小説目次 



「明日から再来週まで休みだ」
「・・・・・・謹慎ですか?」

「違う」
「失礼しました」


夕食時、小さなテーブルを挟み、向かい合っていたセフィロスが唐突に話を持ち出した。
その言葉にはフォークを動かす手を止め、冷蔵庫の中身と自身の予定を思い出しながら彼を見る。
対する彼は彼女の返答に、微かに眉をピクリと動かし視線を向けるが、すぐに常の表情へ戻った。


「今年の有給を消化しなくてはならなくなった」
「・・・2週間・・・ですか」


随分長い事溜め込んだものだと考えながら、ソルジャー1stならばそれぐらい貰えるかもしれないと、は気にせず食事を続ける。
幾ら神羅と言えど、季節の休暇を取れるのは殆ど事務職の者のみ。
対照に、一般兵やソルジャーはその間の警備強化があるため、長期休暇など殆ど無く、セフィロスのように有給を溜め込んでしまう者も少なくない。

とはいえ、セフィロスはと共に住むようになってからは、週休二日を心がけ、頻繁に有給を使っている。
時折、任務最中に無理矢理帰って来たのではないかと思える時もあるが、それもまた彼の愛嬌というものだ。
ただ、彼の場合はそれでも消化出来ない有給に加え、賞与と共に与えられるものもあるため、否応なしに溜まってしまうのだった。
故に、今回のような不意の休暇は、彼にとっては珍しくない。



「何処か行きたい場所はあるか?」


連れて行ってくれるのか、とは、聞かずとも解る。
聞いた所で、彼からかえってくる返事は無言の肯定だけだろう。
不器用な人だと考えながら、は世界地図を思い浮かべ、彼の休息となれる場所を、家以外で探し始めた。



「そうですねぇ・・・・・・・」










湯煙欲情根性記








2日後、二人は知る人ぞ知る・・・というか、VIP御用達のウータイ近辺にある高級温泉街へ来ていた。
何処でも良いので、人目を気にせずゆっくり羽を伸ばせる場所が良いと言うの希望を叶えた結果である。
行き先や宿の手配等は、全てセフィロスが行ったが、彼の選択はなかなか良いところをついていた。

山々という天然の要塞に囲まれたそこは、神羅もアバランチもお客であると言うように、警備兵も傭兵ばかりである。
その上、一般人より1ランクも2ランクも上の人間ばかりなので、野次馬に囲まれる心配も無い。
時期が時期だけに、通りには顔を知る神羅の社員もおらず、セフィロスが仕事を忘れ羽を伸ばすには良い環境だった。

道行く人々も、時折セフィロスに気付いてこちらを見る者はいるが、場が場である。
休息に来ているのに、わざわざ騒ぐのも野暮と思ってくれるのか、二人が誰かに声をかけられる事は無かった。

ウータイ程華美ではなく、だがミッドガルのような近代さも無い。
質素だが趣のある作りの町並は、一見大きな民家の集落に見える建物だが、その殆どは旅館だった。

流れる川も温泉なのか、川の水は白みがかり、上った湯煙が架けられた橋の上で舞っている。
舗装されていない道を歩き、山から運ばれる新鮮な空気に息を吸い込めば、見上げた空は綿雲を漂わせながら青く遠くの山まで続いていた。



予約していた宿を見つけ、門をくぐれば品の良い中年女性が、数人の女性と共に二人を出迎える。

セフィロスが訪れるとなると、二人は必然とプライバシーを尊重して高い宿をとる事になった。
だが、流石は社長達と肩を並べる重鎮を持成してきただけあり、出迎えた従業員も教育が行き届いている。
塀の外の衛兵や、建物の作りも、万が一に備えた工夫があらゆる所に見受けられた。

その上この中年女性。
おっとりとした物腰ではあるが、全く隙が無い。

と言っても、セフィロスや程では無いのは当然だが、その気配は決して一般人のものではなかった。
それを証明するように、合わせた彼女の手には、剣を握っていた証拠のタコが見えた。


凄い宿に来てしまった・・・。


ごくごく普通の女性に出迎えられると思いきや、意表を着く兵(ツワモノ)に出迎えられ、二人は驚きを隠しつつ彼女達に頭を下げられる。
恭しく頭を下げる間も、油断の欠片も無い彼女達は、タークスがいたならば間違いなくソルジャーにスカウトされていただろう。



「遠い所をはるばる、ようこそいらっしゃいました。
 セフィロス様と様でいらっしゃいますね?」
「ああ」
「よろしくお願いします」


「お疲れ様でございました。
 お二人のお部屋は離れとなっております。どうぞこちらへ」



女将とは別の、仲居のキタムラと名乗る・・・・これもまた隙の無い女性に促され、二人は建物の奥へと案内される。
元は地の有力者の家を改築したという館内は、暖かさと時代を感じる作りで、穏やかな静けさが心地よかった。

が、如何せん従業員が従業員である。
戦いの中で生きない者には、気付きもしないものかもしれない。
例え戦いの中生きる者でも、彼女達の技量に安心して羽を伸ばすのかもしれない。
だがしかし、過度の油断を戒めるとセフィロスにとっては、彼女達の存在は逆に警戒心を煽るものだった。

仮に襲い掛かられたとしても、負ける程の相手ではないと解っているが、染み付いた習慣がそう簡単に抜けるはずも無い。
休暇と思い出た先で、敵ではないとはいえ、武に覚えのある者に囲まれるなら尚更。
二人がそれを表に出さないのが幸いではあるが、慣れるには少々時間がかかるだろう。




