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遠い昔… まだ世界を旅していた頃、レナとファリスがくれた銀の懐中時計。 それは、時の乱れた時空の狭間でも、私の時にあわせて針を動かし続けていた。 国宝と並ぶ高価な物を、そう簡単に人に渡してはいけない。と… そう言った時、彼女達は何といってくれただろうか。 思い出せたのは、結局私が折れて受け取る事になったという事ぐらいだった。 あの日から、あの時計はずっと私と共に在った。 孤独しかない狭間での、私の心の命綱だった。 数百年の歳月を超え、ようやく動き始めた私には、あれはもう必要ないのだろうか。 軽くなったポケットに覚えた喪失感は、これまで過ごした日々さえ無くしてしまった錯覚を与える。 あれは私が生きている証だった Illusion sand − 07 「暇だぁあああ!!」 「何を言っているのですかザックス。御覧なさいこの空を。 流れる雲、時に従い動く太陽、吹き抜ける風、新緑の香り、遠くで囀る鳥の声。 美しいとは思いませんか?せっかくなのですからもっと堪能なさったらどうです?」 「俺に聞こえるのは鳥の声じゃなくてアバランチの悲鳴だけだよ・・・」 遠くから聞こえる銃声と爆音など気にしないように、はトラックの荷台の上で横になっていた。 その下で、剣を手に一人暴れるザックスは、先程から続けられる同じ遣り取りに大きな溜息をつく。 移動終了間もなく始まった作戦に、今度こそ活躍の場が与えられたとザックスは喜んで剣を握った。 が、前回同様、セフィロスの一言により、またもの護衛として留守番する事になってしまったのだ。 技量があるとはいえ、は保護されている身分でありいわば客人扱い。 戦場に連れて行く事が出来なければ、本人もそれ以上戦争に関わる気も無いので、味方拠点でじっとしていなければならなかった。 もちろん、人の目もあるので護衛兼監視の一人ぐらいはは必要である。 その役目が出来るのは、当然の如く面識があり、の事を知っているザックスしかおらず、ソルジャー1stのセフィロスは颯爽と戦場に向ってしまった。 本来ならば、客人であるは何処か安全な場所に避難させるべき所ではある。 が、隠れようと敵の中に放り込もうと無事な事は間違いないので、適当に時間をつぶしてろというセフィロスの指示だ。 神羅軍も、下手に遠くへ行かせるよりも軍の中に居た方が安全だと言って納得させた。 「、昨日からそればっかじゃねぇか・・・そんなに楽しいか?」 「楽しいというよりも、幸せです。 これ程素晴らしい世界に在りながら、それ以上何かを望むのは贅沢ですよ?」 「俺はそんなに謙虚じゃないんだよ〜。 前線で活躍したいんだって!!早くソルジャーになりたいんだー!!」 頭を掻き毟り喚くザックスに、は笑みを零しながら目を伏せた。 胸の奥に顔を出した懐かしさは、今だ忘却の彼方にある遠い日々を思い出させるようだ。 『近衛隊長殿、俺の剣を見てくれませんか』 『俺、いつか隊長より強くなりたいです』 『隊長は私の目標だから・・・』 『、剣の稽古付き合ってくれよ!手加減すんなよ〜?』 『やめろ!バッツが戦闘不能になってるじゃないか!!』 ああ、あの時は結構ファリスに怒られたな・・・ ガラフにも拳骨されたし・・・ 巣から出たがる雛鳥のような彼に、無邪気な若さが羨ましいとしみじみ感じる。 自分にはあんな頃は無かったが、ザックスを見ているとつい懐かしい顔を思い出して、心が温かくなった。 私も、もう年寄りだな・・・。 苦笑いを浮かべながら、思い出に似た空を見上げたは小さく溜息をついた。 が、ふと大人しくなったザックスの気配に、は諦めたのかと目を向ける。 