小説目次 
写真騒動




カーテンを開けると、降り注ぐ日の光が室内を明るくする。
天上に広がる青の中、漂う綿雲はゆるやかに流れていた。

窓を開ければ、まだ冬の気配が残る空気が部屋に入り込み、少しだけ肌寒さを感じる。 だが、それに目を瞑りたくなるほど、澄んだ空気は気持ち良かった。
部屋の扉を開き、風通しが良くなると、壁に掛けられた黒いコートの裾が風を受けてパタパタと鳴った。
主の代わりに、沈黙を消してくれるのか。否、この部屋の主は、そんなに賑やかな人ではない。
彼が陽気に騒いでいる様を想像しかけたが、普段静かな彼のそれは脳内ですら形にならず、代わりに思い浮かんだ仏頂面には頬を緩めた。

人口が多いミッドガルでは、休日の朝でも窓の外から喧騒が届いてくる。
忙しなく動く人々を見るたび、もう少し悠長に生きても良いだろうと思うが、朝から掃除機を持って家の中を歩き回っている自分だって、それを言えた義理じゃない。

静音設計と書かれている割に、スイッチを入れた掃除機からは、窓の外からの喧騒を掻き消すに十分な音が鳴る。
掃除をする度に、この世界の人の『静音』はどれだけ騒がしいのだろうと思うが、環境と尺度の違いと考えれば納得は出来た。
ただ、わざわざ五月蝿い機械を使って埃を吸い取るより、雑巾で磨いた方が綺麗になるのではという疑問は消えないが・・・。
郷に入っては郷に従えという言葉に基づき、生活の形をこの世界に合わせてはいるが、そうする分だけ小さな疑問は増えてくる。
とはいえ、わざわざそれらの理由を調べる程、は細かい性格をしていなかった。
ただ、偶にふと思い出し、セフィロスに聞く事はあったが・・・そんな時、彼は大抵暫く黙って考え込んでしまうのだ。
勿論彼は答えを返してくるし、聞かれた時の彼の少し驚いたような顔や、考えている時の何処か必死な様子を見るのは楽しいのだが、あまり困らせるわけにはいかない。
そのため、も知らなければならない事以外は聞かないようになった。

掃除以外はあまり足を踏み入れないセフィロスの部屋。
一緒に住み始めた時は、彼のベッドを借りていたが、引っ越してからはにも自分の部屋が出来た。
偶に朝起こしに行く事はあるが、彼は大抵と同じ頃に寝室から出てくる。
それでなくとも、家の何処かでが殺気を出せば、彼は飛び起きて出てくるので、起す為に部屋に行くのは、丁度通りかかった時ぐらいだった。
自分の部屋というものは、必ずひとつぐらい他人に見られたくない物の一つぐらいあるものだ。男の部屋ともなれば、尚更だろう。

考え事をしながらだと、家事はあっというまに終ってしまう。
10時を指す時計に、今日は報告だけだと言って出て行ったこの部屋の主を思い出した。
昼前には帰ってくると言っていたので、今から昼食の準備を始めれば丁度良いだろう。
掃除機のスイッチを切った瞬間、室内に戻って来た外の喧騒に、やはり静音じゃないとは呟いた。

長閑な休日と言わんばかりの空をもう一度見上げて、陰る事無い日の光には目を細める。
窓を閉めようと手を伸ばした彼女だったが、視界に何か光るものを見つけると手を止めてそちらを見た。
水や金にしては弱い光だったと、真っ先に思い浮かんだ少々卑しい選択肢を除外し、彼女はセフィロスのベッドを覗き込む。
光が見えた枕の上を撫でると、指先に銀色の髪の毛が触れ、摘み上げると日の光に艶めいていた。
呆気ない光の正体に少し落胆しながら、はそれをゴミ箱に捨てると、彼のシーツを見る。
シーツを洗ったのは3日前だが、枕と布団のカバーは買いなおす予定だったので、手をつけていなかったことを思い出した。
せっかくだからと、はすぐにクローゼットから新品のカバーを出して取り替える。
体の大きさに合わせた彼のベッドは、当然シングルサイズではなく、身長を考慮するには横幅も大きい。
それだけ寝相が悪いのか。それともこのサイズしかなかったのか。
そう疑問を出しそうなだが、実際大昔・・・国にいた頃は、これより大きなベッドで寝ていたので、それについて何をいう事もなかった。
ただ、部屋の大きさに対してベッドが大きいとは思ったが・・・。