廊下にある大きな窓からは、囀る鳥が庭に植えられた木々の上を遊ぶ姿が見える。
歩きながら眺めるにつられ、セフィロスもチラリと視線を向けるが、無関心であるかのようにすぐに視線を戻した。

だが、そ知らぬふりをしながら、セフィロスの神経は、さえずりが聞こえる度に外に向っている。
本当は立ち止まって眺めたいだろうに、素直じゃない彼に出そうになる笑いを堪えながら、は何食わぬ顔で彼の隣を歩いていた。



「こちらが、竹の間でございます」


通された部屋は広く、ミッドガルでは見られない畳の床だった。
一歩中に踏み込めば大きな窓の外に檜の風呂があり、湯の溢れるそこからは、絶えず柔らかな湯気が上がっている。
その向こうは砂利が敷き詰められ、この部屋の名に相応しく青々とした竹が茂っていた。


「・・・では、何か御用がありましたら、フロントまでお電話下さいませ。
 お食事は何時頃にいたしましょうか?」
「6時半頃頼む」

「かしこまりました。ではごゆるりと御寛ぎ下さいませ」


部屋の説明を終えると、キタムラは音も無く襖を閉め、足音も立てずに居なくなった。
気配こそ消しはしないが、やはり二人は彼女が廊下の先の角を曲がるまで、その気配を追ってしまう。




「・・・・・・・凄い宿ですね」
「ああ」




自分の身の安全に気を使わなければならない人の為、平均レベル20はあるだろう従業員がいる宿。
確かに、四六時中護衛に囲まれる要人達には、最高の羽伸ばしかもしれないが、セフィロスとにとっては、逆に油断できない宿であった。


気をとりなおし、先に部屋に届けられていた荷物を確認すると、座布団の上に腰を下ろすセフィロス。
いつでも温泉に向えるよう、着替えを出すを視界の片隅に置きながら、セフィロスは床の間にある宿のパンフレットを手に取った。

館内の案内図と共に、仲居に聞いた浴場の場所を確認し、載っている露天風呂の写真を眺める。
と、ふと開かれたページの半分にある、敵対勢力と遭遇した場合についての注意書きに、彼は目を止め、そして固まった。

そこには、『館内における喧嘩はお控え下さい』等の字が書かれ、下に先程会った女将の挨拶と『レベル40』という文字が書かれている。
リミットブレイクは『大声一喝』『一騎当千』『天下統一』という、オマケまで書かれていた。
一体どんな技が出てくるのか、恐ろしくてあまり想像したくない。特に最後の技。

並みの兵では、太刀打ちも出来ないだろう。
下手をすれば、2ndのソルジャーですら、勝てるかどうか危うい。
流石はVIPを相手とする旅館というか・・・何と言うか・・・・凄い旅館である。
というか、凄い女将である。


静かに閉じたパンフレットの裏には、近辺の散策地図が載っており、セフィロスは今目にしたものを忘れたがるかのように、それを頭に叩き込む。
だがしかし、その地図を覚える脳が、任務の時の地形暗記の状態に似ているのは気のせいだろうか。

もはやセフィロスの気分は戦場である。




「そう緊張せずとも平気ですよ」



穏やかな声に顔を上げれば、既に着替えを出し終えたが、笑みを浮かべながら茶を淹れていた。
相変わらず仕事が早いと思いながら、彼女の言葉に幾分か肩の力が抜けた自分に気付き、セフィロスは微かに口元を緩める。



「客に向って攻撃してくる宿など無いでしょう?」
「確かにな」



それは館内で騒動を起さない限りだが・・・と、パンフレットに書かれた注意書きを思い出しながら、彼はの言葉に納得する。
それはそれで面白いのかもしれないが、この旅の目的は休息であって訓練ではない。

が淹れた茶を啜りながら、彼女の言葉一つで先程の妙な緊張が嘘のように力を抜く自分がいる。
他の者に言われたのではそうもいかないだろうに、彼女に限っては別なのかと、現金な自分の性格にセフィロスは苦笑いを零した。



口に広がる甘い香りと程よい苦味に大きく息を吐き、視界に入った緑に彼は窓の外を見る。
庭にある風呂のせいで、湯気の漂う竹林は霧の中に浮かぶようだった。
見ているだけでも癒されるような光景は、戦いが染み付いた自分に、こんな休日も悪くないと思わせる。

テーブルを挟んで腰を下ろすを横目で見ると、彼女は両手で湯飲みを包みながら、自分と同じように窓の外を見ていた。
何も言わず同じ景色を眺め、聞こえてくる湯の流れる音や、風に鳴る竹の葉の音を聞く。
小春の陽気にある緑も良いが、冬に訪れればまた違った景色と音が迎えてくれるのだろう。



「静かですね・・・」
「ああ」


何時もより声が柔らかなに、随分ここを気に入ったようだと、セフィロスは小さく安堵する。
だが、セフィロス自身もまた、早速この部屋の景色と、静かな宿を気に入っていた。
着いた早々ではあるが、女将のレベルを差し引いても、また休暇の折には訪れたいと思う。
こんな穏やかな静けさは、ミッドガルや他の観光地では得られないものだ。