存外物分りがいいのだろうかと考えながら彼を探した視線の先には、背中を丸め、忍び足で戦場に向おうとするザックスの後ろ姿。 まるで、親の目を盗んで菓子を取ろうとする子供のようである。 このまま見逃しても良いかとも思うが、その場合自分がセフィロスに監督不行届きと怒られる事は確実だった。 本来見張りはザックスの役目であるはずが、立場はすっかり逆転している。 困ったものだと苦笑いをすると、はザックスの足めがけて、詠唱も称呼も破棄したブリザドを放った。 氷の塊で地と足が離れなくなったザックスは、次の1歩を踏み出す事が出来ず、前につんのめる。 通常のブリザドれあれば、固定された足も凍りつき、動いた途端砕けるものだが、が手加減しないわけがない。 とはいえ、足の周りに数センチの空間を作ってはいるが、下手に動けば骨折しかねなかった。 彼がバランスを取りやすいタイミングで魔法を解除し、は下に下りようと身を起す。 砕け散った氷塊に、突然足を捉えるものが無くなったザックスの身体は、そのまま勢いよく前につんのめった。 後ろから叩きのめして大人しくさせるのは簡単だったが、それは間違いなくザックスの機嫌を損ねるだろう。 そう考えた上の配慮だったが、どうやらザックスの運動神経を少々買いかぶっていたらしい。 潰れた蛙のような体制で地面へ近づいてくザックスの体。 そのまま地面に転がしては、余計に彼の機嫌を損ねる事は明白だった。 は慌てて別の魔法を発動し、集めた風でザックスの身体を立て直し、地面への直撃を避けた。 妙な感触に驚いたザックスは、誰の仕業かすぐに理解し勢いよく起き上がるとに振り向く。 「何すんだよー!?びっくりしたなぁもう!」 「失礼。少々手荒すぎました。ですが、貴方の仕事は私の護衛では?」 「う・・・」 「気持ちがわからないわけではりませんが、せっかくなのですから時は有効にお使いなさい。これは精神の鍛錬をする良い機会ではありませんか」 「精神って・・・」 「強き戦士になる為には、心の強さも大切です。此処へ来て座禅でもどうです?」 「遠慮する」 幌の上で悠々と寝転がるに誘われるが、ザックスは大きく溜息をつきながらそれを断った。 元来、大人しくしているのは性に合わない上に、遠くで味方が戦っているのに黙って精神統一などしていられない。 この状況こそが、の言う「精神の鍛錬をする良い機会」であるのだが、ザックスにはわかっていないようだった。 先日からの会話で、は彼の性格を大まかではあるが把握できた。 それ故に、今の彼に必要なものを考えた結果が精神力。 特に忍耐力であると考えたのだが、やはり受け入れられないらしい。 「そんなに身体を動かしたいのですか?」 「じっとしてなんかいられるかよ〜!は平気なのかよ?」 「平気も何も、そもそも私はセフィロスに此処にいるように言われましたから。 こうして空を眺めるのも、悪くはありませんし」 「寝てばっかいると豚になるぞ!牛になるぞ!豚ゴリラって呼ぶぞ!?」 「それぐらいでムキに成る程未熟ではありませんよ」 「どちらかっつーと老化っぽいけどな」 「長生きしてるもので。ヒヨコの囀りは心地よいだけですから」 「ヒ・・・ヒヨコって、俺の事かよ!!」 愕然とした顔で言うザックスを軽く笑い飛ばしながら、は遠くの空を眺めた。 確かに、つい数日前まで狭間に閉じ込められていた自分と、この景色の中で十数年生きていたザックスに同じ心境になれと言っても無理がある。 何も無しに、当たり前の事を幸せだと思える人間が、戦場に行きたいと騒ぐわけはないのだ。 だが、このまま彼を放置しておけば、またすぐに目を盗んで逃げ出そうとするだろう。 セフィロスの怒り云々以前に、彼の技量では生きて帰ってこれるかどうか、微妙な所だ。 