カバーをかけた布団を広げると、机の書類が風で捲れ上がった。
外から吹き込んだ風が、更に紙を飛ばそうとするので、は慌てて窓を閉めて彼の机に向かう。
勢いが良すぎたのか、その振動で本棚の本が数冊落ち、彼女は少し肩を落としてそれを拾った。
本を元に戻し、部屋を出ようとした彼女だったが、足元に落ちていた1枚の紙に気がついた。
本の中にでも挟んでいたらしいそれを拾い上げ、はそこに書かれていた「我が最愛の人・マリア」の文字に固まる。

セフィロスの筆跡とは少し違う気がしたが、丁寧に書いたとしたならこういう文字かもしれない。
一体誰が、と思うが、彼にも過去というものがある。そんな言葉を捧げる人がいても、おかしくはないだろう。
忘れていたのか、隠していたのかは分からないが、その1枚があるという事が、妙に胸をざわつかせる。
考えても仕方が無い事だと自分にいいきかせ、戻してしまった本を見る。
出来れば元の場所に戻すべきだが、どれに挟まっていたのか分からないし、もし大事にしていたのなら、適当な場所に挟む事も出来ない。

机の上に置いておこうと、乱れた書類を整えると、は紙を裏返しにする。
だが、その紙はどうやら写真だったようで、返したはずの裏にいた綺麗な人に、彼女は再び固まる。
煌びやかなドレスを纏い、ピンと背を伸ばして佇む姿は、きっと誰もが目を奪われるだろう。
紅を乗せた艶やかな唇は、緊張したように引き締められ、白い頬には微かに赤みが差している。
長い睫毛が影を落とし、その表情に僅かな憂いを見せるものの、ソルジャー特有の青緑色をした瞳はまっすぐこちらを見つめていた。
結い上げられた長い髪は、写真の上ですら、その艶やかさと柔らかさがわかる。
宝石をちりばめたような装飾品など、不要ではないかと思えるほどに、その人は美しかった。

「マリア」という名から少し離れた所には、初夏の・・・。丁度、がミッドガルに来て眠っている間の頃の日付が書かれていた。
綴られていた文字と、そこに写る人の姿が、今更になって見てはいけないものだったと教える。
だが、真っ白になった思考は時を止めたように変わらず、は写真の中の人から目をそらせなかった。
微笑めば、きっと薔薇のようだろうと思った瞬間、漸く思考が戻ってくる。
同時に酷い後ろめたさと、どう理解したら良いのか分からない胸のざわつきを感じた。
僅かに震えている自分の手に驚きながら、写真を机の上にそっと伏せると、丁寧に書かれた字が嫌でも目に入る。
何故これほどに心乱されているのかもわからないまま、は逃げるようにセフィロスの寝室から出た。







報告を終え、早めの帰路に着いたセフィロスは、軽い空腹感を感じながら玄関を開ける。
だが、そこには出迎えてくれるはずの人も、その言葉も無く、がらんとした廊下だけがあった。
僅かな不安と不審が心を過ぎったが、開けっ放しのリビングのソファで、ハッとしたようにが顔を上げるのが見える。
帰りを待っていた人の姿に、彼が安堵の笑みを浮かべたのも束の間。
彼女が向けた明らかに陰りのある微笑と、戸惑うように彷徨った視線が、十分な違和感を与えた。


「・・・おかえりなさい」
「ただいま。・・・何か・・・」

「食事、すぐに準備します」


問おうとする言葉を遮り、キッチンに姿を隠したに、セフィロスは益々違和感を覚える。
何かあったのは確かだとしても、彼女がこんな風に避けるような態度をった事は一度も無かった。
常ならば、何事も無かったような顔で、それでも僅かな違和感を残し、すぐに何があったのかを口にする。
朝は普通に自分を見送っていたのだから、この午前中に何かあったのは間違いないが、彼女は家事をして過ごすと言っていた。
では家の中にいて何かあったという事になるが、この態度に結び付くような事など全く思い浮かばなかった。

無言でキッチンに立つを、セフィロスは黙って廊下から見つめる。
「どうかしましたか?」という言葉すらかけず、こちらを見る事も無い彼女との間に、妙な壁が出来上がっているのが確かに見えた。
黙ってみていても、きっと彼女から言葉をかける事は無いだろうと、セフィロスは荷物も置かないままリビングへ入る。
部屋に戻った所で、この妙な空気に戻る気が起きてくれるかはわからず、そうなれば今自分を避けているは、否応なしに自分を呼びに来なければならないだろう。
何の理由があってこんな態度なのかは分らないが、そうなった時の彼女の表情を想像すると、体は勝手にソファの上に落ち着いてしまっていた。


