小説目次 


Sink -sink me to you-



「訓練終了、整列!」

演習場を見回したアーサーは、汗だくで訓練する部下へ号令をかけた。
何処か気が抜けた声の号令に、部下が釣られて気を緩めると、彼は我に返って注意する。
ここ暫くのアーサーのそんな様子だった。
それでも、仕事に支障が出る事はないので、誰もアーサーに不満を漏らしたりしない。


心此処にあらずな事は、当の本人も自覚しているし、その原因もよくわかっている。

がいない。

理由はそれだけだ。

彼女がミッドガルへの任務に発ってから2ヶ月。アーサーは殆どこんな調子だった。
しかも、向こうでの任務が忙しいらしく、連絡も一切無い。
幸いなのは、今日が帰ってくる予定になっている事だが、残念ながら時間まではわからなかった。

故に、今日のアーサーは、時間が空けばボーっとしたり、ソワソワしたりを繰り返している。
たまたま通りかかったガイが、ニヤニヤしながら見ていたが、それすら気にならない程アーサーの意識はに飛んでいた。

沙汰が無いのは元気な証拠と言うが、だからと言って心配しなくて良いわけじゃない。
戦争の後処理は、争いが大きいほど危険を伴う。
しかも、が行ったミッドガルは、今でも、何が起きても不思議はない場所だった。

これで心配せずにいられる男がいるだろうか。
しかも、彼女が行ってからの間、電話もメールも何も無くて…。


がジュノンにいる時でさえ、所属部隊が違うせいで、会えない日は珍しくなかった。
一緒に住んでいる分、長く一緒にいられるが、流石に2ヶ月もとなると、心身共に辛くなってくる。

ボーっとしている自分を見たガイには、中毒という名前まで付けられた。
失礼だと思ったが、当たっているので否定出来ないし、そんな事を気にする余裕は無かった。

戦争中は、そんな事を考える余裕など無く、最後の逢瀬と思った事だって何度もあった。
今、たった数日で彼女が恋しくなるのは、それだけ心にゆとりが出来たという事なのかもしれない。

「…でもな…」

昔、学生時代にを遠ざけた時は、こんな風にならなかった。
じゃあ何が変わった?

「…やっぱ、より愛が……だぁぁぁああ!!」


突然叫びだしたアーサーに、周りにいた部下達がビクリと肩を震わせた。
危険度3になったと囁く声を、ギロリと睨みつけたアーサーだったが、すぐに表情を戻してその場を後にする。

奇行に走っておきながら、アーサーは危うく変な事を口走る所だったと、大きく息を吐く。
と、ふと視線を感じて、アーサーは振り向いた。
見れば、先ほどからずっといたらしいガイが、自分に向かってニヤリと笑って親指を立てている。

「……………」

固まるアーサーなど気にせず、ガイは薄笑みを浮かべたまま去って行く。
呆然と立ち尽くしていたアーサーだったが、その思考はすぐにの事に飛んでいった。







、そろそろ引き上げだぞ」
「了ー解」

刃に付いた血を振り落とし、は剣を鞘に収めた。
切り捨てた獣からは、血と腐臭が漂よってくるが、僅かな罪悪感を残しただけで、他には何も感じない。
此処で過ごす2ヶ月で、彼女はそれに慣れてしまっていた。

「やっとこことサヨナラかあ…」

零番魔光炉の光に照らされる鉄の空と、建設途中の建物が放置された街並み。
息苦しさを感じずにはいられない景色を、は一度振り返る。

ディープグラウンド。
それは、旧神羅カンパニー最大の遺産であり、最大の汚点・負債。
神羅戦争が激化すると同時に、生物兵器開発工場へと変わったそこが、今回のの派遣先だった。

ここに来てからした事は、実験により生み出された魔物の処分ばかり。
今は、その魔物も殆ど片付いた。

残っているのは、ディープグラウンドソルジャーとよ呼ばれる人達。
彼らがこの先どうなるのか。次に此処へやってくる部隊が、どんな仕事をするのか…。
それは容易に想像がついた。

ディープグラウンドの存在が知られたのは、神羅戦争が終った後だった。
激しい戦闘が行われ、アーサーもその時ここで戦っていたらしい。


『お前は、そういう仕事じゃないと思う。だから、そう肩に力入れすぎるな』


ミッドガルに行くと言った時、彼はそう言って、頬を撫でてくれて、『大丈夫だ』と言って、唇に安心をくれた。
抱きしめて、『行かせたくない』と言って、それから、『必ず帰って来い』と…。

大げさだと笑い飛ばそうとしても、アーサーは笑わなかった。
ただ、ジュノンを経つ時間のギリギリまで傍にいて、ずっと手を握ってくれていた。
まるで最後みたいだと思ったのを、よく覚えてる。

