小説目次 
ニョモライヘの勇者達



昔昔あるところに、ニョモライヘという村がありました。
300年前伝説の勇者が生まれたその街は、武術が盛んで、村人は皆めっぽう腕が立つ者ばかり。
大槍使いの村長、剣術に長けた副村長、熊のように大きな体をした村の番人。
そんな人々が住むこの村は、国内にその名が知れた、少々変わった村でした。


そんな村に、ある日一人の兵士がやってきました。
道中の森で魔物に襲われ、傷だらけの兵士は、アーネスト村長の元へ行くと、王様からの書状を渡してこう言いました。

「300年前に勇者によって封印された魔王が復活しようとしている。新たな勇者を村から選び、再び魔王を封印してほしい」

村長は言いました。

「で、いくらくれるんですか?」

村長の言葉に兵士は驚き、不服そうな顔をしながら持ち金を差し出します。

「貴方の自腹ですか?しけてますねぇ…これでどう旅の準備をしろってんですか?王様の経済感覚はどうなっているんですか?」

兵士一人が城に戻る路銀程度では、魔王の元まで旅する事は出来ません。
勇者と言えど、仲間を連れて行かなくては、魔王と戦う前に魔物に殺されてしまうのがオチです。

村長の意思を理解している副村長のアベルは、兵士に旅の資金の相場と経由地ごとに上積みされる金額を教えました。


「魔王の復活という急務なら、まっすぐ魔王の城を目指すべきだろう。わざわざ王都に行ってから出発すれば遠回りになり、あちらに時間を与える事になる。国だけでなく、この大陸全土の危機なのだから、損害を最小限に留めるよう迅速に行動するのは当然だ。国王からの勅命は受けるが、何分この小さな村では勇者とその仲間の路銀や準備品全てを揃える事は出来ない」

副村長の話を聞いた兵士は、急ぎ王都へ戻り、勇者一行の路銀を持って来る事を約束しました。
村長は裏山で捕獲した飛竜と、その乗り手イザークを兵士に貸し、兵を見送ります。
飛竜で山を越えれば、王都と村は往復3日ほどなので、すぐに戻ってくるでしょう。

兵士が乗った竜が山の向こうへ消えると、村長と副村長は、兵士が戻ってくる間に勇者を決める事にしました。


村には沢山の若者がいますが、候補として選ばれたのは7人です。

若者の中では一番腕が立つ、アーネスト村長の息子アーサー。
若者の中では一番腹が黒い、小麦農家の息子ロベルト。
若者の中では一番女好きな、羊飼いの息子カーフェイ。
若者の中では一番顔が可愛い、副村長の姪…ではなく、甥のアレン。
若者の中では一番体が大きい、大工の息子ジョヴァンニ。
若者の中では一番変わっている、神官の息子ガイ。
若者の中では一番運が強い、鍛冶屋の娘

勇者は、300年前の勇者がそうであったように、村にいる18歳の少年少女から選ばれました。
選ばれた7人は、自分達が勇者候補に選ばれた事に大層驚き、大層面倒くさがりました。
それもそのはず。
今は冬支度と収穫時期が重なる、村でもっとも忙しい時期です。
その上、仕事がひと段落したら、皆の大人と行商がてら王都へ観光にいく予定たったのですから、若い彼らが嫌がるのは当然でしょう。
王都への行商は、18歳になってからしか連れて行ってもらえず、村の子供たちは皆その日を楽しみにしているのです。


「明日にしてくれ。午後はロベルトの家の収穫を皆でやらなきゃならないんだ」

人々が恐れる野生の竜を、アッサリ裏山から捕獲してくる村長や村の大人達に、アーサーは冷たく言い放ちました。
しかし、村長率いる村の大人達は、渋る7人に武器を持たせ、村はずれの遺跡に強制連行しました。
そこは、昔勇者が村を出るときに使われた事から、試練の洞窟と呼ばれている場所です。
今は、年に一度の祭りの日、その年20歳になった村人が入り、自分の勇気と力を試す場所になっていました。
勇者候補に選ばれた7人はまだ若いので、この洞窟に入ったことがありません。


「…………」
「収穫作業は、当然村長さん達が全部やってくれるんですよね?どうもありがとうございます。丁度家の屋根と壁の補強もする予定だったんですが、当然そちらもやっていただけるんですね?そこまでしていただけるなんで、助かりましす。その上、その後予定していた来年の作付けの準備まで全てしていただけるなんて、本当にありがとうございます」
「っつーかさ、ここの中って何があるんだ?俺入った事ねえんだよな。いっつも入り口魔法で封印されてんじゃん。これは…束縛魔法1級と時空魔法…2級?」
「カーフェイ、多分時空魔法は3級のやつを二つ混ぜてあるよ。ところで叔父さん、当然僕達の生命の保証はされるんだよね?」
「いっつも思うんだけどよぉ、ここ入り口狭くねぇかぁ?もうちっと広くねぇと、俺つらいんだけどよぉ…」
「ライヘ戦記第一章と第15章にあった試練と審判の洞窟だねー。勇者ライヘも出発前に村の若者とこの洞窟に入ったって記述されてるよー。でも、肝心の試練と審判の内容は無かったなぁー。ライヘは魔王封印後、またこの村に戻って、この洞窟の試練を更に厳しいものにしたって記述があるけどねー」
「あの、私まだ昼ごはん食べてないんですけど……」


洞窟の扉を前に、若者達は言いたい放題です。
しかし、村長はそんな若者の事など気にせず、洞窟の封印を解いてしまいました。
周りを取り囲む大人たちに、若者達は諦めて肩を落とすと、促されるまま洞窟に足を踏み入れました。

7人が洞窟の中に消えると、大人たちは大きくため息をつき、入り口に見張りを置いてその場を去ります。
早速誰かの悲鳴が洞窟から聞こえてきましたが、大人達は気にする事無く、収穫仕事に戻っていきました。

















「暗いな…。、灯りつけてくれ」
「うん、わかった」


アーサーに言われ、は光魔法で辺りを照らす。
小さな光の球体がいくつも宙に生まれ、辺りがほんのり照らされる。
入り口こそ小さいが、中は石畳や石壁で作られており、古の勇者が得た英雄の地位と、この村が受けた国の恩恵が見えた。
土や岩だけの洞窟を想像していた一同は驚いて周りを見回し、感嘆の声を上げながら顔を見合わせる。


「何この立派さ…」
「うわ〜、ここ、工事で相当死んだんじゃなーい?昔は奴隷制度もあったしさ、スッゴイいっぱい死人がいるよー」

「そっちかよ。っつか、ガイ、あんまり怖い事言うなよ」
「カーフェイは気にしすぎー。笑われてるよー?」

「だから……コワイコトイワナイデってば…」


か細い声で言うカーフェイに、ガイは情けないと漏らしながら聖水が入った小瓶を押し付ける。
有難く受け取ったカーフェイは、聖水を体に振り掛けると、人心地ついたように息を吐いた。

聖水と言っても、中身は祭壇に1日供えただけのただの水。
ただ、それでもアンデット系のモンスターには十分効果があるので、カーフェイの気分は幾分かまぎれた。

夏にやった肝試しと同じやり取りをする二人を気にかけつつ、他の面子は洞窟内部を眺めた。
何処に罠があるかわからないため、まずは目で確認する面子の中、空中にいる見えない何かと会話するガイは先に歩き始める。
こういう場所になると、神官の息子から絶対に離れようとしないカーフェイは、辺りを警戒しつつ後に続き…