「お客様ぁああ!館内での喧嘩は禁止でございますぅぅ!!」





「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」



チャラララ〜チャ〜ラ〜ラッチャラ〜♪




「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」




何処からか聞こえた仲居の叫び声に、竹林に隠れていたらしい鳥たちが一斉に飛び立つ音がする。
その後すぐに聞こえた戦闘終了のファンファーレに、二人は目を見合わせ、ゆっくりと部屋の戸に目を向けた。
部屋の戸は決して薄く無いが、静かな場所なせいだろう。
仲居の声もファンファーレも、思っている以上に響く。

一体誰が勝利したのか。
考えたくは無いがすぐに想像がついてしまい、二人は気を紛らわせるように同時に茶を啜った。



「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」



「・・・平和ですね」
「・・・・・そうだな」



数秒の沈黙の後、は先程と変わらぬ穏やかな笑みを浮かべ、セフィロスを見た。
どうやら今の事を記憶から消去する事にしたらしい。
対するセフィロスもまた、の意思に賛同する意で言葉を返し、彼女の微笑みにつられるように頬を緩めた。


「こんな休日も、悪くは無いでしょう?」
「ああ。遠出した甲斐がある」

「本当に・・・。あ、そろそろ温泉に行きましょうか。夕食に間に合わなくなりますし」
「そうだな」


頷いたセフィロスに、は腰を上げ、用意した着替えをセフィロスに手渡す。
幸い二人のいる離れの部屋は浴場と近く、仲居の戦の痕跡を見る可能性は少ないだろう。

朝から移動を続けた体は、戦闘とは違う疲労に休息を求めている。
これから向うところだというのに、先を急かしたがる体に、はやれやれと息を吐いた。


部屋の戸を開ければ、伸びる廊下は先程の声が嘘のように静まり返っている。
それが逆にあらぬ予測を引き起こしそうになるが、何も無かったのだと自分に言い聞かせ、二人は母屋へ続く廊下を歩いた。
窓の外を眺めながら歩くが、見える景色に先程の小鳥達は居ない。
ふと、先程それらが気になっていたらしいセフィロスを見ると、ポーカーフェイスを装いながらも寂しそうな目をした彼が居た。




そんなに鳥が気に入ったのですか・・・。




何も考えず見ていれば、無表情無関心と思える表情だが、どうも隠しきれていない彼に、は噴出しそうになるのを押さえる。
これは夕食に鶏肉が出たら面白い事になりそうだと、訝しむ彼の視線をはぐらかしながら、彼女は内心ほくそえんだ。



浴場に着くと二人は別れ、それぞれ男湯女湯の暖簾をくぐる。
脱衣所には他の客の荷物は無く、貸切状態だと小さく喜びながら、は手早く服を脱いだ。

小さな旅館といえど、風呂はそれなりに広く作られている。
浴室に入った彼女は、誰も居ない風呂場で適当に体を洗うと、奥の扉の先にある露天風呂へ急いだ。

戸を開けた瞬間、まだ温まっていない体を冷ますように、外の風が濡れた肌の上を滑る。
漂う湯気は茜に染まり始めた空に向かい、宵闇が引き連れてくる寒さが先立って彼女の身を震わせた。
風邪をひいてはたまらないと、は飛び込むように近くにあった幾分か小さな岩風呂の中に身を沈める。

だが、それが何だか自分の想像していた温度とは違う気がして彼女は首を傾げた。

熱いか、もしくは少々温いか。
どちらにせよ、疲れ、冷えた体を浸けた湯は、ジワリと染み込むようにその熱を体の芯を暖めていくはずだ。
だが、今彼女が身を浸しているのは、お世辞にも温いとは言えず、ジワリと熱が染み込むどころか、悴むような温度で体を包んでくる。
その上、他の風呂に見られるような湯気など全く出ていないのだ。



これは・・・・水風呂・・・?


「ひょえぇえええ!」



気付いた瞬間彼女は飛び上がるように水風呂から飛び出した。
震える体に容赦なく纏わり着く風に大きく身震いしながら、は慌しく湯気の昇る岩風呂に駆け込む。
と、彼女が本物の温泉に足を踏み入れようとした瞬間である。



「お客様ぁあ!!どうなさったのでございますかぁああ!?」



武器を手にした女将が現れた。



女将 Lv40 HP6500 MP520 属性−雷 弱点−無し



タオルを片手に、今まさに湯に飛び込もうとしたの前には、両手にハンドガンを持った女将。
戸を蹴り破らんという勢いで浴場に突入してきた二丁拳銃に、彼女は寒さも忘れて呆然とした。

そんなに、女将はハッとすると、微かに頬を染めながら銃を帯の後ろに仕舞い、居住まいを正す。


「失礼致しました。お客様、ただ今悲鳴のようなものが聞こえた気がするのですが・・・」
「あ・・・・いえ、何でもありません。風呂と水風呂を間違えて、驚いただけです・・はい」

「まぁ!・・大変申し訳ございません。このような事が無いように、これからは目印をつけておきますので」
「いえ、こちらの注意不足でしたから・・・お騒がせして申し訳ありません」


素っ裸で頭を下げるに、女将はごゆっくりと言い残し、今の登場が嘘のように静かに去っていく。
女性の武器である素早さを存分に生かした登場に、スピードだけならセフィロスに並ぶかもしれないと考えながら、は女将の気配が脱衣所に入るまで戸を見つめていた。



