小説目次 

White day of the nightmare. 


それはアーサー達がルーファウス率いる新神羅派に入った年の、3月10日。
アーサー・ロベルト・ガイの3人が使っている部屋に、元8班の面子が集まっていた。
ただでさえ狭い室内に男ばかりが集まる様はむさ苦しくて仕方が無いが、何処だろうとムサい事には変わり無いので、誰も何も言わない。
6人で輪になるように座り、ウンウン唸る彼らが何をしているかと言うと…


「アーサーもホワイトデーどうするか考えてないのー?」
「どうもこうも…普通にお礼渡せばいいだろ」

「普通じゃつまんないじゃーん!せっかくなんだから、もっとをアッと驚かせる事しようよ!」
「んな事言ったって…状況を考えると派手な事は出来ないだろ」

「保守的になってどうするのー!?攻撃こそ最大の防御なんだよ?攻めて攻めて攻めまくらなきゃ!!」
「ガイ、に何するつもりだ」


唾を飛ばしそうな勢いで力説するガイに、アーサーは呆れながら頭を垂れる。
確かに、先月の14日に6人全員に手作りチョコをくれたには、驚くほど喜ぶお返しをしたい。だが、如何せん知恵が不足しているのだ。
6人全員で何かしようと計画しているのだが、意見はまったくまとまらなかった。

難しい顔をする面々に、ガイはわざとらしく溜息をつくと、アーサーから離れてカーフェイの肩を組む。


「出来ない事ばっかり考えてたら何も出来ないでしょー?要はが喜べばいいんだよ?」
「まぁ…確かに」

「そうそう。が悦ぶ事、人が喜ぶ事、生物が喜ぶ事…」
「言いたい事はわかんだけど、から離れすぎんなよ…」

「生命として最たる幸福、生まれた証拠を未来永劫に残す事っていったら、種の保存じゃーん!」
「お前に何するつもりだー!!」

「んがぅっ!」


極論すぎる言葉に、カーフェイは先程のアーサーと同じ事を叫んでガイに頭突きを食らわせた。
呻き声を上げて離れたガイは額を抑えて蹲るが、カーフェイは彼の襟首を掴むと頭上まで持ち上げる。


「酷いー。本当は1人でするつもりだったけど、せっかくだから皆にも声かけたのにさー」
「余計な気回してんな!っつーかそんな事考えんな!!」

「え〜?でもは絶対びっくりするよー」
「びっくりじゃ済まねえよ!しかも思いっきり嫌われるだろーが!」

「だから〜、嫌いになれないぐらい悦ばせるんだよー。簡単簡単!」
「何が簡単だ!馬鹿言ってんじゃねえ!お前1人でやれ!いや、やるな!!には指一本たりとも触れるなー!!」
「カーフェイ、もうやめてやれ。ガイも、あんまり危ない冗談言うな」


放っておくと収拾がつかない2人に、見かねたアーサーが制止の言葉をかけると、ジョヴァンニとロベルトが二人を引き離す。
エロいくせに根が純情なカーフェイは、目に薄っすら涙を浮かべて、フーフーと肩で息をしていた。
ロベルトとジョヴァンニの間に腰を下ろしたガイは、何事もなかったかのように、これまで出た案をメモした紙を手に取る。


「出てる案自体は、普通だけど悪くないよねー。これベースにして、現状から出せる最大限の結果と、その過程考えれば十分じゃない?」
「今更マトモな事言うのかよぉ…」
「お願いだから真面目にやってよガイ。こういうの、君が一番得意じゃないか」
「アーサー、僕、何かもう、どうでもよくなってきちゃったよ…」
「アレン、どうでもよくないだろ。…気持ちは少しわかるけど…」
「ガイ!絶対に変な事すんなよ!」


騒ぎを起しておきながら、普通に会議を再開させるガイに、5人は溜息をついて項垂れる。
冷静に戻りきれていないカーフェイは、1人歯を食いしばりながらガイを睨みつけているが、睨まれている当人はケロリとしている。


「心配ないってー。それにさ、演出を華やかにするだけでも全然イケるじゃん。1つでも女心のツボ突ければ、後は何とかなるもんだしさ。余裕余裕〜」


紙をヒラヒラとさせるガイに、一抹の不安を抱えつつ、五人は会議を続けるのだった。











3月14日 PM8:00


「時間だな…。作戦開始だ」


腕時計を見て告げたアーサーに、6人は表情を引き締めて頷きあう。
の隣室…アレン・カーフェイ・ジョヴァンニの部屋に集まった少年達は、部屋の中央に置いた計画書を囲んで最初の手順を始める。