「わーーー!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!」


落とし穴に落ちた。

「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」

「……今……」
「………落ちていったね」
「馬鹿じゃないの?あの二人…」
「確認ぐらいして歩けよなぁ……」
「み、皆そんな事言ってる場合じゃないでしょ!」


地面にぽっかり出来た穴に吸い込まれた二人に、残る5人は呆れた顔で彼らがいた場所を眺める。
慌てて無事を確認しようとしただったが、他に罠があるとも限らないというロベルトに止められてしまった。

一番身軽なアレンが、ガイ達が歩いた場所を辿り、穴の中を覗き込む。
魔法で穴を照らして見れば、穴の側面は土ではなく石で囲まれており1メートルほど下からは急な傾斜が作られていた。


「声、聞こえないね。二人とも、大丈夫かな……」
「落ちて、滑り落ちていった……って感じだね。足元には気をつけて行った方がよさそうだ」
「大きな怪我はしてないでしょ。二人とも浮遊魔法は使えるんだからさ」
「だなぁ。そのうち這い上がって追ってくんだろ」
「先に進むぞ」


なんだかんだで生命力が強い二人組みなので、あまり心配する必要は無いだろうと結論を出し、5人は先に進む事にした。
助けを求める声は聞こえないが、もしかしたら穴の先はこの先にある何処かと通じているかもしれない。
例え通じていなくとも、祭りでは試練が終わった後、村人が脱落者の救助に向かうのだ。
少なくとも、アーサー達が生まれてからは、試練で死者が出た話は聞いた事が無いので、大丈夫だろう。



「親父の事だ。どうせ村長特権使って、しょうもない罠仕掛けまくるってるだろう」
「落とし穴は、まだまだ遊びだろうね」
「酷い罠は作ってないって叔父さん言ってたから、大丈夫じゃない?」
「それ試練になんのかぁ?」
「罠はおまけだって話じゃない?一番奥にある部屋の扉まで着くのが目的だって、前に隣の家のおじさんが言ってたの聞いたよ」

「俺達の目的は、その奥の部屋の扉を開ける事らしい。勇者になる資格がある奴なら、そこまで辿り着けるだろうって話だ。その前にも、いくつか扉がある。間違えないようにしなきゃならない」
「なら、鍵とか探さなきゃならないのかもね」
「じゃあ、最悪洞窟の中全部見て回らなきゃならない事にもあり得るって事だね…」
「ウチの村の奴ら、人に面倒臭い事させんの好きだからなぁ…」
「でもさ、そんなに広くは無いと思うし、皆で頑張ろ?」


日頃から村長を初めとする村人の悪戯に翻弄されている一同が揃ってため息をついていると、急に目の前が開けた。
小部屋程度の広さの場所の壁には壁画があり、床には何やら旧文字で書かれている。
正面には崩れ上半身が無い石像と、その足元には左右に首が無い6本足の動物の像が2体。
壁の左右にはまた通路があるが、石畳ではなく土を掘ったような普通の洞窟のようだった。


「とりあえず、この部屋を調べてみるか」
「僕は壁画を調べてみるね」
「それじゃぁ、僕とジョヴァンニは右の通路を行ってみるよ。何かあったら、どっちかが戻ってくるから」
「5分ぐらいで戻ってくるからなぁ」
「なら、私、床の文字読んでみるね」


ガイ達がいれば、左右同時に調べられるのにと零しながら、アレンとジョヴァンニは右の通路へ入っていった。
それを見送った3人は、部屋の中の気になった場所をそれぞれ調べ始める。

アーサーは石像を調べ、ロベルトは壁の絵を観察し、は床に足をついて旧文字を解読にかかる。
だが、石像には変わったところはなかったようで、アーサーはすぐにと床の文字の解読を始めた。

、どこまで読んだ?」
「上から5行目ぐらいまで。勇者の試練の場所だとか、この洞窟が300年前より前からある事とか書いてる」

「俺は下10行を読む。はその上を頼む」
「わかった」

勇者がいた時代に使われていた旧文字は、文明の流れの中で埋もれ、100年ほど前からは殆ど使われていない。
日頃から聖典を読んでるガイならば読めるが、この場にいる面子は「なんとなく分かる気がする」程度にしか読めなかった。

うんうん唸りながら解読をしていく二人を横目に、ロベルトは壁にそって歩く。
どうやら壁画は、勇者の旅路を描いた物らしく、場面が移る毎に彼の眷属であった6本足の獣や、旅で出来た仲間と思しき人物が描かれていた。
各地を旅し、時には魔王に操られた小国の王に身を脅かされ、精霊王の加護を受けて、神都からの強力な助力を得る。
そして壁画は、勇者が竜王が貸し与えた兵と共に魔王と戦う場面に差し掛かり、勇者の勝利で終えられていた。


「…ん?」


壁画の終わりに、妙な間を見つけ、ロベルトはそっと手を伸ばしてみる。
ざらりとした石の感触を確かめ、他の石壁に触れてみると、互いの石の感触が違う事に気づいた。

土を塗りこんだような隙間を見つけ、軽くナイフで突付いてみる。
すると、壁画の横側の表面がボロボロと崩れ、最後の1シーンが現れた。

「…ふーん」

そこには、奴隷と共に洞窟へ石を運ぶ勇者の姿と、その後ろで鞭を振るう人間の王がいた。
世間に流布していないが、しかし彼が生まれ、最後を迎えたこの村には残っている、勇者の伝承の最終章である。

小さな頃は、勇者の本当の望みは静かに暮らす事だったから、勇者は村に戻ってきたのだと教えられた。
13歳ぐらいになると、人心を集めすぎた勇者を当時の王が恐れたためだと教えられる。
そしてある程度の年になると、勇者が都の令嬢達をたらしこんだために、舞踏会で何十人もの女の修羅場が勃発して追い出されただけだという、驚愕の真実を教えられるのだ。
因みに、たらしこんだ云々は、勇者の供をしていた竜族の青年が村に残した日記により、証拠付けられていた。

どうせならその舞踏会の状況を壁画にすればよかったのに…。

そう残念に思いつつ、ロベルトは隠されていた壁画に触れてみる。
すると、石は軽く押しただけで、僅かに中に引っ込んでしまった。

すぐにとアーサーを呼ぼうと振り向くが、二人は真剣な顔で床の文字を解読している。
小さな文字を、肩を寄せ合うように読んでいる二人に、ロベルトは若干冷めた気持ちになって壁画に視線を戻した。


「…………」


何だろう、この苛立ちは。
二人は旧文字を解読しているだけだ。別におかしい事は無い。

そう分かってはいるのだが、どうにもあの二人が状況を利用しつつイチャついているように思え、ロベルトは拳を押し込むように壁画を押した。




スドォォォォン
ゴガガガァァン

「うわー!」
「ぶはははは…おぁあああああ!?」


凄まじい音とともに、アレンとジョヴァンニの悲鳴が洞窟に響いた。
驚いて右の通路を見てみると、そこには鉄の柵が落とされて塞がれている。
先ほどの音の一つは、これだったのだろう。


「アレン!ジョヴァンニ!どうした!?」
「ロベルト、何があったの!?」
「……えっと……」


ごめん、やっちゃった…。

「…………お前………」
「…………」
「…あはは」

間違いなく友人を罠に嵌めてしまっただろう自分に、ロベルトは言葉を考えつつへこんだ壁を指差す。
ポカーンとした顔のと、哀れむような目で見てくるアーサーに、彼は乾いた笑いを返すしかなかった。


「…ロベルト、とりあえず、こっちに来て解読手伝え」
「ごめんね…」


遠まわしに「もう勝手に動くな」と言われ、ロベルトは少ししょんぼりしながら部屋の中央に向かう。
が、踏み出したはずの1歩がいやに深く、驚いて足元を見た瞬間、ロベルトはそこにある暗闇に落ちていった。