正午の日差しの中の昼食は、いつもとは違う少し居心地が悪い沈黙だった。
今朝の食卓まであったはずの、味はどうかと伺う視線も、思い出したように語られる思い出話も無く、代わりに妙な心の壁がある。
拒絶とまでは行かないが、それは食事を美味しく感じさせなくなるには十分で、セフィロスの箸は思うように進まなかった。
もまたそれは同じのようで、時折考え込むように箸をとめては、思い出したようにまた箸を動かす。その繰り返しだった。

セフィロスが、自分の様子を伺っているのは気配で分っていた。
だが、出迎えた瞬間から、普段どおりの態度を失敗したは、それを挽回する術も誤魔化す術も思いつかない。
目の前の食事に集中しようとしても、写真の事が頭から離れてくれず、気がつけば箸が止っている。
普通に話をすれば良いと分っていても、急に、どんな態度をとればよいのか分からなくなって、ただ沈黙を引き伸ばすしか出来なかった。
人には過去も事情もあるもので、単にこれは自分が知らなかっただけなのだ。
彼の帰りを待つ間、そこまで考える事は出来たはずだが、いざ目の前にセフィロスがいるとなると、思うような態度はとれなかった。
戸惑う事は仕方ないとしても、今更になって知ったからといって、気にするのはおかしな話。
そう自分に言い聞かせて、納得しようとしているのに、心はなかなかいう事を聞いてくれなかった。

写真にの日付と、裏に書かれていた言葉を思い出す度、胸の中が重たくなる。
今、その言葉が変わっていたのだとしても、その写真をとった頃、既に共にいた自分は、本当に此処にいてよいのか。
何も言わない彼に、甘え過ぎていたのではないかと、そんな思いばかりが生まれ、酷い罪悪感に変わっていく。
セフィロスが、今の自分を不審に思っていることは分っていた。
写真を見てしまったと言ってしまえば、頭が良い彼はすぐに理解してくれるだろう。
だが、その後彼がどんな態度を見せるのか。怒られるのも、呆れられるのも当然であり、覚悟はしているが、それよりも、彼の心を傷つけることになるのではないのかと・・・それだけが恐かった。



「・・・・・・」


空になった食器を眺めたまま考え込むに、セフィロスは箸を置いて声をかける。
返事をしかけた口を閉ざし、ゆっくりと顔を上げた彼女は、まるで怯えるような目で彼を見ていた。
つい眉間に皺を寄せてしまったセフィロスに、は気まずそうに視線を落とす。
そのまま暫く沈黙が流れ、セフィロスが溜息に次いで「片付けるぞ」と言うと、彼女は小さく返事をして、それに従った。
自分の後ろを歩き、台所の前で食器を洗い始める従順な彼女に、セフィロスの中にあったのは、苛立ちではなく悲しさだった。
何度記憶を探った所で、今の彼女に繋がる理由は、欠片さえも見つかってくれない。

二人分の食器はあっという間に洗い終わってしまう。
放っておけば、がそのまま自室に引きこもってしまいそうな気がして、セフィロスは台所を出ようとする彼女の腕を掴む。
戸惑うように視線を彷徨わせ、ゆっくりと自分を見上げたに視線を合わせた彼は、腕を振り解かれなかった事に少しだけ安心した。



「・・・・・」

「何があった」


些か強攻とは分かりながら、彼女の口を割らせる事を選んだセフィロスは、口を開きかけて、また閉ざしたに目を細める。
揺れる瞳は、答える事を拒んでいるのではなく、言うべき答えに惑っているのだと感じた。


「ゆっくりでいい。焦らなくていいから・・・答えてくれ」


穏やかな声は、彼の気遣いだが、同時に感情を抑えている事も教える。
起きた事、見たものを、ありのままを言えば良いのだと分っていても、はどう言葉にしてよいのか分からなかった。
写真の中に見た青緑の瞳が、今自分を映す同じ色のそれと重なる。
どう言えば良いのだと、見当違いの怒りまで感じる自分に、顔を伏せた彼女の口は、彼に問いたい一言だけを言の葉に乗せた。