気を取り直し、は今度こそ湯気の昇る温泉に身を沈める。
水に浸かったせいか、温かな湯が肌にピリピリするがそれもすぐ止み、暖かさがじわじわと体の芯に伝わってきた。

大きな岩にゆっくりと背を預け、掬い上げた乳白色の湯を顔にかけると、自然と大きく息が漏れる。
竹の仕切りの向こうにある男湯には、女湯同様人の気配は無く、どうやら向こうもセフィロスの貸切状態らしい。

急いで露天風呂に来た自分とは違い、セフィロスは今頃ゆっくり髪でも洗っているのだろう。
もし知らない人間が男湯に入ったら、女と間違えて慌てるかもしれないと考え、は想像した光景に小さく笑みを零した。




見上げた空に流れる雲は、天上の茜を反射して桃と紫を混ぜた色に染まっている。
見る間に変わる空の景色を眺めながら、暫く湯に浸かっていると、仕切りの向こうの男湯から人の気配がした。
濡れた石畳の上を、殆ど音を立てずに歩く様子から考えても、居るのはセフィロスで間違いないだろう。

話しかけてみようかと、は口を開きかけるが、ふと先程の女将の登場が脳裏を過ぎった。
下手に大きな声を出せば、また何かあったかと飛び込んでくるかもしれない。
悲鳴では無いにしろ、どんな些細な声でも彼女達はキャッチして飛んできそうである。

2度3度口をパクパクさせたもの、結局声をかける事は断念し、は静かに湯の中から上がった。
いつの間にか奥に消えたセフィロスの気配に、まだこの岩風呂以外にあるのかと辺りを見回すと、先程は見逃していた小さな道があった。
覗いてみれば、道沿いに色や大きさが違う幾つもの小さな風呂が並び、石畳の上にまで湯気が立ち込めている。
ふと道の入り口に植えられた木を見れば、小さな看板が枝にかけられており、そこには『七色温泉小道』という文字とが書かれていた。

本当に七つの風呂が並んでいるようで、それぞれの湯の名前の横には簡易な説明が書かれている。
それぞれの大きさこそ大した事はないが、すべて入り尽くせば体は丁度良く温まっているだろう。
看板の下に書かれている、厳選ウータイ牛から搾り出した温泉地特製コーヒー牛乳1本120ギルも、なかなか魅力的である。
とはいえ、入浴後は食事を控えているので、味わうのは食後の入浴後になるだろうが・・・。



湯の色は同じ乳白色だが、一つの岩をくり抜いて作ったものや、色とりどりのタイルで囲んだもの。
竹で作ったものや、風呂の底にマテリアをはめ込んだ魔光風呂なる怪しげなものまで。
見ているだけでも楽しい風呂を眺めながら、は石畳の上を歩く。

途中、『女将のお勧め』と書かれた、滝に打たれる形の風呂もあったが、その水圧は見る限り一般人には耐えられそうに無い。
やはりあの女将、タダ者ではないようだ。

滝から昇る湯気が道の先を白く遮っているが、ふと視線を上げてみると、宿の敷地を囲むように植えられた竹が、湯気の中に浮かび幻想的な風景を作っていた。
これはこれで良いかもしれないと思いながら、は滝の前を横切り、曲がりくねった道を行く。

七色小道の終点と書かれた看板に、着いた最後の風呂を見てみると、そこには他のどの風呂よりも大きな岩風呂が湯気を上げていた。
竹作りの塀は高く、その上には青々とした竹が茂る山が聳えている。
早くもつけられているウータイ風の行灯の中は、炎ではなく電灯のようだが、それでも溢れた柔らかな光が湯の上に反射して輝いていた。

湯の中に銀の髪を結った後頭を見つけ、は先客が居たのかと思いながら湯に近づく。
だが、その音に気がつき、振り向いた湯殿美人の青緑色の瞳と、岩の合間から見えたガッシリした肩に、彼女は踏み出した足を止めた。


「・・・・セフィロス?」
「隠すぐらいしろ!」


湯煙の中にいた人物の声の主に気付くと、湯に浸かっていたセフィロスは言い捨てると同時に視線を逸らす。
驚くも、混浴と知っていたならとっくに隠していると思いながら、肩に掛けていたタオルを彼に習って腰に巻いた。
背を向けたまま溜息を吐く彼も、此処が混浴とは知らなかったのだろう。

女より余程女らしい湯姿のセフィロスに、は苦笑いを零しながら湯の中に足を差し入れる。
ここまでの道で幾分か冷えていた肌に、染み込む湯が心地よく、彼女はそのまま湯に体を沈めた。

隣に腰掛けたに、セフィロスは二度目の息を吐き、ふと彼女の方を見る。
が、彼は次の瞬間太刀を下ろすより早く顔を逸らし、飛沫が上がるほどの勢いで背まで背けた。


「何故下しか隠していない!?」
「セフィロスに習おうかと思いまして」

「習わなくていい!上も隠せ」
「仕方ないですねぇ・・・」

「・・・・下も隠すんだぞ」
「え?・・・・わかりました」



言わなければ上だけ隠していたのだろうかこの女は・・・。

出そうになる言葉を飲み込みながら、セフィロスは3度目の息を吐く。
同じ風呂に入っているこの状況ですら既に予想外だというのに、体まで見せられてはたまったものではない。
湯の色や湯気で完全に見た訳では無いのがせめてもの救いだったが、隣に居られたのではプラスマイナス0である。
その上、二人の距離は軽く体を傾ければ触れるほど近く、風呂である以上自分も彼女も裸同然なのだ。