「アホかあいつは!!」
「ロベルトー!!」

どうやらロベルトは、柵が落ちたと同時に足元に出来た落とし穴に、全く気づいていなかったたらしい。
目の前で罠に落ちていったロベルトに、二人は慌てて穴の傍に寄った。
だが、覗き込んだそこにはただ暗闇があるだけで、ガイ達が落ちた穴同様、少し下からは傾斜になっている。


「ロベルト!無事か!?」

『…ハハハハ!……よ!ロベルトも……』


呼びかけて返ってきたのは、ジョヴァンニの笑い声だった。
どうやら、先ほど右通路から聞こえた悲鳴は、彼らが落とし穴に落ちたものらしい。


「皆一緒にいるのかな?」
「そう大掛りな洞窟でもないし、多分大丈夫だろ」

「じゃ、合流するの楽だね。どうする?ここから落ちる?」
「…いや、とりあえず、この部屋と左の通路を調べてからにする」

「わかった」


が頷いたのを確認すると、アーサーは膝についた埃を払って立ち上がる。
解読した床の文字は、この洞窟が作られた時期と、壁画に描かれた内容を記している程度で、アヒントになるようなものは無かった。
ガイならば、文面から何かしら読み取る事が出来るのかもしれないが、生憎二人はそこまで旧文字に詳しくない。
帰り道にでも詳しく調べてもらえば良いだろう。


「何か、通路以外に調べる所ってなさそうな感じだね」
「そうだな……もう一度、石像調べて良いか?」

「うん」
「……別行動になるのは避けたいから、あんまり俺から離れるな」

「わかった」


はぐれてしまえば、アーサーは灯りを失い、はどんな罠があるかわからない洞窟を一人で歩く事になる。
諦めて穴に落ちてしまえば楽だが、落ちた先にいるはずの友人達が既にその場を去った後だった空しいので、出来るだけ避けたかった。

再び石像を調べ始めたアーサーの横で、は6本足の獣の像を調べる。
足の付け根を覗き込み、尻尾の辺りを眺めた時、は獣の尻に掘られた文字に気がついた。

光を近づけ、目をこらさなければわからないほど小さな字だが、そこには今一般的に使われている文字で何かが書かれている。
手がかりを見つけたと喜んだは、早速文字を読んでみたが、乱雑に彫られた文字を目でなぞっていくうちに、自然とため息が零れた。

「どうした?」
「…村長達の思い出がある」

「……は?」

意味不明の返答をしたに、アーサーは怪訝な顔になり、が指差す文字を読む。




−押せ押せGOGO!アーネスト・アベル・エールハルト参上!エダ暦895年4月2日−



エダ暦895年と言うと、今から30年ほど前。丁度村長達が12〜3歳ぐらいの年の頃だ。

……若気の至りという奴か。

恐らく彫ろうと言い出したのはアレンの父親エールハルト、加担したのは村長アーネスト。
そして、その二人を止め、せめて目立たない場所に彫るよう妥協させたしたのが、副村長のアベルだろう。
獣の尻に彫るという発想は、きっと村長だ。


「何やってんだあの親父……」
「まぁ、12〜3歳ぐらいならやるんじゃないかな…?」


勇者と共に魔王を倒した獣の尻に落書きなど、罰当たりな少年達である。
呆れつつも微笑ましく思うの横で、アーサーは深くため息をつき、獣の尻に両手をかけた。


「……な、何してんのアーサー?」
「押す。手伝ってくれ」

「え?何で?」
「押せって書いてるだろ。親父が何かのヒントをよこす時は、大体こういう形で出す」


生まれてこの方18年。
常に父親の姿を見ていたアーサーには、意味不明の落書きがヒントであると解釈したらしい。
村長の事に関して、アーサーが判断を間違える事は少ないので、は彼に従って一緒に石像に手をかけた。

足をふんばって石像を前に押すと、台座が石畳の上をゆっくり滑り出す。
二人だけの力で動かせたのは、石像がある程度破壊されているからだろう。


「…石像壊したのも、村長達だったりして……」
「否定出来ないな……」


例え若い頃の村長が破壊しなくても、アレンの父親が魔法を使った時の二次災害で壊れる可能性はある。
重すぎて押すのが疲れるからと言って、一部を事故に見せかけて破壊するぐらいはやりそうだ。

1mぐらい押したところで、石像の下にぽっかりと空間が現れた。
人一人入るには少々辛い大きさだが、先ほどロベルトが落ちた穴と大きさは同じぐらいだろう。


「わ、本当に出てきた!」
「……いや、まだ押す。押せって2回書いてるからな」

「え?…んー、わかった」


穴の淵に足をかけ、再び石像を押しだしたアーサーに、は同じように石像を押す。
足場が悪いせいで、先ほどより時間がかかったが、石像を動かし終えると、また一つ床に空間が現れだ。


「今度は……階段だね」
「こっちが正解だな。行くぞ」


しっかりとした階段がある穴に、アーサーはの手をとって降りていく。
これまで来た洞窟の壁とは違い、殆ど人が進入した跡が無い内部は、石畳も綺麗なままだった。


「何か…全然人が入った跡無いね」
「祭りで入るルートとは違うのかもな。他の奴らが行ったっていう奥の部屋の扉も、偽物かもしれない」

「じゃぁ、これが勇者が辿った試練の道?」
「そうかもしれないし、違うかもしれない。親父達の年季入った悪戯じゃないことを願うだけだ」


隠された道は、実はただの悪戯でした。

…なんて、あの村長なら有り得ると思いつつ、とアーサーは階段を下り終える。
そこは階段同様、綺麗な石畳の通路がまっすぐ続き先は真っ暗でまったく見えなかった。

発動している光魔法の数を増やし、は通路の先まで照らす。
進む途中、左右に通路が出来て十字路になっている場所があったが、アーサーは脇目もふらずまっすぐ歩いた。

曰く、『GOGOと書かれているので、直進2回だ』と。

横道が無くなった通路は徐々に傾斜になり、下に向かっていく。
すると、また上にあったような小部屋にたどり着き、二人は顔を見合わせた。

違うのは、左右の通路と石像や壁画が無い事。
しかし、石壁は上の比ではないほどに崩れ、所々にセメントを塗りこんだ跡があった。

暴れたのは若き村長達か、それとも、未だ現役で狩に出る村の老人達か。
どちらでも良いかと考えると、アーサーは部屋の奥にある大きな扉を見た。
無理やりつけたような金具と木製の扉も、きっと元は石で出来ていたのだろう。


「中、入るぞ」
「うん」
「その声、アーサーか!?」
「うわぁ〜ん!会いたかったよー!早く開けてぇ〜!」


ドアに手をかけた瞬間、どこからとも無く聞こえてきた声に、二人は驚いて辺りを見回す。
だが、声の主であるガイとカーフェイの姿は何処にも無く、元来た道を照らしてみてもそれらしい影は見えなかった。


「ガイ!カーフェイ!何処にいる!」
「中中!扉の中〜!おねがい早く開けて〜!」

「鍵でもかかってるのか?」
「封魔術で閉まってるの!そっちから開ければ開くから〜!早くーー!」

「…そうか」
「急いでぇ〜!おしっこ漏れちゃう〜〜!」

「…………今開ける」

向こう側からガンガンと扉を叩いてくるガイに、アーサーはため息をついて扉を開ける。
すると、怒る死神のような顔で現れたガイは、アーサーを突き飛ばすように出てくると、礼も言わないまま一直線に通路の向こうへ走っていった。