「まずは、ジョヴァンニとアレンだねー」
「おう。俺はもう覚悟を決めたぞ」
「僕は諦めたよ…」


オレンジ色の大きなドレスと、短パン&セーラー服を手にするガイに、それを担当するジョヴァンニとアレンはそれぞれの反応を返す。




−ドッキリ1 普段見られない姿を見せて驚かせ、笑わせる。−
その犠牲になったのは哀れで勇敢な男ジョヴァンニ。
差し出されたドレスを受け取り、いそいそと着替える彼の体は、数日がかりで処理していた甲斐あって無駄毛ゼロ。
倉庫の奥にあった前の住人の忘れ物らしい大きなドレスは、ジョヴァンニですら横幅に余裕がある。
前の住人は一体どんな体格だったのだろうか…。
さっさとドレスに着替えた彼は、ロングヘアーのカツラを被ると、ガイの前に座って顔に化粧という名のペイントを施された。







−ドッキリ2 美少年の色気で、喜ばせる。−

犠牲は勿論、満場一致で決められたアレン。
女装じゃないだけまだマシだと考える彼は、ジョヴァンニ同様数日がかりで無駄毛を処理した体に、セーラー服を纏う。
季節外れの半ズボンを履き、準備完了した彼は、5色になっている親友の顔を呆れ顔で見ていた。


「うーん、アレンさぁ、何かいつも通りすぎじゃない?」
「こんな短い半ズボン履いてるのに普通なわけ?」

ジョヴァンニの顔への落書き…否、化粧を終えたガイは、アレンの姿を見て首をかしげる。
確かに、股下数センチの半ズボンを履いた16歳は普通じゃないが、外見が外見だけに違和感も何も無いのだ。
今のアレンは、美少年の色気よりも、少年の可愛らしさの方が強い気がして、ガイはどちらを取るか真剣に悩んだ。


「まだ時間あるし、ちょっと別の格好も試してみよっか」
「別にいいけど…変な格好させないでよ?」

「わかってるって。じゃ、とりあえずパンツ1枚になって、シャツだけ着てみてよ」
「待って。それ、男が女に求める夢であって、女が男に求めるものじゃないんじゃないの?」

「女の子は綺麗なものが好きなの。だから美少年も大好きで、ちょっとHなのも好きだから、そっちの路線で行ってみようと思ってさ!」


またワケのわからない事を…。

自信満々で言うガイに、アレンは心底呆れた顔で溜息をついた。
乗り気じゃない彼に、ガイは口を尖らせると、腰に手を当ててアレンを見下ろす。


「もー。アレンはを喜ばせたくないのー?四の五の言わずに着替える!ハイ!」
「ハイって…、半ズボンだけでも十分じゃ…」

「ジョヴァンニなんか女装までしてるんだから、駄々捏ねないでよー。も〜……エイ!!」
「ぅぐっ!!」


渋るアレンに業を煮やしたガイは、脱力している彼の鳩尾に一撃を与える。
突然の攻撃に短く呻いたアレンは、呆気なく意識を手放して倒れた。
グッタリと横になるアレンに、ジョヴァンニが慌てて駆け寄って頬を軽く叩くが、彼は完全にKOされている。


「おーいガイ、ちょっとやりすぎじゃねぇかぁ?」
「鍛え方が足りないだけだよ。丁度良いから、服装も変えちゃおうね」


罪悪感など微塵も無いガイは、笑顔でそう言うとアレンの服を脱がせ始める。
1人で楽しみ始めたガイに、皆アーサーへ視線を向けたが、彼は好きにさせておけと言って天井に梯子をかけた。
自由を手にしたガイは、ウキウキしながらジョヴァンニの荷物を漁り、彼のYシャツをアレンに着させる。

アレンには悪いが、時間の都合があるので放っておくのが良いだろう。
そう考えた他のメンバーは、アレンの髪がフワフワにウェーブされていくのを横目に、自分達の作業を始めた。



「天井裏、OKだ。ロベルト、紙吹雪とってくれ」
「はい、アーサー」




−ドッキリ3 降り注ぐ花弁ならぬ、降り注ぐ紙吹雪で感動させる−

数日間密かに行った掃除で、すっかり綺麗になった狭い天井裏を這い、アーサーはの部屋の上へ着く。
軽く天井板を外し、彼女のベッドの位置を確認すると、篭いっぱいに作った紙吹雪をセットした。