「私は・・・・・・・・・・此処にいて・・・それは・・・許されるんですか?」
「・・・・・・・・・何・・・?」

「・・・・貴方は・・・セフィロス、貴方は何故私を此処に置いてくれるのです?」
「・・・・・・・・・」


彼女が言う言葉の意味、その意図するところが分からず、眉を寄せて言葉を紡ぐを、セフィロスは半ば呆然としながら見つめていた。
を家に連れてきたのは成り行きで、共に生活する事も成り行きだった。
だが、理由はどうあれ、それを今も続け、彼女を傍に置いているのは、セフィロスがそうしたいと思い、がそれに答えたからに他ならない。
此処にいる事が許されるも、許されないも、それはお互いが良しと思うならそれで理由は十分だと思い、彼女もそう思っていたはずだ。
もしもそれが嫌だったなら、彼女は遠まわしにでもはっきりとした答えを見せる。それがという女だと思っていた。
それは、自分の勘違いだったのか。

思考と惑いは一瞬のようで、だが、この重い沈黙の中では、二人にとって十分長い時間だった。
何を言っているのだと、自分の言葉に呆れると共に、言ってしまったという思いが、の体から力を抜けさせた。
腕を捕らえていたセフィロスの手は緩んでいて、難なく束縛から解放されたは、何も言えぬまま静かに台所を出る。
沈黙は変わらず、妙にグラつく足元を他人事のように不思議に思いながら、彼女はセフィロスが与えてくれた、自分の部屋に入った。
静かに閉めた扉の音は、静まる午後の部屋に響き、彼女はベッドに腰を下ろすと、そのまま横になった。
触れなければ良かったと、今更の後悔を感じながら、薄く開いた目の先に、彼の感触が残る腕を見る。
あの言葉だけでは、意味が通じたとしても、理解は出来ないだろう。
少し休んで、もう一度落ち着いて話をしようと思いながら、廊下を歩く足音に耳を傾ける意識は、薄いまどろみの中を漂い始めた。




閉ざされたの部屋の扉を一瞥し、セフィロスは自室へと入る。
取り替えられた布団カバーが、彼女が此処を掃除したのだと教え、自分がいない間彼女がどう過ごしたのかと、彼は考えを巡らせた。
同じ家に居ながら、別々の部屋で過ごすのは初めてだと気づき、堪えていたはずの溜息が漏れる。
倒れ込んだベッドからは、真新しい生地の匂いと、日向の匂いがした。

何とはなしに彷徨わせた視線の先には、棚に並べられた本棚の中、数冊だけ離れて立てかけられている物をみつける。
彼女が掃除していてずらしたのだろうと思いながら、背表紙の文字を眺めていた彼は、起き上がってそれに手を伸ばした。
随分前に買って、1度読んだだけの本は、新品のように綺麗な状態だった。
同じ頃に買った本とは、並べている場所が違う気がしたが、数ヶ月前ジェネシスに貸して、最近戻って来た事を思い出して納得する。
その時の彼は、随分機嫌が良いさそうに返してきたが、セフィロスいはそれ程面白い内容とは思わなかったので、趣味の違いを改めて思い知った。
今また読んでも、思う事は同じかもしれないが、気分転換出来れば何でも良いと、セフィロスは机に向かう。

そこに、今朝は無かったはずの見慣れない紙を見つけた彼は、端に書かれている文字に固まった。
意味をどう変えて読んでも、そこに綴られた文字は「我が最愛の人」そしてそれに続く名も「マリア」としか読めない。
何とはなしに、これとの態度が繋がっているような気がしながら、その紙を裏返したセフィロスは、そこに写っているものに凍りついた。

誰と考えずとも分かる顔と、普段では見ることの出来ない服装が、それを撮った時の事を鮮明に思い出させる。
シャッターを押す前にかけあった言葉も、その日あった出来事も。鮮明な記憶は色褪せる事無く、洪水のように彼の脳を過ぎっていった。
何故、こんな物が今になって出てきて、此処にあるのか。
混乱する頭には、答えが分かりきった言葉しか思い浮かばず、脳が答えを出すより先に、セフィロスは部屋の扉を開いた。