「二人とも、お疲れさん」
「ああ。無事だったか?カーフェイ」
「ロベルト達は一緒じゃなかったんだね」

「まぁな。ってか、何だよ?他の奴らも罠に引っかかったのか?」
「ああ。でも、あいつらは3人一緒だから、大丈夫だろう」
「カーフェイ、怪我とかしてない?」

「ん、大丈夫。ってかさ、この奥また部屋があんだけど、ちょっと怪しい感じだから、調べといてくれよ。俺、ガイ追っかけるから」
「わかった。もしロベルト達に会ったら、こっちに合流するように言ってくれ」
「気をつけてね。出口はこの通路とか階段とか、全部まっすぐ進めばいいから」

ガイほどではないが、若干そわそわししていたカーフェイは、二人に手を振るとガイの後を追って走っていく。
皆、昼食中にいきなり村人に拉致されてきたのだから、トイレに行く暇が無かったのも仕方がない。

カーフェイの足音が聞こえなくなると、二人は扉の先に足を踏み入れた。
石畳は途切れ、土や木の根がむき出しになったそこには、どこかの落とし穴に通じているのか、側面のいたるところに穴がある。
きっとカーフェイ達も、この穴の中のどれかから落ちてきたのだろう。

暗闇と思っていた内部は、古代魔術式らしい灯りが点在し、足元ぐらいは見えるようになっていた。
発動する魔法を減らしたは、カーフェイ達が言っていた奥の部屋を探し、暗闇に目を凝らす。


「行ってみるか。あいつらが戻ってくるまでに、出来るだけ調べておいたほうが良い。先は長いからな」
「そうだね。……ねえアーサー……ガイ達、戻ってくるかな?」

「…………とりあえず、行くぞ」


カーフェイはさておき、ガイは面倒だから戻らずに外で待機しようと言い出しそうだ。
今通った扉は、アーサー達が開けた時に魔術の効力が消えているので、自分達が閉じ込められるなんて心配も無い。
また石像を押すような体力仕事が出てくるなら、その前にジョヴァンニ達に来てほしいと思いながら、二人は奥の部屋を目指して中を進んだ。


目的の部屋は1分も歩かないうちに現れた。
木製の扉に鍵は無く、アーサーは武器に手をかけながら、そっと扉を押し開く。


「よく来ました、次代の勇者よ。貴方が来……」
「間違えました」


扉の向こうで待ち構えてい体が半分溶けている幽霊に、アーサーは即座に扉を閉じた。
驚いて彼の顔を見るの手を引き、アーサーはさっさと元来た道を引き返そうとする。


「お待ちなさい!恐れる事はありません!私の話を聞き…」
「ギャアァァァァァ!!」

数歩歩いた瞬間、勢い良く扉を開けて出てきた女の幽霊に、は驚いて聖魔法をぶっ放した。
もんどりうってひっくり返る幽霊を尻目に、はアーサーの手を強く握りなおすと走り出す。

「アーサー逃げよう!アンデットだよ!ゴーストタイプだよ!モンスターがいるなんて聞いてない!」
「……そうだな。せめて戦えるような広い場所まで引こう」

異論の無いアーサーは、起き上がって追いかけようとする幽霊に聖水を投げつけて走る。
再び幽霊がひっくり返ったのを確認すると、二人は一気に通路を走り抜けた。
ガイ達と合流した小部屋の床に、残る聖水を全部ぶちまける。
続く通路に向かおうとすると、カーフェイに言われてやってきたらしいアレンの姿があった。


「二人とも…」
「アレン戻って!走って!急いで!」


気がついて声をかけようとしたアレンは、切迫した様子のに、慌てて階段を駆け上がる。
後ろから聞こえる幽霊の悲鳴に身を震わせながら、上の部屋に這い出たは、待機していたロベルト達に洞窟の入り口まで逃げるよう叫んだ。

意味がわからず二人が来た階段を覗き込んだ3人だったが、這い上がってくる頭が溶けた幽霊に、聖水を投げつけて逃げ出す。
尋常ではない様子のとアーサーに続き、3人は急いで通路を駆けていった。


「あ、おかえり〜」
「結構早かったな」


洞窟から飛び出ると、門番と話していたカーフェイとガイが笑顔で挨拶してくる。
暢気にしている3人に、達は場所を空けるように言うと、それぞれ洞窟の入り口に向かって構えた。


「あ?皆何してんだ?」
「何か出たのー?」
「ゴーストタイプのモンスターだよ!ロベルト達が出てきたら、すぐに攻撃をしかけるからね!」
「ガイ、聖水の蓋、全部はずしとけ」

「うぉおおおおおお!!」
「何なのアレ?!頭無いとか有り得ないよ!」
「すぐに来るよ!」

ガイとカーフェイが首をかしげている間に、ジョヴァンニを先頭にアレンとロベルトが洞窟から飛び出てくる。
すぐに向きを変えた3人は、アーサー達と同じように武器を構え、洞窟から這い出てくるモンスターに備えた。


「ゴーストタイプって…」
「もしかして、アレ……?」
「二人ともゴチャゴチャ言ってる場合じゃないってば!来たよ!」


二人がボソボソ相談しているうちに、洞窟の中から体が溶けて胸から下だけになった幽霊が這い出てくる。
あまりにも酷い姿に、一同が眉を潜めている間に、が放った聖魔法が幽霊の体を吹き飛ばした。

は下がれ。聖水をかけろ!!」

魔法で下半身だけになった幽霊に、アーサー達は5人がかりで聖水をぶっかける。
ばたばたともがき苦しんだ幽霊は、やがて聖水に溶けるように消えていった。

「…………やったみたいだな」
「おー、やっぱアンデット系は、武器より聖水ぶっかける法が効率いいなぁ」
「グロすぎだよ。何だったのアレ」
、大分魔力を消費したみたいだね。大丈夫?」
「うん、ちょっと休憩すれば、大丈夫。ありがと」

「ねぇカーフェイ、今のってもしかして…」
「ガイ、俺も同じ事考えてた」


勝利に胸を撫で下ろす面子を横目に、ガイとカーフェイはまたひそひそと話し始める。
聖水に溶かされた幽霊の跡をそっと確認し、顔を見合わせて意思確認した二人は、物いいたげな顔で見張りに目をやる。
若者達の戦いを呆然と見ていた見張りは、二人の視線にハッとすると、焦った顔でアーサー達の肩を掴んだ。

「ちょ…ちょと待てオメェら!幽霊って、もしかして、地下の奥にいた女の事じゃないだろうな!?」
「そうだけど……何でアンタが知ってるんだ?」
「女だったのかい?僕達はよく見る暇が無かったから分からなかったよ」
「見張りが知ってるって事は、村長も知ってたって事?」
「もしかして、アレを倒すのが試練なのかぁ?」


「こ……この馬鹿たれ!お前らなんて事してくれたんだ!あれは勇者を選んで加護を与えてくれる精霊の使いなんだぞ!」
「……は?」
「本当に?聖水で体溶けるのに、精霊の使いなんか務まるの?」
「ってゆーか、馬鹿も何も、言ってくれなきゃわかるわけないし……」
「あんなんで追っかけられたら、誰だってモンスターだと思っちまうよなぁ」


聖水の集中攻撃で消滅した幽霊を精霊の使いと言われても、信憑性は無いに等しい。
不審そうにする若者達に、見張りは顔を真っ赤にして怒ると、村長を呼んでくると言って行ってしまった。

急激に血圧を上昇させたオッサンを、少々心配しつつ見送った一同は、とりあえず近くの岩の傍に腰を下ろす。
それまでひそひそ相談していたガイ達も輪に加わると、それぞれ洞窟内で何があったか報告し合う事になった。