「アーサー、がユージンを送りに外に出たみたいだから、ケーキをセットしてくるよ」
「わかった」






−ドッキリ4 皆で作った手作りお菓子で笑顔にさせる−

天井裏にいるアーサーに声をかけると、ロベルトは静かにカーフェイ達の部屋を出る。
玄関に近い台所まで、慎重に歩みを進めた彼は、冷蔵庫の中から夕方6人で作ったケーキを出した。

オーブンが無いためにケーキやクッキーは作れず、考えたアレンが出したのがクレープを重ねて作ったケーキだ。
何枚ものクレープの間には、薄く切った缶詰のフルーツと、苺ジャムから作ったソースを挟んである。
本当は生クリームでデコレーションしたかったが、手に入らなかったので、外側はレモン風味のマシュマロで包んだ。
表面には、竹串で書いた「White Day」という文字と、缶詰のサクランボを切って作ったの名前が書かれている。

コレを見て驚くの顔が目に浮かんで、ロベルトは頬を緩めながらデコレーション用の蝋燭を探した。
室内をキャンドルで照らすという演出はカーフェイが言い出したもので、何でも彼の姉がそれで婚約者にホレたかららしい。
曰く、女の子はロマンチックなものに弱い。との事。
「なるほど」と頷いた彼らは、早速それを採用する事にした。

だが…

「あれ?蝋燭が…」

棚の中を漁るロベルトは、目当ての物が見つからず首を捻る。
一旦棚の中を全部出してしまえば見つけられそうだが、時刻は既に8:50。早く戻らねば、廊下でと鉢合わせする事になる。

とりあえず、蝋燭ならば何でも良いと結論を出したロベルトは、別の棚に入っていた白くて細い蝋燭を手に取った。
アルミはくと一緒にポケットに突っ込み、お菓子を持つと、彼は素早く台所を出る。
の部屋の前にいたガイが扉を開け、彼女の部屋のテーブルにケーキを置くと、ロベルトは蝋燭の下をアルミはくで包んだ。


「ガイ、蝋燭の火はもうつけていいよね?」
「それはやっておくから、ロベルトはもう天井裏に行っていいよ。アーサーもスタンバイしてるから」

「わかった。じゃぁ頼んだよ」
「うん」


ガイにポケットの中身を渡すと、ロベルトは慌しく部屋を出ていく。
手渡された蝋燭を見たガイは、仏壇用のそれに驚いて振り向くが、ロベルトは既に隣の部屋に入ってしまっていた。
戻る時間などあるはずもなく、ガイは仕方なく蝋燭を立てるものを探すが、この部屋には灰皿など無い。
アルミはくを見つめ、仕方が無いと考えた彼は、蝋燭をケーキのど真ん中に突き刺して火をつけた。




「俺、そろそろ外にスタンバイしとくな」
「うん、はまだ外でユージンと話してるから、気づかれないようにね」

「わかってるって」

戻って来たガイに、カーフェイは自分用の紙袋を振って見せると、窓から外に出た。
ベッドに腰掛けて準備が完了しているジョヴァンニは、目が合うとドレスの裾を摘んで苦笑いを浮かべる。

「さっき鏡見たけどよぉ、、泣くんじゃねえか?」
「ビックリさせたら、すぐに着替えに戻ってもいいよ。それに、どうせ泣かせるなら嬉し泣きさせようよ!」

「そっか…。俺はちょっと難しいと思うけどなあ…」
「自信持ちなよ。洒落にならない格好なら、アレンだって同じだからさ!」

「…だな」


微妙な笑顔を浮かべるジョヴァンニにニッコリ笑い返すと、ガイは梯子を上って屋根裏に入る。
定位置にいるロベルト達が振り向き、すぐにそこまで這って行った彼は、近くにあった紙袋の中身をアーサーに手渡した。


「アーサー、出来るだけ明るく、楽しそうに行くんだよ?子供向け番組の着ぐるみのイメージでさ」
「わかってる。子供相手だと思えばいいんだろ」

「そうそう!カーフェイはもう庭にスタンバってるよ」
「じゃあ、後はを待つだけだな」

言って、アーサーは受け取った馬の被り物を装備した。



−ドッキリ5 パーティーグッズで雰囲気を出しつつ、楽しい一時をプレゼントする−

お祝いといったらパーティー。
パーティーと言ったら楽しい雰囲気。
楽しいと言えばゴールドソーサー。

まるでゴールドソーサーにいるような、楽しい雰囲気を作ろうと思った彼らは、かの場所にある着ぐるみを参考に、ガイの馬の被り物を使う事にした。
担当するのはアーサーとカーフェイ。
見た目は生々しくて気色悪い被り物だが、動きや仕草でカバーすれば何て事は無い。楽しい雰囲気なら笑いのネタになって尚良し!

