲しかった
その人と出会って欲しかったから

その人と惹かれ合えばきっとずっと幸せでいられると思ったのに
出会った人達が死んでいっても、耐えていけると思ったのに

『彼』をが愛してくれたら
『彼』がを愛してくれたら
『彼』をが支えられたら

そしたら、はもう戦う事なんか無いんじゃないかなんて思ってる

『彼』の中に宿る者がの力で消えて
の中に宿る力が『彼』の中に宿る者に消されて

もいつか年をとって
もいつか土に還れるんじゃないかなんて

そんな幸せを手に入れられるのにって思ってる

変えられない未来を変える事が出来るのかわからないのに
変えられなかった時が苦しむの解ってるのに


私達、どうしたいのかな?










Illusion sand − 33





歪む景色が形を成し、石の壁が広がると共に、室内に転がる棺桶まで姿を現す。
蜘蛛の巣までついたそれに、今度は何を見せるのかと、はぶり返す苛立ちに大きく舌打ちした。

何時までも訳のわからない事に付き合うつもりもなく、星の望みも解った今、此処に長居する理由が見当たらない。
その上、場所は今にもアンデットが飛び出してきそうな、棺桶だらけの地下室である。
そのまま出て行こうと、は背中に会った扉に手を掛けた。

「む?・・・・ぬっ・・・ふっ・・・・・・・・ぬん!!」

鍵がかかっているのか、それとも歪んで開かなくなっているのか、扉は押しても引いてもびくともしない。
鍵穴やドアノブを見る限り、さび付いては居ないようだが、部屋から出られない事には変わりなかった。


「・・・・・・不愉快だ」

開かない扉と、此処へ閉じ込めた星に向って吐き捨てるように言うと、は部屋の中央にある棺桶にドカリと座り込んだ。
が、同時に中から小さな物音が響き、彼女は驚いて棺桶を見る。

他のものに比べ、幾分か埃の少ない棺桶は、彼女の尻の下でガタゴトと音を立てていた。
中に何かいるのは解るが、この部屋の雰囲気では恐らくモンスターだろう。

もしや、この中身が仲間の言っていたジェ何とかなのだろうか。
だとすれば、この現象の意味も理解できなくは無い。
承諾してくれたなら、早速退治して欲しいという事だろう。

だが、この尻の下でもがく何かが、星の脅威となるだけのものとは思えない。
それだけの力があるのならば、自分がこの部屋に入った瞬間襲い掛かってきてもおかしくないはずだった。

ならばこの棺桶の中身はジェ何とかではなく、別の何かに違いない。
だがしかし、わざわざ蓋を開けて面倒を起す趣味もは持ち合わせておらず、結果放置という結論に至った。


出られないのならば、出てこなくて結構。


棺桶の蓋を必死に叩く何かを無視し、はどうしたら扉を破れるかと考えを廻らせた。
不運な事に、部屋の中には扉を破れるような道具は無く、あるのは空の棺桶ぐらいである。
せめて刃物の一つでもあれば良いものをと考えながら、はしきりに蓋を叩く尻の下の棺桶を見る。

ただでさえ静かな部屋に、その音は五月蝿いほど響き、めぐらせている考えを妨げていた。
魔物ならこんな蓋ぐらい破れば良いものを、何故そうしないのか。
それも出来ないほど非力な魔物なら、わざわざ出てこなくてもさして問題は無いだろうと、彼女は面倒臭気に蓋を軽く叩いた。


「少し静かにしていろ」
「・・・・・人か?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」



よもや返事が、それも人語が返ってくると思っていなかったは、声の主が居る棺桶を見ながら数秒固まった。
人語を話すモンスターかとも思ったが、此処は素直に中に人がいると考えた方が良いのだろう。
だが、こんな場所で、しかも棺桶に入っているような人間など、普通いるだろうか?
この星の、まだ自分の知らない文化なのだろうかと考えながら、はゆっくりと棺桶から腰を上げた。