アレンとジョヴァンニは、右通路を探索中急に大きな音がしたかと思うと、上から大量の草の蔦が落ちてきたという。
緑色のカツラを被ったような姿のアレンにジョヴァンニが大笑いした瞬間、二人がいた場所の床が抜け、そのまま滑り落ちた。
壁の至るところに、落とし穴から通じた穴がある部屋に落ちた彼らは、直後に別の穴から落ちてきたロベルトと一緒に出口を探したらしい。
結局、その部屋にあった隠し扉の向こうに階段があり、それが左の通路に通じていたという話だ。
真っ暗闇の中で隠し扉を発見しなければならなかったために、時間がかかったらしい。

ガイとカーフェイは、穴に落ちた後、あの穴だらけの通路に落ちたらしい。
灯りがある事に一応安心したが、傍にあった扉は魔法で封じられており、仕方なく逆の方向へ通路を歩いた。
すると、そこにはあの幽霊がいた部屋に続く扉があり、二人は迷わずその扉を開けた。
部屋の中央に立っていた女の幽霊に、カーフェイが驚いて聖水をかけると、幽霊は悲鳴を上げ、顔が半分溶けてしまったそうだ。
ガイが慌ててカーフェイを止めたため、その後幽霊から勇者の選定や与えられる加護の説明を受けていたらしい。
当初は他の面子が来るのを待っていたが、待てど暮らせどやってこない仲間に、痺れを切らして先に加護を受ける事にしたという。

しかし、そこで思わぬ副作用が起きた。
長く勇者に加護を与える仕事をしていなかった精霊の使いは、少々力加減を誤ったそうで、ガイとカーフェイは強烈な尿意をもよおしたのだ。
便所を求めて外を目指したところ、丁度アーサー達が扉を開け、外に出てきたという話らしい。


「……あの幽霊、倒したらまずかったのか?」


話の流れてつい魔物判定して倒してしまったが、どうやら大いに問題があったらしい。
しかし、あんなに弱くても精霊の使いは務まるのか…と思いながら、アーサーはガイに加護についての詳しい説明を求めた。


「んー、加護って言っても大した事無いよー?何か、精霊電波でコイツ勇者なんでバックアップよろしく〜って連絡回したような感じ」
「あと、少しだけ身体能力は上げてもらえたな。本当はもっと上がるらしいけど、副作用が酷くなるから、徐々に上がってく形にしてもらった」


まぁ、精霊王やら竜王の加護でもない、普通の精霊の加護なのだから、こんなもんなのだろう。
しかし、紆余曲折あるにしろ、これで勇者はガイとカーフェイに決定したようなものだ。
あの幽霊が他の面子に何をする気だったかは知らないが、とりあえず目的は達成したので、問題は無いだろう。


「無事選定が終わってよかったな。がんばれよ、勇者」
「気をつけて行ってきてね勇者」
「手紙ぐらい書いてよ勇者」
「金での助けは期待すんなよぉ勇者」
「無理はしないでね、ガイ、カーフェイ」

「ちょ、皆酷いー!」
「お前ら面倒だからって俺らだけに押し付けようとすんなよな!」

「選ばれたのはお前らだろ」
「僕達、精霊の使者を倒しちゃった不届き者だからね」
「ってゆーか、僕ら、例の部屋にすら辿り着けてないでしょ」
「だよなぁ。とアーサーも、中には入ってないんだろぉ?」
「私達、加護受けてないし、二人はあの幽霊に認められたんでしょ?一緒に行っても、足手まといになっちゃうよ」

「一緒に来てよー!俺とカーフェイだけじゃ戦力バランス悪いでしょー!」
「扉開いたなら勇者認定されたも同然だって!せめて補助魔法使えるだけでも来てくれよ!」

「ふざけんな。何で魔王封印なんて危ない旅にを行かせなきゃならないんだ」
「女の子に危ない事しろって言うのかい?」
「魔法なんか旅しながらでも覚えられるんじゃないの?」
「バランス重視なんかしら、結局全員で行かく事になるんじゃねぇかぉ?」
「二人ともわがまま言わないの。選ばれちゃったんだから、気持ち切り替えて行ってこなきゃ」

「あんまりだぁー!までそんな事言うなんてー!」
「ちくしょう、村長にいいつけてやる!全員道連れにしてやっからな!」


全く助ける気が無い友人達に、ガイとカーフェイは涙目になって抗議する。
世界の危機が迫っているかもしれないというのに、やる気が無さ過ぎる若者達は、二人を適当にあしらっていた。


「そもそも、どうして僕達が勇者候補なんだろうね?実力と経験を考えれば、村長や副村長達が行くのが順当だと思うけど」
「…だな。第一、普通は勇者を出すよりも、国が軍を動かすほうが先だ。そんな噂は聞いてない」
「絶対僕達の事斥候にしようとしてるよね。普通そこら辺にいる村人に魔王封印なんか行かせる?」
「魔王の現状も詳細が不透明だしよぉ。何の情報も無く行くんじゃ、任せられる方の危険が増すだけだよなぁ」
「いきなり勇者だから行って来いって言われても、困っちゃうよね」

「だーかーらー、危険すぎて俺達じゃ危ないから、一緒に行こうよ〜」
「むざむざ友達見捨てるなよ!死ぬまで一緒にいてくれよ!俺ら二人でどうにかできるなんて、お前らも思ってないだろ!?」


若者達が国の対応への愚痴へと話を変えた頃、村へ続く道の向こうから、大勢の大人たちがやってくるのが見えた。
慌てた顔や怒り心頭の顔で走ってくるオッサン達の先頭は、何やら怪しい笑顔で走ってくる村長である。

その表情を見た瞬間、その場にいる若者達はかなり嫌な予感がしたが、ここで逃げるのもおかしい話なので、彼らが来るのを黙って待つ。
心底不憫そうな顔で走ってくるアベルに、これからの展開を予想したアーサーは、一人深くため息をついた。


「お疲れさま!アーサー、あのホワイトババアぶっ倒しちゃったってのは本当かい!?」
「村長、ババァとは失礼ですぞ!」
「精霊の御使い様になんて事を!」
「貴方は昔から信仰心が無さ過ぎる!」


村長の一言に、周りにいた大人たちは目を丸くして抗議する。
が、当の村長は全く気にせず、アーサーの肩をガシッと掴んで答えを求めた。


「そんな事言ったって、ババァの名前は本当に『ホワイト・ババア』なんだから、仕方ないだろう?で、アーサー、どうなんだい!?あのババアを倒したのかい!?」
「……幽霊なら倒した」

「よくやった息子よーーー!!何てお利口さんなんだろう!可愛い息子よ!パパもうキスしちゃう!」
「ぐぁっ!やめろ!離せ気色悪い!」


凄い名前の幽霊がいるもんだと思っていた矢先、満面の笑みで頬に唇を押し付けてきた村長に、アーサーは渾身の力で抵抗する。
が、実の父親を本気で殴る事も出来ず、碌な抵抗が出来ないアーサーは、村長にきつく抱きしめられてぐったりしだした。

「アーネスト、それぐらいにしろ。アーサーが欝になるぞ」
「おや?酷いなぁ、愛するパパの抱擁で欝だなんて。でも、今は機嫌が良いから離してあげよう」
「……欝の前に体が痛い……」

「馬鹿力だからな、アーネストは……」
「アーサー、そんな事人前でいうもんじゃないよ?父親に抱かれて体が痛いだなんて、可愛いあの子に勘違いされたらどうするんだい?」
「黙れクソ親父」


ようやくアーサーを解放した村長は、親子のやりとりを黙って眺めていた若者達の顔をぐるりと見回す。
喜色満面の村長に、若者達は嫌な予感をひしひしと感じつつ、彼の言葉を待った。