そういえば、部屋にあった檜風呂にも彼女は入るつもりなのだろうか。
そうなると、どちらかが室内に居た場合、必然的に入浴している姿を見ることになるだろう。
という事は、また自分はの入浴を見る事になる。

・・・・・・・・・・・・・・・・ヤバイ。

非常にヤバイ。というか、既に少しヤバイ。




「もう大丈夫ですよ?」
「ああ・・・」

「・・・セフィロス?・・・心配しなくても、上も下も隠してますが?」
「・・・・そうか」




背を向けたまま答える彼に、はどうしたのかと首を傾げる。
幾ら湯の色で見えないとはいえ、万が一の事もある為、セフィロスの体はチョットばかり振り向けない状況になっていた。
未経験のガキのようだと情けなくなるものの、こればっかりは惚れた弱みというやつだろう。



「・・・・・怒らせてしまいましたか?」
「いや・・・気にするな」

「ではこちらを向いても良いでしょう?」
「・・・・こうしていたい気分なんだ」

「・・・何処か調子が悪いのですか?」
「平気だ。気にするな」

「・・・・・」
「・・・・・」



訝しみながら湯で遊び始めたに、セフィロスは吐きたくなる息を抑える。
振り向きたくとも振り向けない。
自分の身一つ意のままに出来ない事を、彼はこれほど忌々しいと思った事は無かった。

仮に平気と言って振り向いた所で、彼女はそんな所など見はしないだろう。
だが万が一。
その万が一が何より恐ろしいのである。

軽蔑されるか、苦笑いで流されるか、理解してくれるか、気付かなかったフリをしてくれるか。
どれもこれも嫌だが、最も嫌なのは彼女が事の意味を理解しておらず聞いてきた時である。
それは流石に無いかとも思えるが、相手は
妙なところで、天然ボケという彼女の天性の才能が、致命傷のクリティカルを出す可能性が大いにあるのだ。




「夜が待ち遠しいのですか?」
「!?」




必死に落ち着こうとしていたセフィロスの背に、による別方向からの攻撃がぶつかる。
思わずビクリとした彼に、彼女は少々驚いたようだが、何を考えているのかはセフィロスの隣に回りこんだ。

諦め半分に振り向くと、彼女は小さな笑い声を漏らしながら、目を細め彼を見ている。
その態度がどういう意味なのか、都合の良い意味で受け取ってしまって良いのか、彼は判断しかねるところだった。
だが、そんなセフィロスに、は視線を逸らさないまま、先程とは違った穏やかな笑みを向ける。
途端、一際大きくなった心臓に、セフィロスはどうしたもんかと、山々の合間に見え始めた星空に視線を向けた。



「そんなに空を眺めても、夜はすぐに来てくれませんよ?」
「・・・・・・」

「あまり見つめては、夜空が逃げてしまいます」
「・・・それは・・・嫌かもしれないな」

「でしょう?夕食を終えたら、予定はありませんし、散歩に行きましょう」
「・・・ああ。悪くない」



とそんな風になれる期待が無かったといえば、嘘になるだろう。
だが、昨日今日の態度では余りにもその気配の無かった彼女から、こうも自然に受け入れに似た言葉を貰ったのだ。
確証でない以上、過度の期待をするべきではないと思うが、いつからか芽生えていた感情はそれを知りながら己を急かす。
早鐘を打つ鼓動に押されるように、口から出そうになる言葉とは対照に、胸の内はからの明確な言葉を求めていた。

もう少しだけ、通じえぬ痛みのある柔らかな時を味わっていたい自分が、近く遠い場所でまだ早いと言う。
だが、彼女を手放す事は出来ないと気付いた自分は、今を逃してその先に機会があるのかと囁いていた。

微かな恐れを持つ臆病な自分に情けなさを感じながら、だがもう少しだけと、セフィロスは言葉を呑む。
あとほんの少しだけ、この心地よい痛みを感じていたかったのかもしれない。
次のの言葉を耳に届けるまで、と、彼は最後と思える片恋の疼きに、微かな微笑を浮かべた。



「何処か見たい場所でもあったのでしょう?」
「・・・・・・・・・は?」

「夜を急かしたくなるほど、貴方の興味を引くものがあったのですね」
「・・・・・・・・・・・・・・」






















オマエガ憎イ









心底憎イ





そのまま湯に沈み排水溝に流されたくなる気持ちを抑えながら、セフィロスは目を伏せて己の中に渦巻く羞恥の嵐に耐えた。
下水に流れ、川に流され、山々の土に溶けて大地の恵みとなり、森の木のように物言わず動きもせず茂る樹木の一部となりたい。
やがて枯れ果てた幹から大地に溶け、廻り行く大いなる摂理の中、意識まで溶け込んでしまいたい。
この羞恥心ごと。


表情すら固まって動かない程のショックは、彼に目を伏せながらの微笑を浮かばせている。
人の気も知らないは、そんな彼を嬉しそうに微笑んで見ていた。


俺が馬鹿だった。

に限って、あんな言い回しをするはずなど無いだろうと、今更だからこそ気がつき、セフィロスは遠い星空を眺める。
少し考えれば、勘違いをしているのだと幾らでも解る筈なのに、一体自分の脳はどう血迷ったのか。