「人・・・なのか?」
「さてな・・・早く上からどいてくれ」

「もうどいている。出てくるなら早く出て来い」
「・・・・・・・」


少しの沈黙の後、棺桶の蓋がガタガタと鳴ったと思うと、それはゆっくりと横へずらされた。
暗闇の中、蓋を開けられた棺桶の中の人物は、ゆっくりと上体を起す。

が、瞬間目に追うには不可能な速さで何かが目の前を横切った。
それが何か理解する間もなく、首に当たった誰かの指先の感触に、全身を冷やりとした感触が包む。
一気に噴出す冷や汗と、呼吸を圧迫するような殺気に、彼は瞬きすら出来ないまま固まった。


「・・・本当に人だったのか」


指先一つ動かす事も出来ない彼に、かけられた声は何処か気が抜けている。
言葉の意味さえ理解する事が出来ずにいる彼に対し、声の主は彼の首に触れていた手を引き、彼を押さえつけていた重圧と殺気を解いた。

途端大きく息を吐き、酸素を求めて荒い呼吸をする男は、背をさする温かな感触にゆっくりと顔を上げる。



「すまないな。こんな場所だ。てっきりモンスターだと思った」
「・・・・・・お前・・は・・・」

「ん?何・・・・」



汗を滲ませ自分を映す赤い瞳に、の言葉は途切れ、背を撫ぜていた手も止まる。
軽く見開かれた瞳には、いつかの夢で見た赤い服を着た黒髪の男が、自分と同じような顔で映っていた。


「・・・・・・・バッツとかいう奴らの・・仲間か?」
「知ってるのか?」

「少し前、お前を任せると言って化けて出てきた」


何故、と考えかけたところで、ふとの脳裏にレナの言った言葉が蘇った。
僅かに砂の香りが残る風吹く場所で、毎夜夢に語る彼女が言った言葉。

ただの女として、普通の幸せと言えるものを手に入れる。
それが出来る、それを叶えられる誰か。
幾百の月日を生きる自分と、孤独を分け合い生きてゆける、この世界にしかいないたった一人の人。

それがこの男だというのだろうか。





暗そう・・・・





口に出しては言えないが、の第一印象はそれであった。
場の雰囲気のせいもあるかもしれないが、場の雰囲気があるからこそ、この薄暗い部屋で棺桶の中に居る男に、暗そうな雰囲気がついてくる。趣味も疑わしい。

どうしたもんか・・・。


それ以上思考が止まり、口を閉ざしてしまったに、黒髪の男は怪訝な顔をしながら、ゆっくりと立ち上がった。
同時に立ったを、彼はまじまじと見つめ、服に隠された口をゆっくりと開く。


だな」
「ああ」

「・・・・・・・・死人か?」
「いや、まだ生きている。今は精神体なだけだ」

「精神体・・・・」


精神体という言葉に、首を傾げる彼を無視し、は彼を見上げる。
こうして会話が出来るという事は、此処はセフィロスの時のような不確定な未来ではなく、現在と言う時間軸の上なのだろう。
何故触れられたかという事については、彼女自身が答えを出せる事のようには思えず、考えない事にした。
大凡仲間や星の力によるものかとも思えるが、尋ねる本人達が居ないのでは、どうしようもない。


「名は?」
「ヴィンセント・ヴァレンタイン」

「バッツ達は・・・何と?」
「・・・・異世界より来たる者・・・その身に四柱のクリスタルの力を宿し、次元の狭間を生きる。
 無の砂漠を彷徨い、血に染まる黒の衣を纏いて、星の力に導かれこの世界に降り立つ。
 その者、太古、天より落ちし星への厄災と対を成し、邪と聖の刃を持って彼の厄災を灰と帰す。
 幾百の時を生きしその者、死と老いを知らず、訪れし災厄より永久にこの地を守護するだろう・・・と」

「あいつが・・・そんなふうに言ったのか?」
「いや、私が要約した」

「お前・・・良い長老になれるよ」
「・・・・」


呆れたような苦笑いをするに、ヴィンセントは気分を害したのか恥ずかしくなったのか、そっと視線を逸らす。
それに微かに笑みを零した彼女は、床に転がる棺桶の蓋を取り、元通りにすると、その上に腰を下ろした。