「さて、まずは、皆さん試練の洞窟を無事出られて何よりです。お労れ様でしたね。勇者選定も無事完了した上に、あの自己中なホワイトババ…おっといけない。精霊の使いまで倒してくれた…おっと。倒してしまったのは予想外ですが、やってしまったものは仕方ないでしょう。精霊の使いは、いずれ代わりの者がやってきますので、気にする事はありませんよ。安心してください」


あの幽霊と村長の間に、一体何があったのか。
大方、若い頃の洞窟探索で嫌な事でもあったのだろうと思いつつ、一同は黙って村長の話に耳を傾ける。
よほど機嫌が良いらしく、傍にいるアーサーの頭をずっと撫で続けているが、アーサーも構うのが嫌になったのか好きにさせていた。


「魔王の力は強大ですが、封印が完全に解けるにはまだ時間がある。勇者の役目は魔王の封印の強化。300年前こそ魔王を完全覚醒させてしまい、手こずってしまいましたが、本来魔王が完全に覚醒するには100年かかると言われています。今はまだ夢と現実の間を漂っている程度という情報ですから、そう恐れる事はありません。これから出る旅の中、封印魔術の腕を上げていけば、貴方達でも十分対応可能でしょう」
「…………」

村長の言葉を聴きながら、若者達は一番外れてほしかった予想が近づいてくるのを感じる。
段々目をキラキラさせ始めたカーフェイと、嫌な笑みを浮かべギラギラした目で友人達を見回すガイに、他の面子は決して彼らと目を合わせないよう努めた。

「この中で一番封印魔術と聖魔術に長けているのはですね」
「え!?」


いきなり自分の名を出され、は心底嫌そうな顔で声を上げる。
友人達の驚きや戸惑いの目を視界の端に捉えながら、村長に「ヤメテ」と視線で訴える。
しかし、対する村長は彼女の気持ちを知ってか知らずカ、白い歯を見せて笑うと、ビッと親指を突き立てて返した。

その瞬間、は希望が潰えた事を悟る。


「魔王の封印で主戦力になるのは彼女でしょう。他の皆さんは、彼女をよく補佐してあげなさい。勿論、不測の事態に備え、皆さんもしっかり封印魔術を磨いておく事。良いですね?」
「……うそ……うそだ…」

「明後日には、王都から路銀や必要な物資が届くでしょうから、それまでは好きに過ごしてかまいません。飛竜は数が足りないので貸せませんから、大型の双頭犬を人数分貸しましょう」
「信じたくない…いつもの悪戯でしょ村長……そうだって言って……」

「精霊の加護は、誰にでも受けられるわけではありません。本来であれば、あの貴方達全員が加護を受けるはずでしたが、どうやら加護を受けられなかった人もいるようですね」
「ど、どういう事…?」

「私達が若い頃に残した跡を見ませんでしたか?残念ながら、私達は早く生まれすぎたようで、勇者への加護は得られませんでした。その時の縁で、あのババアとは後も関わる事がありまして……。貴方達を勇者に選び、加護を与える事を決めたのも、あのババアですよ」
「……じゃぁ、私達、初めから全員……」

「本来であればまっすぐ魔王の元へ向かってもらう予定でしたが、しょうしょう事情が変わってしまいましたからね。遠回りになりますが、魔王のところに行く前に、王都にいるアレンの父親を尋ねると良いでしょう。王立魔術研究院にいますから、力になてくれるはずです」


呆然とするを笑顔で眺めつつ、村長は若者達に旅立ちを命じる。

ガイやカーフェイなら、気にせず送り出しても生きて帰ってくる気がするが、それはこの二人だからだ。
小さな頃から二人の丈夫さと無茶苦茶な行動を知っているから、駄々をこねられても笑顔で手を振る気でいた。

しかし、村長の話を聞く限り、自分達の認識と村長の意思は違っていたらしい。
選定だと思い、そう重く考えずに洞窟に入ったが、最初から全員が勇者として決められていたとは……。

思い返してみれば、納得できないわけではない。
村人達はたったの1度も、『お前達の中から数人が勇者になる』とは言わなかったのだから。
勇者になる前ならば、候補と言われるのは当然。
自分達が勝手に勘違いしていただけだ。


「……結局全員で行くのか…」
「仕方が無いね、こればっかりは。拒否権は無さそうだし、あったとしてもできないよ」
「父さんのところ、行くんだ……」
「っつーかよぉ、さっきも言ってたけど、村長とかアレンの親父さんが行けばすぐ済むんじゃねぇのかぁ?加護とかいらねぇぐらい強いだろ?」
「残念〜。魔王の城は特殊結界が張ってるらしくて、経験豊富なオッサン戦士は入れないんだ〜。だから300年前もこの村から若い勇者が行ったの〜」
「若いヒヨッコなら入ってきても余裕で倒せるってか……。ま、いいけどな。…そういうわけでだし、、俺らも一緒に行くんだから、元気出せよ……」
「……うん……」


生気が抜けかけているに、アーサー達は同情の眼差しを向けると、大人達に促され村に戻っていく。
足元がおぼつかないは、途中からジョヴァンニに負ぶわれ、死んだ魚のような目で家に着いた。



その夜、彼女の旅立ちを聞いた家族が、代わる代わる彼女の部屋を襲撃し、ひやかしと共に土産を注文してきたために、は家族の撃退に追われる事となった。
感傷に浸る暇さえ無い。

寝よう。
もう不貞寝でもしなければこのやるせない気持ちは治まらない。
今から明日の昼まで、ずっと眠り続けてやろう。

そう心に決めて布団に入っただったが、夜中に突然村長から呼び出しを受け、安眠を妨げられた。
友人からの呼び出しなら断るところだが、この状況で村長から呼ばれるなど、火急の用件に違いない。
魔王封印に関わる事だろうと思うと憂鬱になるが、断るわけにもいかないので、は呼ばれるまま村の広場へ向かった。








煌々と照らす満月が、星々の瞬きを飲み込む。
青い光と篝火でほの暗い夜道を急ぐは、村の中央にある広場に二つの影を見つけた。
銀に似た金の髪に、同じ色の口髭を蓄えたアーネスト。
そして、傍にいる、同じ髪の色にアーネストより幾分か細身の背中。

思わぬ同伴者に、は目を丸くしつつ、気づいて振り返ったアーサーに手を振った。


「二人とも、こんばんは」
「こんばんは。良い夜ですね。遅くに呼び出してしまってすみません」
「…………」


笑顔で挨拶するに、村長は同じように笑みを浮かべて返し、しかしアーサーは無言で視線を逸らした。
その反応に、は首をかしげたが、彼は気まずそうな顔をすると、無言で村長を睨みつける。
やれやれといった表情を返した村長は、再びに視線を戻すと、腰に下げていた道具袋を彼女に差し出した。


、道中では何があるかわかりません。アーサーには、貴方の身をしっかり守るよう言っておきましたが、戦闘以外にも危険は沢山あります。わかりますか?」
「?……はあ………」

「…………やはり少し心配ですね。後でアレンにも言っておきます」
「…え?あ、はい、よろしくおねがいします……?」


村長が言っている事の意味が掴みかねて、は微妙な返事をする。
その反応に、村長は困ったような顔でアーサーにちらりと視線をやり、の手に道具袋を握らせた。
同時に、アーサーの口から盛大なため息が出る。


「他所からの危険は大丈夫だとしても、男所帯ですからね。仲間内でも何があるかわかりません。お節介は承知の上ですが、万に一つの事が起きた時は、せめてこれを使うよう相手に頼みなさい。それが叶わない時は、底にあるものを何処でも良いので相手の肌に刺す事。逃げる時間ぐらいは稼げるはずです。良いですね?」
「捨ててもいいぞ」
「え?あの…何が入ってるの?」