この日のために、アーサーはカーフェイに幼稚園で教えるお遊戯を伝授し、密かに練習を重ねていた。
子供向けだから動きは簡単だが、愛嬌があるので、馬が気色悪くてもカバーできる…気がする。
勿論、二人とも振り付けは完璧だ。

がケーキとアレンに驚いたら、タイミングを計ってガイが屋根裏から音楽を鳴らす。
すると、天井からロベルトが紙吹雪を降らせ、同時にアーサーが登場。
タイミングを合わせてカーフェイも窓の外から顔を出し、部屋の扉からはジョヴァンニが入ってきて踊るというシナリオだ。

どう考えても異常な持て成しだが、「子供向けのお遊戯」という言葉が、彼らの思考を麻痺させていた。
頭の中では小さな子供が現れて踊るイメージが出来ているが、実際は気色悪い集団が襲撃してきて奇妙な動きをするのである。

紙吹雪を担当するロベルトだけは、最初からその異常さに気づいていたが、代わりになるアイデアがなくて結局言わなかった。
裏方に回ったのはその為と、が怯えた時に皆を止めるためである。

普通は拒否するだろうアーサーがダンサー役になったのは、振り付けを決めたのが彼だから。
万が一誰かが失敗しても、アーサーの動きを見て思すようにという配慮だ。
何より、「を喜ばせる」という言葉が、彼を盲目にしていた。



準備は全て完璧に整った。
ギュッと詰まったドキドキ企画に、少年達はそれぞれ期待と不安に胸を躍らせて、が部屋にやってくるのを待った。







−PM9:00−




「じゃあね、ユージン。帰り道、気をつけてね」
「誰に言ってやがる。テメェこそ、精々這い蹲って生きやがれ」

「はいはい、ちゃーんと元気な姿でまた会いますよー」
「フンッ。そうしろ。じゃあな」


日が落ちたアジトの玄関で、はユージンからの粗暴な励ましに笑みを浮かべて見送った。
彼の姿が見えなくなると、彼女は悲鳴を訴える体を解しながら、自室へと廊下を進む。

ミッドガルのスラム街を裏で仕切り、ジュノンや小さな町にまで力を及ぼすユージン属する組織は、達がいる組織にとって重要な取引相手だった。
学生時代の繋がりもあり、ユージンは達がいる組織担当の運び手兼交渉役として、度々顔を見せに来る。

今日も今日とて、食料や武器等の物資が届けられ、はつい先程まで運搬と品物のチェックをしていたのだ。
交渉があると言って同行したユージンが、この組織のボスであるルーファウスの部屋から出てきたのは夕方頃。
1人で荷物を割り振りするに見かねた彼が手伝ってくれたが、何処に何があるかまでは把握させられないので、結局余計に時間がかかってしまった。
だが、久しぶりに長い時間話が出来たからか、あっという間だったような気がする。
相変わらず言葉も乱暴で、言い出す内容は物騒で、ガラも目付きも凄まじく悪いのだが、慣れてしまえば普通にいい人だ。
しかも今日は……


「1年も前なのに、覚えててくれるなんてなぁ〜…」


呟いて頬を緩めながら、は胸元に光るネックレスに触れる。
荷物の仕分けを手伝ってもらっていた時、押し付けられるように渡されたプレゼントは、去年のバレンタインに送ったチョコレートのお返しだった。
その時は住んでいる場所が離れていたから、アーサーにみんなの分を送って分けて配ってもらった。
ホワイトデーは丁度学校が休みで、皆がジュノンに遊びに来てくれたが、ユージンだけは仕事があるから来ていなかったのだ。

お返し目当てではないので、は別段期待せず、気にせずにいたのだが、彼はちゃんと覚えていてくれたらしい。
ユージンは、日付を見てたまたま思い出したから適当に買ってきたと言ったが、少し擦り切れている包装のリボンを見れば、前々から買ってあったのだとすぐ分かる。

細いシルバーのネックレスは、ユージンが選んだとは思えない程可愛らしいデザインで、見ているだけでくすぐったい気持ちになる。
が、しっかりとした重みと、トップで一際輝く小さな石は、「本物」という言葉を感じさせて、は少しだけ恐くなった。
あの時皆に送ったのは、こんな高価なお返しを貰えるほど大した金額のものじゃない。
それだけ嬉しかったのか、単にユージンの金銭感覚がおかしいのか。
どちらかはわからないが、とりあえず彼が覚えていてくれたという事実に、は終始頬を緩めていた。