!入るぞ!!」

乱暴に扉を叩き、怒鳴るように言った彼は、の返事も待たずに扉を開けて中に入った。
ベッドから体を起こしかけていた彼女は、セフィロスの顔にある怒りに視線を落とし、ゆっくりと姿勢を正す。
彼の頬を赤らめているのは、怒りか、羞恥か。顔を伏せている彼女には、それがどちらなのか、判断する事は出来なかった。
冷静さが消えた彼の態度に、多少驚きはするが、来るべき時が来たという思いしかない。
目の前にたった彼の手に、あの写真が握られているのを見つけ、は組んだ両手を強く握った。


「これを・・・何処で手に入れた」
「・・・本の間に・・・挟まっていました」

「・・・本?」
「掃除をしている時、本棚の本を少し落としてしまって・・・それに挟まっていたようです」

「念のため聞く。・・・見たんだな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・すみません」


身を小さくして答えた彼女に、セフィロスは声を上げようとしたが、出すべき言葉が見つからない。
怒りに体は強張り、握り締めた手の中で、写真に写る人の顔がグシャリと歪んだ。


「だから・・・様子がおかしかったのか」
「・・・・・・・・」

「此処にいて良いのかと言ったのも・・・そのせいか・・・?」
「・・・・・・・・・・」

・・・」


抑えようと思えば抑えようと思うほど、セフィロスの声には、怒りと焦燥の色が込もった。
無言の肯定をする彼女に、どうにか返事を返して欲しくて、彼は傍にあった椅子に腰掛けると、一つ溜息をついてその名を呼んだ。
ゆっくりと顔を上げた彼女は、その表情にまだ戸惑いの色を残しながら、瞳には固まりつつある覚悟を見せる。
だが、それはセフィロスが欲しいものではなく、更に増した苛立ちが、彼の表情を余計に険しくさせた。


「理解・・・しようとは思います。人には、事情がある・・・」
、そうじゃない・・・・・」

「私は・・・今は、どうしたらいいのか、まだ良く分かりません。ですが・・・もっと、貴方を理解出来るよう・・・努力するつもりです」
「そうじゃないと言っている!!」


遂に声を荒げたセフィロスに、の肩がビクリと震えた。
怒りのままに振り上げた手は、大きな音を立てて机の上に叩きつけられる。
ペン立てに入っていた大量のボールペンが散らばり、握られていた写真は机の上で歪んだまま広がっていた。
皺だらけになっていた写真は、ボールペンに押されて床の上に落ちる。
足元に運ばれてきたそれに、再び中にいる人と目が合ったは、指先が白くなるほどに手を握り締めた。

形の良い唇。青緑の瞳。白い肌。薔薇色の頬。壮麗な顔立ち。長い睫毛。艶やかな銀髪。
目の前で怒りを見せる彼と、写真の中にいる女装姿のセフィロスは、同じ人でありながら別人のようだった。
ただ、写真越しでも分かる威圧感や、堂々たる姿は、やはり彼らしさを感じさせる。
美しい人だと思う。写真の中のセフィロスは、見事美しい女性に変わっている。
だが、その肩幅や、服の上からでもわかる鍛えられた筋肉は、大凡女性とは言い難い。
顔と体のアンバランスさは、どう脳内で誤魔化そうとしても拭えず、そんなものに耐性が無いには、凄まじい生理的嫌悪を感じさせるものだった。


、俺の話を聞け」
「いいんです!人の趣味に口を出すような、無粋な真似はしません。ですから、貴方も・・・」

「だから違うと言っている!」
「私の為に無理しようなどと、そんな事を考えているならやめてください!どんな姿をしていても、貴方は貴方だ!私の事など、気にしなくていい!!」

!!」
「これでも長い間戦って生きてきたんです。新種のモンスターだと思えば・・・」

!?」
「ぁ、す、すみません!!そういう意味ではなく、いえ、その・・・」

「もういい!!来い!」
「セフィロス!?」


女装姿をモンスターとまで言われ、セフィロスは、悲しさとも悔しさとも言えない、微妙な遣り切れなさでいっぱいになる。
確かにセフィロスの女装写真は、顔が整っているとは言えない人間が女装するより、中途半端な小奇麗さがあって気色悪さは強いかもしれない。
育ちが良い彼女が、こういう物に耐性が無いだろう事も、目にした時の混乱も想像はつく。
自分を理解しようとしてくれる気持ちに、嬉しくならないはずはないが、許容できるポジションが、モンスターの、しかも『新種』とはどういう事か。
思いつめてしまう気持ちはわかるが、幾らなんでも、そこまで言う事は無いだろう。