「…その時になればわかります。アーサー、余計な事を言うのはやめなさい」
はちゃんと守る。そんなもの必要無い」
「……よくわかんないんだけど……」


勝手に意思の疎通をしている二人に、は首をかしげるしかない。
村長の新手の悪戯かとも思ったが、神妙な顔で言い聞かせる彼に、は大人しく道具袋を受け取る事にした。
不機嫌なアーサーは、の手にある袋を睨むように見つめるが、やはり何も言おうとしない。


「例え同意の上でも、貴方達が行く旅は、途中で止まることも、止める事も出来ません。それをよく肝に銘じておいてください」
「……えっと…はい……」

「アーサーにも、念のため保険を与えてあります。もし彼が貴方に危険が迫っていると思った場合は、合意なしでも使うよう言ってありますので、貴方も大人しく従って下さい。良いですね?」
「………えーっと…?」

「心配しなくても、この子は私に似て理性の塊のようなところがありますし……何かあったら、後で私がお仕置きしますからね」
「………………」


つまり何が言いたいのか……。

肝心な言葉を避けて言う村長に、は頭上に無数の?マークを浮かべる。
助けを求めてアーサーを見るが、彼は眉間に皺を寄せて考え込んでしまった。
二人の顔を交互に見た村長は、目を瞑って少し考えると、観念したように大きくため息をついた。
その息の溜め方や、吐き出す表情がアーサーとよく似ていて、は思わず頬を緩める。


、貴方は女性ですね?」
「え?はい」

「一緒に行く彼らは、勿論アーサーもですが、全員男です。そして皆多感な年頃だ…色々な意味で……心も体も、という意味です」
「………………」

「私が言っていた言葉の意味が、わかりますか?」
「……よ……よくわかりました」

「それは良かった」
「……すみません……」


ようやく話の線が繋がったと思った瞬間、自分が何を言われていたのか理解し、は頬を染めて俯いた。
村長なりに気を使って話してくれたのだろうが、遠まわしだった上に予想外の内容だったので、はっきり言われるまで全く気づかなかったのだ。
アーサーの機嫌が悪いのも、納得がいく。


「あの、でも村長、皆は、そういう事しないと思いますけど……。皆、ほとんど彼女いるし……」
「それが理由にならなくなる時があるのが、男女の仲ですよ。様々な可能性を考えておくに、越した事はありません」

「え…でも……」
「女性に男性には理解できない所があるように、男性にも女性には理解できない所があるものです」

「…あー……はぁ……」
「友人を信頼するのは間違いではありません。勿論私だって彼らを信じています。しかし、異性であるがゆえに、理解し合えない部分もある。…とりあえず、道中で彼らが夜中に宿を出る事があっても、何も聞かず行かせてあげなさい。そういうときは大体娼館に行く時です。夜の街は、昼の街では得られない情報もありますからね」

「わ、わかりました」
「女性の旅は、男のそれより遥かに危険が多い。だからこそ、アーサーに貴方を守るように言いました。ロベルト達も、それはよくわかっているでしょう。けれど、外側からの危険がゼロになったわけではない。外の世界は、この村のように安全ではありません。決して一人で行動するような真似はせず、誰かと共に行動してください。良いですね?」

「はい」
「私の話は以上です。アーサー、を送っていってあげなさい。私ももう家に戻ります」


途中から空を眺めて話を聞き流していたアーサーは、村長の言葉に頷いての手を取った。
家に向かって歩き出す彼に、は慌てて村長に礼を言うと、その場を後にする。


「…………」


残された村長は、今しがた息子がとった行動に、呆然としながら二人の姿を見つめていた。
予想外。父親として、村長として、予想外の展開がいま目の前で起きたのだ。
小さい頃の彼らならよく見た光景だが、息子は既に物心ついた年頃だ。
同年代の少女の手を、何の考えもなく取るわけがない。


「…………そうですか。……そうだったんですか……」


呟くと、村長は悔しげに顔を顰め、行儀悪く舌打ちをした。

目の前にあったはずの格好のネタを、今の今まで気づかなかった事に…。
否、気づかなかったのは、数日後に旅立つこの日まで、息子がひた隠しにしていたせいだろう。
もっと早く知っていれば、もっと面白い悪戯をしかけて遊ぶ事も出来たというのに、今この時点で知ってしまうとはとんだ失態だ。
明日からは旅立ちの準備で忙しくなり、悪戯どころではなくなる。

「私とした事が……とんだ失態ですね……」

いや、しかし、意図していなかったとはいえ、幸運にも自分は息子に楽しい制約をつける事が出来たのではないか?
彼女の身を…貞操をしっかり守るように言いつけ、アーサーはそれを引き受けたのだ。
にもその事を伝えている以上、真面目な息子は理性を鋼鉄のように保ち、手を出そうとはしないだろう。
出せばからの信頼を裏切る事になるのだから、臆病なところがあるアーサーはきっと出来ないはずだ。
いや、しかし自分から遺伝した、突然妙な行動をとるところもあるので、油断はできない。


「……どちらにしろ、楽しみですね」


アーサーの感情は勿論、彼とが交際しているという噂は、村長である自分の情報網に引っかかっていない。
の様子を見る限り、二人は仲の良い友人であり、特別な間柄ではないだろう。


そんな関係で旅に出た息子が、帰ってきてからどんな文句を自分に言ってくるか。
その時のアーサーの姿と、道中の敵ばかりか、自分の本能とまで戦わなくてはならない姿を想像すると、自然と嫌な笑みが浮かんでくる。

愛する息子に対する罪悪感は、後の楽しみの前にあっさり吹き飛んでしまった。


「無事帰ってきてくださいね、アーサー…」


そして根堀葉堀聞かせてもらおう、彼が戦い続けた葛藤の日々を。

どんな質問をしてやろうか、途中で手紙でも書いて遊んであげようか。
ウキウキしながら家に帰った村長は、飼い猫と遊んでいた妻と思い出話をしつつ、息子の帰りを待つのだった。








流れる雲が月を隠し、陰った大地を仄かに輝く星が照らす。
濃くなった夜闇に、自然と歩く速度を緩めたアーサーは、隣を歩くをちらりと見た。


「…ん?どうしたの?」
「寒くないか?」

「大丈夫。風、そんなに冷たくないから」
「そうか。……夕方、アガ山がよく見えたから、多分明日は暖かくなる」

「…だね。……あ」
「どうした?」


小さく声を上げたに、アーサーは彼女の視線を追ってみる。
協会の納屋の影に白い影を見つけ、思わず昼間の幽霊かと身構えたアーサーだったが、よく見ればそれは女性のスカートのようだ。

何故あんなところに…

そう思って目を凝らした瞬間、が視線を逸らしたので、アーサーは一瞬だけ彼女に視線をやる。
何事もなかったように歩く彼女に、もう一度納屋の方を見た彼は、女性の傍にガイの姿を見つけ、事を理解した。
あちらは気づいていないようだが、これ以上見てしまうのは野暮だろう。

視線を前に戻したアーサーの耳に、何かを叩くような乾いた音と、子供のような女性の泣き声が届く。
行かないでと叫ぶ声さえ、風の音のように聞き流し、そっとの横顔に視線をやれば、彼女の目は何処か遠い場所を眺めていた。


「エイリーン、泣いてるね……」
「…………ガイも…多分、泣いてた」

「……ジョヴァンニは、ミラとどうするのかな……?」
「ガイと同じだ。夕方、話つけてた」

「…そっか……」
「…………」


一言で魔王封印の旅と言っても、どれだけの時間がかかるかわからない。
待てと言ったとしても、待っていると言われたとしても、無事帰ってこれるかさえ分からないのだ。
一思いにと関係を終わらせてしまうのも、致し方が無い事だろう。