よもや自分がついていくわけにもいかない。 そわそわと落ち着きの無いザックスに、は静かに身を起した。 「ではザックス、別の暇つぶしをしてみますか?」 「別の?」 「ええ。誰かから剣を借りてきてください」 「・・・・なるほどね。それも悪くないかぁ・・・」 彼女の言葉に、ザックスは素早くその意図を察した。 立場的にも、彼女が自ら戦場に行くという事はまずない。 暇を潰す為に、自分が使える剣を手にいれ、セフィロスの言う「ここで大人しくしていろ」という言葉に従う。 つまり、移動中に約束していた、剣の手合わせをしてくれるのだろう。 「逃げてもわかりますからね、まっすぐ戻って来てくださいよ」 「だぁ〜れが逃げるって?」 すっかり機嫌を直したザックスは、丁度近くを通った兵の元へ走った。 快く剣を貸してくれた兵から、それを受け取った瞬間、それはそれで問題がある事に気がついた。 軍の備品。しかも武器を一般人に貸すのは、やはり問題である。 自分の剣は、普通のものより重く扱いにもそれなりのコツがいるのだから、自分のものを貸すわけにもいかない。 ま、バレなきゃいいだろ。うん。 何か問題があっても、きっとセフィロスが何とか上官を言いくるめてくれるだろうと、ザックスは迷いを捨てての下へ駆け寄った。 あの英雄は、彼女を随分気に入っているようで、保護してから今日まで何度も上層部を言いくるめてはを手元に置いている。 英雄色を好む・・・という事なのだろうか。 美女に弱いのか、強者を手放したくないのか判断はしかねるが、とにかくセフィロスは彼女を手放す気がなさそうだという事はわかった。 彼女自身、元のセフィロスを知らないから、彼が単に無口で面倒見の良い男だと思っているようだった。 最も、真実を知ったとしても、彼女がどう反応する事もないだろうが。 ゆっくりトラックの上から降りてきたを連れ、ザックスは広い場所を探して歩き始めた。 すれ違う兵達は、隣を行くを振り返りながら、黙って二人を見送る。 隊が近い者達には、既にの顔は知られているので、セフィロスが居ない今、何をする気なのか興味があるのだろう。 そうでない者も、見覚えのない女が兵の服を着て歩いているのだから、どうしても目がいってしまうのだ。 神羅兵に女性は少なく、滅多にお目にかかれない上に、の容姿は嫌でも目を引いてしまう。 本人は気にしていないようだが、背中に刺さるような好奇の視線に、ザックスは少しだけ居心地の悪さを感じた。 自分と彼女の容姿が釣り合わないという事ではない。 彼もそれなりに自分には自身があるし、周りの反応も知っている。 単に、彼女への「誰だこいつ」視線に自分も混ざり「誰だこいつら」と見られているのが嫌なのだ。 これでも、一応仕官学校を出て入隊式も出席して、本部での訓練もちゃんとしていたというのに・・・。 春先一緒に入隊を果たした同期の中でも、自分は頭一つ抜きん出る実力を持っている事は周知だった。 故に、ソルジャー数人とベテラン兵がいる、セフィロスの班に入れたのだが、やはりまだまだ自分は新顔のようだ。 数人の兵士達が打ち合いをしている場所の近くまで着き、ザックスはに剣を手渡した。 尚も向けられる視線達にため息をつきそうになるが、これはこれで自分の力を見せ付けられる良い機会だと考える。 は、極力目立たないようにと考えているようなので、派手に動く自分が良い目隠しになるだろう。 「そんじゃ・・・一丁やるか!」 「よろしくお願いします」 声を掛け合うと二人は静かに構えた。 途端、ザックスの周りに張り詰めた空気が漂い、は少々の感嘆を覚える。 とりあえず、頭の切り替えは上々。 少々目に付く構え方ではあるが、おそらく基礎を教える人間が手を抜いたか、独学が元なのだろう。 