完全に思考が暴走しているが、この先一体どんな言葉を零してくれるのか、想像するだに恐ろしい。
混乱する会話に、セフィロスはこれ以上言葉での弁解は不可能だと、彼女の腕を掴んで立ち上がらせる。
驚くの体を担ぎ、彼女の寝室から出たセフィロスは、自室とリビングを見比べて、すぐに自室へと足を向けた。
中に入ると、の体をベッドの上に下ろし、呆然とする彼女を背に、クローゼットの中のダンボールを漁り始める。
すぐに目当てのものを見つけたらしい彼は、1枚のディスクをに押し付けると、状況について行けない彼女の体を抱き上げた。



両手にしっかりとディスクを持つを、リビングのソファに下ろしたセフィロスは、また彼女に背を向けてテレビをいじり始める。
DVDデッキを起動し、無言で手を差し出した彼に、彼女は自分が持っているディスクを手渡した。
すぐに再生された映像に、神羅のロゴと、何処かの会社のロゴが流れ、次いでミッドガルを上空から撮影した映像が流れる。
リモコンを片手に、の横に腰を下ろしたセフィロスは、何度かボタンを操作して早送りを繰り返していた。


「あの写真は、去年の神羅の祭りでとったものだ」
「・・・去年?」


今年ではないのかと、首を傾げただったが、思い出してみればあの写真に書かれた日付は、何年のものか書いていなかった。
ただ○月○日とだけ書かれていたので、てっきり今年のそれかと思っていたが・・・。

ならば今のセフィロスは、自分が最愛ではないのかと、は何処かズレた安心をする。
未だ混乱を引き摺る頭は、彼の言葉からそれ以上の『本当』を引き出しはせず、そうしている間にテレビから音楽が流れ始めた。


−西軍は破れ、マリアの城は東軍の支配下に置かれた。
 東軍の王子ラルスとの結婚を強いられたマリアは、
  ドラクゥへの思いを捨てきれず、毎晩夜空を見ては恋人を思う…−


ナレーションの声が響に合わせ、画面の中に薄暗い城のセットが浮かび上がる。
少しの間を置き、スポットライトがセットの下階を照らすと、暗闇の中から、女装したセフィロスがゆっくりと現れ・・・


『愛しの貴方は遠い所へ?色褪せぬ永久の愛誓ったばかりに・・・』


歌い始めた。


『悲しい時にも、辛い時にも、空に降るあの星を貴方と思い、望まぬ契りを交わすのですか?どうすれば?ねぇ、貴方・・・答えを待つ』


ナレーションとセフィロスの女装から考えても、この歌は恐らく女から男へ歌ったもの。
だが、その歌声はどう聞いても、低くて太い男の声。
ドレスの裾を優雅に揺らし、歌い歩く姿はガッシリ体系。


「・・・・・・・・・・」
「神羅系列の会社と、神羅の各部署が催し物をする、一般向けの祭りだ。去年ソルジャーは演劇をして、これはその時に撮った」

「・・・・・・・・・・」
「あの写真も、その時のものだ。俺はあんなものとっておいたりはしない。後ろに書いていた文字も、大方ジェネシスの・・・・何処かの馬鹿の悪戯だ」


心底疲れてソファに持たれかかるセフィロスは、テレビの中で歌う自分に顔を顰める。
二度と目にするまいと思っていた映像を、よもやこんな形で目にする事になろうとは・・・。その上、それを、よりにもよってに見せる事になるなんて・・・。
情けないやら悔しいやら。だがそれも、誤解が解けたことで一気に肩に圧し掛かってきた疲れに飲まれ、ただ深い溜息になるだけだった。
返事を返さないを、セフィロスはどんな反応をするのかと、恐る恐る横目で見る。
するとそこには、目も口も開いてテレビを凝視する、真っ青な顔の彼女がいた。


「・・・・・・平気か?」
「・・・・・・・・・・・・・・」

『ありがとう。私の愛しい人よ。一度でもこの思い揺れた私に・・・』


「・・・・・・・・・・・・・」

『静かに、優しく答えてくれて。いつまでも、いつまでも、貴方を待つ・・・』

!しっかりしろ!!」
「・・・・・・・・・・・」


理解を超えた映像は、の精神に今までに無い種類の大ダメージを与えた。
呼びかけるセフィロスの声も空しく、マリア役のセフィロスが、ドラクゥの幻兼花束役のジェネシスをバルコニーから投げ落とすと同時に、は意識を失った。