ゆっくりと縮まっていくの家との距離に、アーサーは我知らず繋いだ手に力を込める。
ふと視線を上げた彼女に、慌てて手の力を緩めたが、彼女の家から零れる灯りと窓に見えた人影に、また彼女の手を握り直した。


「アーサー?」
「……もう少し…………歩かないか?」


徐々に歩みが遅くなった彼の、呟くような誘いに、はゆるゆると顔を上げる。
答えを待つ彼に、一度家の灯りに目をやっただったが、すぐに彼と視線を合わせ小さく頷いた。
それに微かに頬を緩めた彼は、再び彼女の手を引き、村の西に向かって歩き出す。

雲から顔を出した月の下で、山の合間から吹き抜ける風が、まだ刈り終えていない小麦畑を撫で上げていった。
夜の景色は、何度も見たことがあるわけではない。
けれど、陽光の下に見れるこの景色は、目を閉じていても瞼の裏に思い浮かべる事が出来る。
咲き乱れる薄紫の花弁に包まれた春の景色も、夏にある新緑の景色も、秋の黄金色も、冬の白も、全て離れる事は無いと思っていた景色だった。


「どれぐらいで…帰ってこれるのかな……」


いや、それよりも、帰ってくる事ができるのだろうか……。
300年前の勇者は、旅の中で幾人もの仲間を失った。
村を出た若者の何人かも、目的地に着く前に連絡が途切れた。

勇者を生んだ村、次代の勇者を育てる村という特殊性か、この村を出る人間は多くない。
名声を得て戻ってきた者、富を得て戻ってきた者、伴侶を連れて帰ってきた者、全てを失って帰ってきた者、何も出来ず帰ってきた者。
数える程度しか知らないが、結果の落差の激しさに、混乱を覚える事がある。
外の世界は、小さな村で生まれ育ったにとって、未知の世界以外の何者でもなかった。


「……恐いか?」
「………」


きっと、その通りだ。

彼の問いかけに、僅かに強張った掌は、心よりずっと答えを知っていた。
けれど、彼女の心の内に生まれた僅かな動揺は、そっと握り返した彼の手の感触に静まっていく。
自然と顔を上げてみれば、夜の闇を映す濃紺の瞳が、静かに答えを求めてくる。
それが何故か眩しく思え、黒く広がる空へ視線を映したは、小さく息を吸うとゆっくり肩の力を抜いた。


「………少しだけ……恐いかも」
「…………」

「実感、無いかな。夢なんじゃないかなって思う」
「…………」

「アーサーは…恐い?」
「……………」


言葉の代わりに、手を握る力で答えてくる。
繋がれた手の指先で、そっと彼の手を叩いてみると、同じような仕草と、微かな笑みが返ってきた。
幼い頃に繋いでいた手は知らぬ間に大きくなり、同じ時間をかけて成長したはずの自分の手は、すっぽりと包まれてしまっていた。
変わらないのは、繋いでいた手を離した時に残る、小さな寂しさだけだろうか。
けれど、成長してしまった今では、同い年のアーサーお兄ちゃんに『まだ離さないで』と甘える事は出来ない。


「……ねえ、アーサー」
「ん?」

「もしアーサーがガイだったら、どうしてた?」
「…………どういう……」

「エイリーンと……彼女と別れた?」
「…………」


ここ数年恋人を作っていないアーサーに、この質問は意味があるだろうかと思いながら、は彼の答えを待つ。
予想外の質問だったのか、アーサーは僅かに目を丸くすると、少しだけ伺うように彼女の目を見て、遠くの山々に視線を移した。


「俺は…………」
「…………」

「…………」
「…………」


遠くを眺めて口を閉ざしてしまった彼に、は答えを諦め、同じ景色を眺める。
黄金の稲穂の上を、音を立てて滑ってきた風に、彼女は頬にかかる髪をそっと抑えた。


「ど…………って………つ…ていく」
「え?………ごめん、声小さくて聞こえなかった」

「………一緒に行く」
「…………」

「許してくれるなら、覚悟しれくれてるなら…………俺は、一緒に行く」
「…………」

「…………一人にする方が、心配で気が散りそうだ」
「……っ……」


微かに力が込められた掌と、柔らかく微笑んだ彼に、は出すべき言葉を探す。
静まった動揺とは別の何かが騒ぎ出す予感に、咄嗟に目を背けた彼女は、自分でも分からないまま明るい笑みと声を作った。


「しっ……心配性だよね、アーサーって。……昔からだけどさ」
「……独占欲が強いだけだ。それと……人より馬鹿なんだろうな」

「………ぁ…」

別の話題を振ったはずなのに、次の言葉がすぐに出てきてくれない。
明るく笑い返してこの空気をはぐらかす裏で、酷く混乱している自身に戸惑う間に、アーサーは景色に視線を移していた。


「……は昔から危なっかしい。しっかりしてるのに、変に抜けてる」
「…は!?ちょ、な、し、失礼な!」

「本当の事だろ」
「でも、アーサーだって天然じゃん!」

には負ける」
「そんな事………ごめん、自信無い」

「多少でも気づけただけで、大きな進歩だ」


昔はもっと大変だったとボヤきながら、アーサーはの手を引いて歩き出す。
まばらになった家々の明かりに、いつの間にそんな時間になってしまったのだろうと思いつつ、はアーサーの隣につく。

満天の星の元、月に照らされた道を他愛の無い話をしながら送られたは、灯りの無い我が家の前でアーサーと別れた。















翌々日、彼女は友と共に村を出る。
王都からの使者に、国からの支援金という旅費を貰い、村長に貰った双頭犬に乗った7人は、王都の魔術研究院を目指し、一路東へと旅立ったのであった。
この旅が、後の歴史において、歴代の勇者達の中、唯一珍道中と称される事になるとは、その時彼らは………少しだけ予想していた。

















草薙五城さんへ、誕生日プレゼントの『アーサー夢……え?何コレ本当にアーサー夢?』でした!
先生、これ、もうアーサー夢じゃない別の何かだよ……(´・ω・`)
リクエストしてもらったのは普通のアーサー夢なのに、どうしてこうなってるんだろうorz
当初はFF7世界でネタを出そうとしたんですが、全くネタが思い浮かびませんでした。
ええ。笑えるぐらい何も出なかったんです。
Rikaさんびっくりですよ。
なので、思い切ってパラレルに……と思ったけど、これ、普通にただのオリジナル夢小説になっちゃったネ。
そうだよね。だってキャラクター全員オリジナル+夢主ですもんね。書いてる途中で気づきました。
本当は、『田舎の村で暮らす幼馴染7人組の、ひと夏の小冒険!でも実はアーネストを筆頭にしたいい歳したオッサン達が仕組んだ壮大な悪戯!その中で生まれるムフフフフ事件!』って方向で書くつもりだったんですがね。
アレ何でコウナッチャッタかなぁ〜?おかしいなぁ…こんなはずでは…あれぇ?(汗)
魔王とか勇者とか精霊とか…思いつきでバンバン使っちゃった結果がコレだよorz
全員の年齢18歳で統一したり、彼女持ちが発生したりする事になっちゃったし。
ま、パラレル&オリジナルっすから!という事で、気にしない方向で、えぇ。
いや、まぁ、一応アーサーとの手繋ぎ深夜デートはあるから・・・うん、アーサー夢にはなってます。なってるはずです!
とまぁ、突っ込み所満載で、書いた本人もビックリするほど予想外の方向に飛んでしまって( ゚д゚)ポカーンな小説ですが、五城さん、武士の情けで受け取ってくだされぇぇぇ!orz
2010.10.26 Rika
小説目次