ずっと笑顔のままのに、ユージンから気色悪いと言われてしまったが、それでも今日の彼との時間はとても楽しかった。


楽しいといえば、今日はガイやカーフェイ達と全く顔を合わせていない。
午前中は外に物資の受け取りに行き、午後から先程まで倉庫にいたので、会えなくても仕方が無いのかもしれない。
だが、普段なら彼らのうちの誰か1人ぐらいは手伝いに来るのに、今日は誰も来なかった。

アジトはちょっと大きめの家ぐらいの広さしかないので、気づかない事はないはずだが…もしかして、任務でも入って外出しているのだろうか。
6人揃って任務なんて殆ど無い事だが、組織のメンバーはまだ20人もいないので、仕方ないのかもしれない。


「秘守義務は分るけど、外出するなら一言ぐらい言ってもいいじゃん…」


仲間外れにされたようで、少し拗ねたくなったが、無事帰ってきてくれればそれでいいかと、は気にしない事にする。
今年のホワイトデーのお返しは無いのかと、少し残念な気持ちになるが、現状を考えると仕方が無いと思った。
少しだけモヤモヤする胸に、はさっさと寝てしまおうと足を速める。
と、何処からか甘い匂いが漂ってきて、彼女は小さく首を傾げた。


「…何だろ、この美味しそうな匂い…?」


一瞬台所からかと思ったが、匂いは自分の部屋に近づくにつれ強くなっている気がする。
誰かが何か作ったのだろうかと考えながら、自室の扉を開けたは、部屋のテーブルの上に揺れる1本の白い蝋燭に目を丸くした。


「え…な、何…?」


どうして灯りが…しかも、仏壇用の蝋燭が…?

呆然としながら、多少の恐怖を感じたは、とりあえず電気をつけようと部屋の中に入る。
ゆっくりと近づきながら蝋燭を見てみると、それは皿の上にある白くて丸い物体に突き刺さっていた。


驚きながらケーキに近づくを、アーサー達は天井から顔を出して見つめる。
思った通り驚いてくれた彼女に少し嬉しくなったが、彼女の声が微妙に怯えているのが気になった。



「な、何なの…これ…?」

半分に切ったバレーボールのような謎の物体に、は怪訝な顔をしながら近づく。
恐る恐る顔を近づけて見ると、廊下まで漂っていた甘い香りは、この物体からしているようだった。

が、その滑らかな表面に、おかしな窪みがある事に気づき、はそこを凝視する。
元は「White Day」と書かれていたはずの文字は、上側が蝋燭の熱で溶けかけ、既に解読不能になっていた。


「うーん、ただの失敗……ひっ!!」


文字じゃないのかもしれない。そう思いかけた彼女は、一番下に刻まれているのが自分の名前だと気づき、一気に寒気を覚えた。
脈拍が上がり、その場に固まったの目は、刻まれた名前の中に薄っすら浮かぶ赤い色に釘付けになる。

緊張で指先が一気に冷たくなり、今すぐ誰かを呼びたくなるが、不用意に騒ぎを起して良いものか。
まずは、この物体の正体を確かめなければと、は恐怖で震える体を抑えつけ、電気の紐に手を伸ばす。
数回の点滅を繰り返し、部屋を明るく照らしてくれた蛍光灯に、はついホーっと息を吐き出した。


「…もう…何なの…?」



肩を落とす彼女に、天井から頭を出して様子をみていた3人ゆっくりと天井裏に戻る。
まさかこんな事になるとは彼らも予想外だったが、次はアレンの出番なので、きっと大丈夫だろう。
先程ガイに殴られたダメージが思ったより強かったのか、アレンはずっと気絶したままで、仕方なくのベッドに入れておいた。

多少驚きこそすれ、すぐに彼女の心臓は喜びに高鳴るだろうと、ガイは暗闇の中でニヤリと口の端を吊り上げる。
屋根裏で準備をしていたアーサーとロベルトは、結局アレンがどんな格好になったのか知らない。
だが、コンセプトは「美少年の夜這い」だとガイが言っていたので、おかしな事にはなっていないだろう。前もって、パンツは脱がさないという約束もしている。


一方、は疲れた顔で蝋燭の火を吹き消し、改めて白い物体を見つめていた。
明るい場所で見てみても、刻まれた文字はやはり意味不明で、彼女は溜息をついて蝋燭を引き抜く。


「ワケわかんない。もう寝ちゃ………え?」


誰かが、布団の中にいた。

姿は見えないが、今朝整えておいたはずのベッドには人がいる膨らみがあり、枕には黒いフワフワした髪がはみだしていた。
自分しか使わないはずのベッドにいる謎の人物に、は目を見開いてベッドを凝視する。