黙ってそれを眺めていたヴィンセントに、腰を下ろすよう目で促すと、彼も彼女の隣に腰掛ける。
片足を棺桶の上に上げ、体をこちらに向けるにあわせるように、彼は体の向きだけを彼女に向けた。


「で、他には何か言っていたか?」
「・・・・・・・お前は・・・相当な天然で笑えると」

「・・・・・・・」
「頭は良いがおかしな方向へ思考を向けるから注意しろとも」

「・・・ほう」
「・・・・怒らせると大地を灰にする可能性があるので、決して逆鱗に触れてはならないとも言っていた」

「・・・・・・・」
「それと・・・モンスターを下僕にし、飼いならして虐げるのが趣味だというのは本当か?」

「誰が言ったそんな事!!違うわ!ちゃんと愛情込めて飼育しておったわ!」
「ファリスとかいう男だ」

「・・・あ奴は女だ。因みに虐げてなどおらん。乗っていただけだ」
「・・・・そうなのか・・・」



乗るだけでも十分虐げているのではないかと思いつつも、言った所で火に油を注ぐだけだろうと、ヴィンセントは口をつぐんだ。
何処か尊大に思える口調も、数百年生きているのならそうなるのだろうと、さして気にしない事にする。
自分もいつか彼女のような口調で喋るようになるのかと思ってみるが、あまり想像出来なかった。


「で、まだ何か言っていたか?」
「・・・・お前を手助けしてほしいと」

「・・・・何?」
「私も、お前と同じ不老不死というやつだ。永久に生き、老いる事も無い。お前と共に生き、支えて欲しいと言われた」

「・・・それが嫌で、棺桶に入って死んだフリをしていたのか?」
「違う」


「そうなのか」と言いながら、では何故かと考えるを見ながら、ヴィンセントはバッツ達の言うとおりだと思った。
息を止めさせた殺気も、精神体とかいう芸当も、流石異世界の人間だとは思う。
だが、その言動は如何せん別の方向に伸びている気がするのは、間違いではないだろう。
出来ればそれが痴呆でない事を祈る。


「共に戦ってくれる・・という訳では無さそうだな」
「戦う?」

「ジェームズとかいう奴だ。知らないか?」
「・・・・いや」

「じゃぁジェシカだ。もしくは、ジェンカかジェスカ。」
「・・・・ジェノバか?」

「いや、それは無かった。多分違うだろう。そもそも『ジェ』しか解らない上に、それすらもアテになるかどうか・・・」
「・・・使えん情報だな・・・」



ならジェノバで間違いないのではないか?
そう思いながらも、実際『ジェ』も合ってるか定かでないと言うのなら、違うのかもしれない。
仮に戦う相手がジェノバだったとしても、バッツ達の言う事が本当ならば、自分が此処で言わずとも、いずれ戦う事になるのだろう。


「全くだ。他に情報が無い以上、向こうが行動を起すまでは、何も出来ん。後手に回るのは好きではないが、仕方ないだろうな」
「それで・・・勝てると思っているのか?」

「さあな。だが、出来ん事を頼むほど、星も阿呆ではないだろう。でなければ、もっとちゃんと情報を与えるはずだ」
「・・・・・星に・・・」

「暫くは気取られぬよう大人しくしているさ。先に手を出せないのなら、不意打ちを与える事が上等且最も効果的手段だ」



何食わぬ顔をしながら語るその瞳は、闇に燻る炎から顔を出す戦鬼を思わせる。
覗き込めばゾクリと震えそうな体に、ヴィンセントは静かにから視線を離した。

恐ろしい女だと思う反面、それ程でなければジェノバには勝てないだろうとも思う。
如何して戦うつもりか、本当に倒せるのかという疑問も愚問に変わりそうで、垣間見た彼女の技量に、彼の中に僅かな期待が生まれた。