色恋沙汰でに主導権を回せば、必ず相手が最も打ちのめされるボケ方をされる事を、彼は完全に失念していた。
それが今回の敗因である。

脱力と同時に危険を脱した自分の体に、セフィロスは安心していいのか悲しんでいいのか微妙な気持ちになった。
確かに万が一の目撃はされなかったが、これもこれでどうか・・・・。

これならば、いっそこのまま彼女の体に自分を刻んでしまった方が、まだ先行きが明るかったのではないかとすら思える。
実力差を考えると、不可能とも思えるかもしれないが、は戦闘技術はあっても力は無い。
その上彼女は鈍感&天然という、憎き特技もあるので、雰囲気を作って流してしまえばあとはセフィロスの思いのまま。

一度抱いてしまえば、他の誰でも満足できないようにする事など容易い。
否、他の誰にも目を向けられない程、にセフィロスという男の味を覚えさせる。


ヨシ、それで行こう。
今夜機会があったなら、すぐにでもそうしよう。
今夜が無理ならばこの休みの間に行動に移してしまおう。
主導権さえ握れば、すべてこちらのものなのだから。


ショックから立ち直れないセフィロスは、何時に無く冷静な判断を失い、諸々の不安要素を忘れ去った決意を固める。
自然と浮かべたどす黒い笑みに、隣のが驚いているが、今の彼にはそれすら気を引くものにはならなかった。



「セフィロス・・・?どうしたんですか?」
「・・・・ククククク・・・驚いた顔も美しいな・・・

「は?」
「ククククク・・・ククククグゴボガゴボガゴボゴ」

「セ、セフィロス!ちょ・・!?」



笑いながら湯の中に沈んでいくセフィロスに、は慌てて彼を抱きかかえる。
どれだけ温泉を堪能したのか、真っ赤な顔でグッタリとしてにもたれかかる彼は、完全に気を失っていた。




「だ、誰か!誰かいませんかーー!!?」









「お客様ぁああ!どうかなさいましたかぁぁぁ!?」
































「っ・・・ん・・・?」
「気がつきましたか?」

「・・・・・」


瞼を開けた瞬間入ってきた光に、セフィロスは小さく唸って目を細める。
すぐに覗き込んできたの顔に、光の正体が天井にある電気だと理解すると、彼はゆっくりと辺りを見回した。
同時に、額の上からズルリと白いものが落ち、腿に落ちた。
見れば、それは真っ白な手ぬぐいで、手に取ってみると水に濡れてひんやりとしている。


「お風呂で上せて、倒れたんですよ?」
「・・・風呂・・・?」

「ええ」


微かにモヤつく頭に、彼は体を起こしながら記憶の糸を手繰る。
白地に青の染めが入った浴衣を着た覚えは無く、誰かが着せたものなのだろう。
室内を見回すと、窓の外は既に暗く、壁にかけられた時計は7時迎えようとしていた。
風呂に入ったのは5時近くだったはずなので、約2時間近く気を失っていた事になる。



「混浴でご一緒している最中、笑いながら沈んでいったんですが・・・覚えてませんか?」

「・・・・・・・・・」




思い出した。



記憶を持っていた事に安心しながら、しかし忘れてしまった方がよかったかもしれないと、セフィロスは何とも言えない気分になる。
幾分か寝惚けが残っているものの、倒れた当時より格段に冴えた頭では、その時の血迷った決意が自己嫌悪となって回っていた。


何が・・・ヨシ、それで行こう!だ。
上手くいく訳が無いだろうが・・・・。
馬鹿か?馬鹿だな。間違いなく馬鹿だ。



頭を抱えたくなる気持ちを抑え、だがガックリと俯いたセフィロスに、は彼の体を支える。
肩を包む細い腕に顔を上げると、心配そうに見る浴衣姿の彼女がいた。


「まだ具合が・・・?」
「いや、大分良くなった」

「そう・・・ですか。無理はなさらないで下さいね?」
「ああ。食事はどうした?」

「旅館の方にお話して、遅らせていただいてます」
「・・・・・・・すまない。すぐ用意してもらおう」


後悔したところで、彼女に知られていないのならそれで良い。
そもそも、上せて頭が朦朧としている時の考えを後悔したところでどうするのか。

行動に起さなかっただけ良しとしようと考えると、彼は立ち上がり使っていた布団を押入れに仕舞った。
その間にフロントへ連絡したは、窓際にある椅子に腰掛けて、壁に寄せたテーブルを出すセフィロスを眺める。

湯に入っている時も、倒れた時も思ったが、今のセフィロスもなかなか色気がある。
普段見ない浴衣だから、余計にそう思ってしまうのかもしれないが、気を抜けば抱きとめた時の彼の体の感触を思い出してしまう自分が居た。
顔が熱くなるどころか、考えまでどうかしそうだと、は彼に知られないように気を引き締める。

椅子に腰を下ろしたセフィロスも、そんな彼女に気付いてはいないようで、二人は他愛ない話しを続けた。







その後、用意された食事を食べ終え、時間を持て余した二人は、風呂の中で言っていた通り夜の散歩へと出た。
ミッドガルでは見られない星空を拝みながら、同じ浴衣姿の人々とすれ違う。
軒を連ねた店と街灯が道を照らし、川に沿って植えられた柳が月の下で揺れていた。