だが、恐れてばかりもいられない。
新たな仲間が知らずに休んでいるという可能性もあるが、現状で言えば、これは立派な侵入者だ。
ならば自分は、恐れず戦わなくてはならない。

落ち着くように深呼吸したは、意を決して布団を捲り上げた。


「なっ……!?」
『んな!?』
『!?』


そこには、大きなシャツ一枚だけを身につけた、黒髪の美少年が横たわっていた。
フワフワにセットされた髪の中からは、黒くて大きな猫耳が生えており、ご丁寧に腕には手錠までされている。
シャツの裾から伸びるすらりとした足は、羨ましいぐらい細く引き締まっていて、無駄毛の1本も見当たらない。
肌蹴た襟からは、白い喉元から鎖骨、肩への綺麗なラインが露になり、発展途上の色香を見せ付ける。
艶やかな唇と、薄紅に染まる頬、スッっと伸びる鼻筋。
悩ましげに寄せられた眉が、伏せられた長い睫毛と共にさらに色気を出し、見る者の征服欲を煽るようだった。



猿轡や目隠しをされていないだけまだマシだが、当初の計画とは大幅に違う姿に、アーサーは驚いてガイに振り返る。
だが、ガイはニコニコしながら、何処からか取り出したBL漫画の1シーンを指差すのだ。
まるで『これを参考にしたんだ。女の子向けだから、も好きかもと思って』とでも言いたげに。

馬面を被ったまま、アーサーは目をカッ広げて口をパクパクさせ、アレンと本を交互に指差す。
大声は出せないが、出せたとしてもまともな言葉など出せないだろう。
色気というより、既に犯罪色が香ってきそうな姿は、アーサーの兄心に大打撃を食らわせた。


「か、かかか隠さなきゃ!隠さなきゃ!!」


慌ててアレンに布団をかけなおすの真上で、ガイはニタニタ笑ってアーサーの肩を叩く。
うっすら頬を染めているを指差し、「大成功」と口の動きで言う彼に、大事な弟を汚されたアーサーは……キレた。


「〜〜〜!!」


ロベルトが止める間もなく、アーサーはガイに掴みかかろうとする。
だが、這い蹲る体勢だったのと、視界がきかない馬面せいで、アーサーはBGM用のミュージックプレイヤーを弾いてしまった。
ガタリ響いた物音と、ハラハラと降ってきた埃に、は天井を見上げる。
咄嗟に身を隠したガイは、芳しくない状況に内心舌打ちししながらアーサーを抑えようとするが、次の瞬間…


「おぉぁぁああああ!!」


アーサーが、頭から落ちていった。



「きゃぁああああああああああああ!!」



叫び声と共に降ってた首から上が馬の化物に、は目を見開いて悲鳴を上げる。
ベッドの上から落ちてきた馬男は、そのままアレンに直撃し、下敷きになった彼と共にひき蛙のような悲鳴を上げた。


「ぐっ…何!?一体……うわぁああああああああ!」


衝撃で目が覚めたアレンは、自分の上に覆いかぶさる馬男に同様悲鳴を上げた。

アーサーはアーサーで、落ちた拍子に被り物がずれたらしく、首がブンブン回る状態で暴れている。
落ちた事は分っているだろうが、自分が今どんな状態かも、とアレンが何に怯えているかも、アーサーは分かっていないだろう。


「うわぁ!うわぁ!うわぁあああああ!」
「きゃぁぁぁああ!!アレン!アレンーー!」
「おぁああ?!アアアアアア、アレン!?それに!?どうした!?何があったーー?!」



パニックを起した3人はひたすら悲鳴を上げて暴れまくる。
馬男を退けようと抵抗するアレンは、自分の手首につけられた手錠にさらに驚き、助けようとするの腕さえ払いのけていた。
も、アレンを馬男から救おうと手を出すが、混乱して上手く動けない上に双方から激しく抵抗を受ける。
馬男は暴れる内に首がぐるりと180度回転し、完全に首の骨が折れた見栄えで、アレンとの名を呼んでいた。


任務失敗。

早々にそれを悟ったガイとロベルトは、これ以上が怯える前にネタ明かしをすべく、顔が見える場所まで移動する。



〜〜」
「だ、大丈夫かい?」


慌てたように呼ぶガイとロベルトの声に、はハッとして頭上を見上げる。
助けが来たと思ったのは一瞬。
彼女の瞳に映ったのは、真っ暗な天井裏にボンヤリと浮かび上がる、2つの顔。


「いやぁぁぁぁぁああ!!」
「え?!」
「あ、わわっ!!」



それが誰の顔か判別する余裕などあるはずもなく、は再び悲鳴を上げた。
まさか怯えられるとは思っていなかった二人は、の悲鳴に驚きつつも、すぐに顔を引っ込めようとする。
だが、下手に動いたせいで、傍に置いてあった紙吹雪の篭にぶつかり、中身がバサリと彼女の上に落ちてしまった。


「〜〜〜!!!」
「…げ…」
「…………」



本格的にヤバイ。

そう思った瞬間、今度は追い討ちをかけるように、窓を激しく叩く音がする。


ガンガンガン!!