「本当に・・・申し訳ありませんでした」
「・・・・・分かればいい」

数分後、意識を取り戻したは、何を言うより先にセフィロスに頭を下げた。
失神するほど気色悪いのかと、内心とても傷ついているセフィロスだったが、この類のものに耐性が無いという彼女の言葉に、無理矢理自分を納得させる。
これならば、笑って話の種にされる方がまだマシだと思ったが、それはそれで嫌な気がした。


「・・・本当に・・・一時はどうしようかと思いました。貴方が女装趣味で重度の自己陶酔者なのではとまで考えてしまって・・・」
「違う」

「分っています。ですが・・・私がいるせいで女装できないのではないのかと・・・自分は居ないほうが良いのではないかと・・・心配になりました」
「・・・・・・・・・・・・そんな妙な気は使ってくれるな」

「すみません。・・・ファリスが女だと知った時以上の衝撃でした。本当に・・・私の誤解でよかった」
「・・・全くだ」


まだショックを引き摺ってはいるが、元通りに戻った彼女の態度に、セフィロスは安堵とも落胆ともとれない溜息をつく。
ほんの半日の出来事だったのに、数か月分の疲れが一気に来たようで、二人は力を抜いてソファに体を預けた。
夕暮れにはまだ時間があるが、これから何処かへ出かけるようという気は起きず、このまま家で休もうと決める。

午後の日差しは眠気を誘い、重くなり始めた瞼に、セフィロスはちらりと彼女を見た。
背もたれに回した腕は、丁度良くの枕になっているが、使っている本人は気づいていないようで、心底ホッとした顔でいた。
昼食の時が嘘のようだと苦笑いを零しながら、漆黒の絹糸のような彼女の髪を、セフィロスは指先に絡める。
振り向いた彼女は、そこで漸く自分が頭を預けていたものが何か知ったようだが、彼女が身を離すより先に、彼は彼女を捕まえた。
目を丸くする彼女の肩を引き寄せ、顔を埋めながら、セフィロスは右往左往して結局固まったの腕を、眠気交じりの目で眺める。


「此処にお前を連れてきたのも、一緒に住むと言い出したのも俺だ。お前が・・・居ない方がいいと思った事は一度も無い」
「・・・はい」

「傍にいろと俺は言った。お前はそれに答えた。此処に居る理由は、それだけで十分だ。これからも、それは変わらない」
「はい・・・それで、セフィロス、どうなさったんです?具合でも悪いのですか?」

「眠いだけだ」
「そう・・・ですか」

肩口で欠伸をしながら言う彼に、はどうしたら良いのだと思いながら生返事を返す。
セフィロスの言葉を嬉しく思う反面、眠いなら寝室に行くか、自分を別のソファに行かせれば、ゆっくり眠れるだろうに。
甘えたい年頃なのかとも思ったが、かれはそんなに子供ではないので・・・・冬が近いから、暖かさを求め、人の体温に寄る、野生の何とやらだろうか。
どちらにせよ、この状況をどうしたら良いのか分からないは、もたれかかってくる彼から、とりあえず身を離す。
別のソファに移動すると、横になった彼が何故か恨めしげな目を向け、その理由が分っていない彼女は首を傾げた。


「どうしました?」
「・・・・何でもない」

「・・・まだ、怒っているんですか?」
「いや」


その鈍さが発揮される所と、頭を使う所が逆であれば良いのに・・・。
あっさり逃げられた上、自分の気持ちを全く理解されていない事に、セフィロスは「やっぱり・・・」と思う。
睡魔に委ね始めた意識の片隅で、自分を見るの視線を感じながら、耳に届いた柔らかな声に、彼の唇は僅かに笑みを模った。


「・・・やっぱり・・・貴方はそのままでいらっしゃるのが一番いい。私はそう思います」
「・・・ああ」

「・・・・もう、こんな騒ぎは勘弁してくださいね」
「それは俺の台詞だ」



騒ぎを起した張本人からの見当違いなお願いに、セフィロスの意識は一気に覚醒した。
一度目を開いてしまうと、眠気は戻っては来ず、午後の惰眠はへの説教時間に変わってしまった。







エイプリルフール企画のリクエストフリー夢でした。
シリアスなのに笑える風味だったはずなんですが・・・何でしょうね。セフィロスさんは、またギャグキャラになってしまいましたよ。
えー・・・これ、何系なんでしょうか・・・(汗)


2008.04.10 Rika
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