道を歩く浴衣美人二人組に、時折視線を投げかける者はいたが、ミッドガルの繁華街のように話しかけてくる者は居ない。
静かだが賑やかな夜の街を眺めながら、二人は何処に行くでもなく歩き続けた。

時折見かけた露店の中に珍しいものを見つけるが、流石高級温泉地だけあり値段も高級である。
とはいえ、手を出そうと思えるほど興味を引くものも無く、見ているだけでも十分と、二人は長閑な夜の空気を楽しんだ。



「そろそろ戻るか」


「おや、セフィロスじゃないかね?」




時計を眺め、を見下ろした途端、背中から聞こえた嫌な声にセフィロスの顔が引き攣る。
せっかく羽を伸ばしていたというのに、眉間に刻まれてしまった彼の皺に、はおやおやと思いながら、声の主を見た。


「こんな所で会えるとは思わなかったよ」
「・・・・・宝条」
「こんばんは」


何時もの白衣ではなく、旅館の浴衣に羽織を着た宝条は、両手に若い女性を引き連れて歩いてくる。
酔っているのか、不健康な印象がある顔は僅かに紅潮し、機嫌もすこぶる良いらしい。
明らかに目つきの鋭くなったセフィロスに、そんなに嫌いなのかと思いながら、は挨拶と共に頭を下げた。


「そちらも休暇かね?ふむ・・・大方有給が溜まっていたと言うクチだろう?
 そちらの君は・・・確かといったかい?久しぶりだね」
「お前には関係ない」
「・・・・・・・・・・・」

「相変わらずつれないね。そんな冷たい顔をしていては、可愛い彼女も逃げてしまうよ?
 クァーックァックァ!!」
「・・・・・宝条・・・・・」
「セフィロス、落ち着いてください」


武器を持っていないのは救いだが、何時に無く気の短いセフィロスに、は彼の浴衣の裾を掴む。
それに気がつき振り向いた彼は、幾分か気分も落ち着いたようだが、不機嫌な所は変わらなかった。

泥酔ではないとはいえ、酔っ払いを相手に怒った所でどうするのか。
大きく舌打ちをして視線を逸らすセフィロスの気持ちなどどうでもいいように、宝条は何かに気付いたように自分の懐に手を伸ばした。



「そうだ、セフィロス、ちょっと来てくれるかね?」
「断る」

「そう言わずに。来てくれんと、後々後悔する事になるかもしれんが、良いのかね?」
「・・・・・何だ?」

「だからこちらに来て欲しいと言っているだろう?早くしてくれんと、私も忙しいんだがね?」
「女遊びにか・・・」



引きそうに無い宝条に、セフィロスは早々に済ませたいと思いながら、彼の呼ぶ道の端へ歩く。
は宝条の連れの女と世間話を始めたようで、あまり気にしてはいないようだ。

道の端に植えられた木の陰で宝条は止まり、警戒するセフィロスにニヤリと笑うと彼の手を取る。
触られた瞬間、セフィロスの顔が思いっきり歪んだ事に笑みを深くしたかと思うと、宝条は懐から出したものを彼の手に乗せた。


「人生の先輩からの餞別だよ。楽しみなさい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


何時に無く年上染みた宝条の言葉と共に、掌に乗った瞬間鳴ったビニールの小さな音が耳に届く。
皺のある手が離れ、セフィロスの手にあったのは・・・・・・・


避妊具。


人間、本当に予想外の事態が起こると放心するものである。
よもやこんな物を宝条から渡される日が来るとは思っていなかったセフィロスは、一切の思考を停止したまま掌の上を見た。


「何だね?気に食わなかったかい?
 ・・・あぁ、もしかしてつけずにするつもりだったのかね?
 まぁそれも良いかもしれんが・・・ではコッチをあげよう」
「・・・っ・・・・・」



今度は羽織のポケットに手を入れた宝条は、手にした別のものをセフィロスの手の上に乗せる。
拒否しようとしたセフィロスが腕を引こうとするが、何処にそんな力があるのか宝条の手は離れず、今度は小さな錠剤が手の上に乗せられた。


「使いすぎると妊娠しずらい体になるからね。
 あまりお勧めはしないが・・・・」
「っ・・・宝条ーーー!!」


青筋を浮かべて怒鳴ったセフィロスに、宝条は赤ら顔でニタッと笑うと、彼との距離を離すように飛び跳ねる。
相当酔っているのか、輝く笑顔の宝条は、妖怪染みた動きをしながら、軽やかなステップで飛び跳ねる。

その余りに気色の悪い動きに、セフィロスは驚きながら呆然とし、怒りも何処かへ消え去った。
セフィロスの声に二人のいた場所に目を向けたや女性達も、飛び跳ねながら木陰から現れた妖怪宝条に呆然としていた。


「何事も計画的にせねばいかんよ?クァーックァックァックァ!!」
「・・・・・・・・・・・・・」

「セフィロス、ハメを外すのは構わんが、程ほどにするんだよ?
 君の場合相手を壊しそうだからね。優しくしてあげたまえ。」
「なっ!?」
 
「さて、私も今夜は楽しもうかね。では、良い夜を。
 クァーックァックァックァックァックァッ!!グッナ〜イ!!」
「・・・・・・・・・」


笑っていたかと思うと、宝条はあっという間に供の女性を引き連れ去っていく。
居合わせた通行人も、セフィロスとも、暫く呆然としながら、謎の妖怪ジャンピング眼鏡爺がいなくなった方角を見つめていた。