だが同時に、脳裏に過ぎる過去の情景と、背負った罪が身を包み込み、自分には望みを持つ事すらおこがましいとすら思える。
その背に血に染まる荒野を見せながら、光ある道を行くようなに、ヴィンセントは羨望にも似た感情を覚えた。


「一人で戦うつもりか?」
「下手に仲間を作ったところで、常人の強さの限界などたかが知れている。限りある命、むざむざ死に向わせる事も無いだろう」


だから一人で背負うつもりなのか。
微かに憂いを見せたの瞳に、何処か蟠る胸の内は何なのか。
考えかけた所で、そんなお節介は不要だろうと、彼は確かな意思を宿す彼女を見る。
闇を背負い眠る自分と、似たものを背負いながら歩むような彼女は、まるで対照的に思えた。


「・・・・・・・・・・」
「手強い相手ならば尚の事。守られなければ戦えん者を連れる訳にはいかん。ウロチョロされても私の気が散る。巻き添えを食わせて、殺してしまってはどう責任を取る?」

「なるほど・・」



冷徹に思える言葉も、奔放さが伺える言葉も、上辺を剥ぎ読む気があれば、悪意が無いものとすぐに解る。
身勝手さや我儘から来るものではない彼女の言葉に、ヴィンセントは小さく息を吐いた。
内にあるの温かな感情を知っているからこそ、彼女の仲間達は死して尚、彼女を思い、事後を託すと言ったのだろう。

彼女自身が、自分のそんな面に気付いているかどうかは定かではないが、それはそれで悪くないと思った。
ただ、未だ罪に繋がれた自分には、彼らが願うような、彼女と共に生きる未来など考える事は出来ないものだった。
共に行く事も、友としてある事も、まして男としてあるなど彼自身望んではいない。

偶の珍しい夢に現れた、一風変わった女。

ヴィンセントから見るは、それぐらいだった。



「さて・・・私はそろそろ帰らせてもらう。道も出来たようだしな」
「・・道?」


漂ってくる星の力の気配に、は立ち上がり服についた埃を払った。
ようやく帰れるのかと小さく息をつきながら、同時に立ち上がったヴィンセントを見れば、案の定彼はの言葉に意味が解らないという顔をしている。


「此処まで来る道だ。精神体でいると、色々面倒が多くてな。ただ動くだけでは肉体に帰れん」
「・・・・・・本当に変わった女だ」


声を上げて笑っているわけではないが、微かに頬を緩めたヴィンセントに、は重なる記憶を思い出した。
出会って間もない頃、セフィロスも自分との対話の後、同じ事を言った記憶がある。
指している部分は違えど、よく初対面に変わり者扱いされると思うと、は思わず笑みを浮かべた。


「それ、セフィロスにも言われた」
「!?」

「じゃぁな。夜明け前に戻らなきゃ、騒がれるんだ」
「待て、今・・・」

「また会えたら、その服洗ってやる。・・・ちょっとカビ臭いぞ」
「!?」


セフィロスの名に驚き、尋ねようとするのもつかの間。
カビ臭いという言葉に、まさかと彼が服の匂いをかごうとした瞬間、の体は何処からか溢れた光に包まれた。

淡く青緑色の光は彼女の体をかき消し、一瞬で消えたかと思うと、そこにはいつもの薄暗い地下の扉がある。

最後の最後に無礼千万な事を言ってくれたと思いながら、確かにカビのような匂いがする自分の服に、ヴィンセントは埃だらけの室内を見回した。


「移り香だ・・・」


もう既に去ってしまったに呟き、彼は再び棺桶に戻ろうと蓋を開ける。
ふと、「夜明け前に」と言った彼女を思い出し、ヴィンセントはポケットの中から時計を取り出した。



「・・・・まだ日付が変わったばかりだが・・・」


時差でもある場所に入るのだろうと、この数十分の事を脳の隅に追いやると、彼は棺の蓋を閉じた。





ヴィンセント参上。そしてさようなら。(笑)
2006.11.19 Rika
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