しかし目は悪くない。 強さに貪欲な瞳は腕を上げるために何より大切なもの。 その意思に伴った技があるか、お手並み拝見といったところだろうか。 『殺す気で来い』 声には出さず、口の動きだけで語ったに、ザックスは口の端を上げると地を蹴った。 間合いを詰めて振り下ろされたザックスの剣を受け、数歩横にずれると同時に手首を緩める。 耳に刺さるような音を立て、の剣を滑ったザックスの刃は、踏み出した1歩で体制を整えるとすぐに横に払われた。 ひらりと後ろに引いたの前を、ザックスの大剣が掠めていく。 宙を裂くだけの刃に小さく舌打ちした彼はすぐに構えなおそうとするが、素早く横に飛んだにがら空きの胸を軽く叩かれた。 「今ので1回死にましたね」 「ぐっ・・・まだまだ!!」 「死んでまだまだも無いでしょうに・・・」 「いいんだよ!」 「はいはい・・・」 剣を振り上げたザックスに、は再び刃で流して間合いを取った。 大振りになるのは武器の特性と筋力不足のせいなのだろう。 その分の隙をカバーできるだけの技量はまだ備わっていないようだと、は振り下ろされた剣を受けながら考えた。 実際、攻撃を受けてやってはいるものの、どれもには避けられるものばかりだった。 仕方が無い事ではあるが、当たらない攻撃を繰り返すのは飽きる原因でもあり、避けないでいるのはの譲歩だった。 だが、時にはこちらから攻撃しなければ、やはり人は飽きてくる。 適度な攻撃と適度な防御を繰り返してやる事が、長時間の打ち合いには必要なものだった。 手加減の上の更に手加減と、は剣を逆手に持ち変える。 すぐさま攻撃から防御の体制に切り替えたザックスに、なかなかの反応だとほくそえむと、は反撃を始めた。 当てるのは彼の剣の限られた場所のみ。 極力ザックスの腕に負担がかからず、且つ急所に近い場所を狙っては剣を振った。 一度目の攻撃で、その重さにザックスが顔を顰めた所へ、二度目の攻撃。 微かにブレた彼の剣にが後ろへ飛び退くと、彼女の居た場所をザックスの剣が掠めていった。 腕が痺れているのだろうに、よくあそこで攻撃してくるものだ。 明らかに経験不足だが、それ故に意表を突くのは上手い方だろう。 同等、もしくはそれに近い実力の相手に対する戦闘訓練は積んでいるようだ。 踏み込みのタイミングも、相手の隙を見る目も悪くない。才はある方だと考えて良いだろう。 不安定な基礎を固めてやば、この男、一気に化けるかもしれない。 踏み出したザックスに、は面白そうに口の端を上げると、下から振り上げられた彼の剣を弾き飛ばした。 「わっ!」 「第1レッスン終了ですね。まずは今の問題点から申し上げましょう」 「・・・・え?俺、何かヤバい所あったか?」 「ええ、それなりに・・・ですが」 「それなり・・・ね」 剣を地面に突き刺すと、はザックスの傍に歩み寄り構えを直し始めた。 謎の美女に手取り足取り指導されるザックスに、周りの兵はただ羨望の眼差しを向ける。 少々の優越感と恥ずかしさの中、ザックスはに手取り足取り指導を受けた。 その後、彼女から受ける指導が、拷問に近い鍛錬へ変わる事など知らずに。 数時間後 戦闘を終えたセフィロスの元に帰ってきたザックスは、作戦に参加した兵よりもボロボロの状態になっていたという。 「・・・何があった?」 「剣の手合わせをしていましたが、気になる点がありましたので、少々指導を・・・」 「・・・・少々?」 「少々です」 「・・・・・・」 |
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2006.04.16 Rika |
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