「お帰りなさいませ」




あの後、宿に戻った二人は、丁度布団の用意を終えた仲居と廊下ですれ違い部屋に入った。

宝条との接触が相当疲れたのだろう。
もう一度風呂に入る気力も無いセフィロスに苦笑いを浮かべながら、何があったのか知らないは部屋の戸を開ける。

部屋にあったテーブルは壁に寄せられ、その場所には仲居が用意してくれた柔らかそうで大きな布団が1組敷かれていた。


「・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・」


布団は一つ。
枕は二つ。


普通の旅館では有り得ない布団に、二人は絶句するものの、考えてみれば此処は普通の旅館ではなかった気がする。
平均レベル20の仲居達も、レベル40の女将も、小さな悲鳴で飛んできそうな従業員達も。
しかしこれは幾らなんでもどうなのか。

高級旅館だからなのだろうか?そんな馬鹿な。
VIPの希望に答えるうちにこうなってしまったのだろうか?いや、そこは相手に合わせるものだろう。
つまり自分達に合わせたらこうなったという事なのか?




「布団・・・一組足りませんね」
「・・・・・・・・」

「仲居さんに連絡します」
「ああ」



その後、連絡を受けて慌てて戻ってきた仲居と数人の従業員が、そこにあった大きな布団を仕舞った。
シングルの布団を2つ敷きなおし、下がった彼女達に礼を言うと、はさっさと布団の中に入ってしまう。

しかし、嫌がらせかと思える程ぴったりくっついた布団は、無駄な気遣いとなってセフィロスを悩ませる結果となった。
道端で渡され、捨て所の無くなった宝条からのプレゼントも、まだ羽織の中にある。
だが、宝条に貰ったプレゼントなど、危険過ぎて使う気にもなれないし、それぐらいなら未使用の方がどれ程安心できるか・・・。

物が物だけに一秒でも早く捨ててしまいたいのが本音だが、部屋のゴミ箱ではに見られる可能性もある。
仕方なくトイレにあるサニタリーボックスにそれらを捨る事にした。

いっそ宝条に会った記憶と一緒に、便器に流してしまいたかったが、詰まった時に取り出された後どう説明するのか。
あの科学者、1つや2つならばまだ可愛げが・・・無いが、少しぐらいあるものを、5つも6つも手渡してくれたのだ。
捨て場所に困ると見通してたとしか思えない。


息抜きなのか、何なのか。
少しだけ自分が何のために旅行しているのか解らなくなりながら、セフィロスは布団に潜る。
就寝にしては少々早い時間だが、疲れた体は睡眠を求めていた。


暗闇に慣れた目で見上げれば、窓から差し込む月明かりで、天井にある電気が白く浮かんで見える。
窓の外から聞こえる竹の葉が鳴る音と、結局入らなかった檜風呂の水の音が、心地よく響いた。

視線を感じて隣を見れば、こちらを向いたが小さく微笑み、手を伸ばす。
一瞬ドキリとなった心臓に、彼女の瞳を見つめれば、伸ばされた指先が頬の上を滑った。


「髪の毛食ってますよ?」
「・・・・・・・・・・・」





本格的に期待しなくて



ヨカッタ。





フッと自嘲の笑みを零すセフィロスに、は首を傾げて彼に触れていた手を引く。
だが、その瞬間セフィロスの大きな手が彼女のそれを捉え、は軽く目を見開いた。

暗闇の中、微かに見えた彼の顔は笑みを浮かべているようで、だがまだ慣れない彼女の瞳にははっきりとその表情は捉えられない。
早々寝惚けたわけでもあるまいし、どうしたのかと思っている間も、捕らえた手が離す気配は無かった。


訳がわからずにいるを、セフィロスはどす黒い笑みを浮かべながら眺めていた。
どうにもこうにも、昼間の落胆と今のそれで、彼の中にに対する小さな怒りが生まれる。
今なら湯あたりの時に思っていた気持ちがすぐ戻ってくる。

もう、彼女が自分を求めたくなるようにしてやらなくては、この気は収まらない。

散々期待させておいて・・・勝手に期待しただけだと言えばそれまでだが、男と旅行に来ておきながら、何もせずに済むと考えている彼女が非常に憎たらしかった。

後は野となれ山となれと考えていた湯の中ではない。
の気持ちを置き去り、後の算段を始めたセフィロスは、彼女の腕を握る手にそっと力を込めた。



















その後、二人がどんな夜を過ごしたのか、口を開かない二人に誰も知る事は出来なかった。

唯一手がかりを知る者がいるとするならば、何処か様子がおかしいと、脇腹に出来た痣に首を傾げるセフィロスの姿を見た、庭の小鳥達だけだろう。







相互リンクをしてくださった草薙五城様へ、相互リンク記念でいただいた素敵ヴィンセント夢のお礼夢でございます。
こちらの夢は、草薙様のみお持ち帰りOKとなっております。
下品なのかギャグなのか、ラブコメなのか何なのか、それ以前に長すぎるという話しですが(苦笑)
よろしければ、受け取ってくださいませ!!
傾向はお任せいただけるとの事でしたので、据え膳万歳と叫びながら書きました(笑)
タイトルが何だかヤバイですが、それも笑いのネタとして受け取っていただければ幸いです(笑)
こんな私ございますが、これからもよろしくお願いします!!
草薙五城様のサイトはリンクページから行けます。
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