ーー!!」

ガンガンガン!!


馬男2、現る。


「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああ!!!」


両手で窓ガラスを叩きながら、鬼気迫る声で名を呼ぶ馬男2に、案の定は喉が裂けんばかりの悲鳴を上げる。

彼女をの悲鳴を聞いて咄嗟に姿を現したカーフェイは、自分が馬の被り物を装備し手いる事をすっかり失念していた。

ベッドの上で、アレンに跨って暴れるアーサーに、カーフェイは益々危機感を募らせる。
両手でバンバンと窓ガラスを叩く彼には、『を守る』という言葉事しか頭に無い。







所変わって隣の部屋。
壁の向こうから聞こえてきた二度目の悲鳴に、ジョヴァンニはカツラを脱ぎ捨てると廊下に飛び出した。
最初の悲鳴は、驚かせたのだから仕方ないと考えていたし、何かあっても他の6人が何とかするだろうと考えていた。
だが、の悲鳴は止らず、アレンの悲鳴や、アーサーとカーフェイの叫び声まで聞こえるとなると、これは明らかに異常事態だ。
屋根裏に待機している二人が動いている様子も無いし、何か尋常ではない事が起きたに違いない。

纏わり付くドレスを脱ぎ捨てたい気持ちを抑え、ジョヴァンニはの部屋のドアを勢い良く開けた。


、大丈夫かぁーー!?」


女装ジョヴァンニ、現る。


「うあああぁぁぁぁぁあああ!!」


新世界の恐怖に、とうとうは腰を抜かしてへたりこんだ。

目が合った瞬間に悲鳴を上げられたジョヴァンニは、ちょっとだけ心が傷ついたが、格好が格好なので仕方が無い。
まずはを落ち着かせて説明しなければ。そう思った彼だったが、は完全に怯え切っていて、這うように壁まで後ずさっている。
しかも、の悲鳴に触発された他の面子が、再びの名を呼んで騒ぎ出し、どんどん収拾がつかない事態になっていく。



「もう、もう嫌!アーサー!!助けてアーサー!!」
、何処に居る!?何処だーー!!」


助けを求めるに、アーサーは真っ暗な視界の中で必死に彼女を探す。
状況は全くわからないが、が危険な状態だという事はわかる。
とにかく、今はを助けなければと思い、アーサーは彼女の声がするほうに手を伸ばす。
だが、突如何かが手首を捕らえ、アーサーの自由を奪った。



、逃げるんだ!僕はいいから、君は逃げてーー!!」
「やだぁあああああ!!アーサーーー!!」

『何!?危険に晒されてたのは俺だったのか!?もしや、俺だけでなくアレンまで危険な状態に…!?』


アレンの必死な声と、自分を呼ぶの悲鳴に、アーサーは見事に事態を誤解して、手首を掴む何かを振り払おうとする。
だが、アーサーが暴れれば暴れるほど、それは彼の腕をより強く掴んで離さない。
身を捩って逃れようとするが、思うが侭に動いているのは、ブンブンと回る被り物だけだった。


「ちくしょう!誰か窓開けろよ!!、こっちに来い!」


室内の光景を外から見ていたカーフェイは、完全にパニックを起しているに焦燥を募らせた。
はやく冷静に戻してあげなければ。
そんな使命感に燃えるカーフェイだったが、窓には鍵がかけられており、ただ硝子を叩いて名を呼ぶしか出来ない。



ーーー!!」

『ってゆーかさー、皆、落ち着きなよ…』
『本当だね…』


唯一この場で冷静なロベルトとガイは、屋根裏から顔を出して室内の惨状を見ていた。
さっさとネタ明かししてしまえば騒動は治まるのだが、先程のの反応を考えると、下手に動けない。
このまま屋根裏から降りてゆけば一番早いのだが、そんな場所から出て行けば、彼女は新たな化物だと思うだろう。
ドアから入るには、一旦隣室に戻らなければならないが、屋根裏を這って移動する音で、恐怖心を煽りかねない。

頼りになるはずのアーサーは、アレンに跨った状態で捕まっている。
アレンはを逃がす事で頭がいっぱいらしく、天井から顔を出している自分達にも気づいていない状態。
カーフェイはカーフェイでしか見えていない。
これはジョヴァンニに任せるのが得策だろうと見てみるが、ゆっくりとの傍に寄ろうとした最強の化物は、弱弱しく顔を叩かれて拒絶されていた。



「ロベルトー、これヤバくない?」
「うん。もう……終ったね、これは」


ただでさえ危険だと思っていた企画は、予想を遥かに上回る大失敗になった。
腰まで抜かしてしまったを見下ろし、二人は顔を見合わせると、眉を下げて溜息をつく。

すると、漸く騒ぎに気づいたらしい他の住人達が、バタバタと足音を立てて部屋に雪崩れ込んできた。

「何があった!?」
「敵襲か!?」
、無事……!?」
「もうヤダってばあぁああああ!!来ないでよぉーー!!」
何処だ!?アレン、大丈夫なのかーー!?」
ー!ーーー!!」



散々化物の襲撃にあったは、助けに来たアンジール達にすら悲鳴を上げた。
それに反応して叫び出す馬男達に、はとうとう顔を覆って蹲る。
叫ばれたソルジャー達は、女装ジョヴァンニを初めとする部屋の惨状に、脳が理解を拒絶して唖然とした。

「…………」
「…………」
「…………」


互いに顔を見合わせたアンジール・ザックス・ジェネシスの3人は、眉間に皺を寄せながら同時に深い溜息をつく。
一体何をするつもりだったのか。どんな弁明が飛び出してくるのか。
話を聞く気も失せたに違いない。


ジェネシスが蹲るを抱き上げ、静かに部屋を出てゆくと、窓の外の馬(カーフェイ)が静かになる。
もう一頭の馬(アーサー)に襲われていたアレンも、アンジールの手によって助け出され、ザックスに付き添われて部屋を出ていった。

その後、部屋に残ったアンジールは、少年達を隣の部屋に移動させ、何度も何度も溜息を吐きながら長い説教をする事になるのだった。






「……こんなつもりじゃなかったんだ…」
「仕方ねぇよアーサー。後悔先に立たずって言うだろぉ?」
「俺は……を助けたかっただけなんだ……」
「カーフェイ、君の気持ちはよくわかるけど、もうどうしようもないよ」
「結局、驚かせるって所しか、成功しなかったねー」


アンジールが去った後、作戦の失敗に肩を落とした少年達は、ガイの言葉に揃って深い溜息をつく。

思い出に残るホワイトデー。

それは『悪夢のホワイトデー』として、新神羅派の珍事件としてマニアックな歴史書の逸話に書き綴られるのであった。










White day of the nightmare  終




+++オマケ+++

「なあ、、本当に悪かったって…」
「頼むから、機嫌直してくれ…」

「嫌い」


心底困った顔で謝るカーフェイとアーサーを、は一言で切り捨てる。
極度の恐怖と緊張で3日寝込んだは、悪夢のホワイトデーから2週間経った今もこの調子である。
怒り冷めやらぬは、毎日のように謝りに来る彼らに、冷たい視線とこの一言を返すだけだ。


…」
「悪かったと思ってる」

「皆には、二度とバレンタインにチョコあげない」

〜…」
「…………」


カーフェイの情けない声と、アーサーの寂しそうな顔を無視して、は彼らの前から立ち去る。
その後ろ姿を見送るしかない二人は、互いに顔を見合わせると、同時に溜息をついて肩を落とした。






草薙五城さんへ、バレンタインイラストのお返しに、8班ホワイトデー夢を書かせていただきました!
サプライズでプレゼントしていただいた絵をいただいた時の、感動・興奮・喜び、そして感謝を込めて……!!
と、思ったのに、何故ヒロインがかわいそうな事に……orz
こ…こんなはずでは……!!(汗)
ユージンが出たのはアレです。私がユージン書きたかったからです(爆)
あと、この騒動だけじゃ夢主があまりにも悲惨だったので…ええ。
8班の子達は、書けば書くほどアホになっていってる気がする……特にアーサー。なんででしょうね…(苦笑)
実は、初期構想では、五城さんの所の鬼狩り設定をお借りして、夢主のポジションに木羽さんが来る話でした。
が、どう考えても木羽さんの寝室に侵入する事がまず不可能なので、普通にボツにしました。
アーサーに「木羽先輩」って言わせたかったんだけど……うん、仕方ない。
そんな…こんな…トキメキが限りなくゼロに近いお話ですが、五城さん、受け取ってくだされぇぇぇぇ!!
2009.03.14 Rika
小説目次