任務を軽く見ていたわけじゃない。
けれど、ここに来て、彼がそう言った意味がよくわかった。

まだ捕まらないDGソルジャーや、モンスターがいる街は、少し道を間違えただけで、簡単に命を落とせる。
僅かな休息は、体を休める事に精一杯で、余裕なんてまるでない。

何度も彼の夢をみた。
けれど、浅い眠りはすぐに覚めて、彼が傍にいたい事を思い知る。



「…やっと…帰れるよ」


今頃、どうしてるだろう。
きっと心配して、毎日落ち着きが無くなって、ガイが言ってた『中毒』になってるかもしれない。
一度見てみたいけど、いざ彼を見つけると、そんな事はどうでもよくなっている自分がいた。

彼に触れたくて、抱きしめてほしくて、唇を重ねたくて…。それ以外、何も考えられなかった。
今も、こうして思い出すだけで、彼に触れたくて仕方が無い自分がいる。


拭い去ってくれるだろうか。
心に染み付いてしまった、このディープグラウンドのような…血生臭くて、冷たくて、黒くて、重たい気持ちを…。
何も言わずに抱きしめて、綺麗に消してくれるだろうか…。


「…きっと…大丈夫……だよね…」


きっと、アーサーならそうしてくれる。
目を背けたがる卑怯さも、逃げたがる臆病さも、全部知っていて許してくれる。
『一人じゃない』と手を握って、『一人にしない』と言って…。



、おいてかれるぞ」

声をかけられて、はハッと我に返った。
どうやら、隊長の指示はとっくに終っていたらしい。

慌てて後を追ったは、地上へ繋がるエレベーターに乗ると、コッソリ携帯を出す。
ジュノンへの到着時間は午後7時なので、連絡できるのは今のうちだけだった。

もうすぐ、久しぶりの地上。そして本部への帰着だ。
喜んでいるのはだけではないらく、誰かにメールを送ろうと準備する者達の姿も、時々視界に入る。

その中に紛れながら、もアーサーへ宛てたメールを打った。
何を書こうかと一瞬躊躇って、考えると、会えない間に言いたかった事が、一気に溢れてくる。
けれど、どの言葉も文字ではなく、彼に会って、彼の顔を見て、直接伝えたかった。

書いては消してを繰り返す・・・。
結局出来上がったメールは、殆ど用件だけで、少し素っ気無い印象になってしまった。
けれど、何か言葉を付け足すと、そこから我慢していた気持ちが溢れて、止らなくなりそうだった。

早く伝えたい。
けれど、エレベーターの中は勿論圏外で、メールを送る事も、電話をかける事も出来ず、知っていたはずなのに、それが今日は凄く悲しく思えた。

高く伸びる天井を見上げる。
その先は暗くて、遠くて、果てが無いようにさえ思えた。

それが、アーサーとの距離のようで、会いたい気持ちが瞳の上に滲んでくる。
溢れて、零れて、頬を伝った雫に、はハッとしてそれを拭った。

少し震えていた自分の手に、小さく息を吐き出して、握り締めた携帯を見る。
せめて顔だけでも…と、彼の写真を出したが、余計に会いたい気持ちが大きくなった。


「アーサー……」


ちゃんと、やっているだろうか。

彼の事だから、ご飯はきっとちゃんと食べてる。
料理の本を広げて、分量もキッチリ量って、ブツブツ言いながら。
もしかしたら、留守の間にアニマルエプロンが増えてるかもしれない。
この間留守にした時は、羊さんとトラさんエプロンが増えていたし…。

当たり前のような顔で、それを着ているアーサーの姿を思い出し、は思わず笑みを零した。


「相変わらずで…元気にやってる…かな…」

健康管理には気をつけている彼だから、きっと大丈夫。
毎日10時には寝て、朝は6時ぐらいに起きて。
ああ、でも偶に裸で寝ている事があるから、もしかしたら、自分がいない間に、一度ぐらい風邪を引いてるかも…。
それで、薬が無いとか、体温計は何処だとか言って、…そんな理由を作って、私に電話してきて…

「…きてない…けど…ね…」

じゃあきっと風邪は引いてない。元気にやってるのかな。
それとも、一度も連絡しなかったから、怒ってる?

なら、きっと帰ってから一番にかけられる言葉は『何で連絡よこさなかった』だ。
眉間に皺を寄せて、でもあんまり恐い顔にならないように気をつけて。だけどやっぱり声は低くなっちゃって…。

「それも、いいかもなぁ…」

ご機嫌とりにカコつけて、甘えてみるのもいいかもしれない。
最初は怒って全然相手してくれなくて、でもそのうち、アーサーの方が根負けして…。
『ごめんね』って言ったら、きっと溜息つきながら少し笑って、『仕方ないな』って許してくれる。


「もうすぐ…帰るからね…」



エレベーターが地上に着くと、隊はまっすぐビルを出る。
玄関前には移動用の大型ヘリが待機していて、は乗り込むまでの僅かな間に、アーサーへ宛てたメールを送信した。









リビングのソファに腰掛けたまま、アーサーは欠伸を噛み殺すように口を押さえる。
虚ろな目で頭を振り、壁の時計に目をやると、時刻は既に9時を回っていた。

携帯を開いて、アーサーは夕方来たからのメールを読む。
仕事が終ってから何度も繰り返していた動作は、彼女が言った予定時刻を過ぎてから、余計に多くなっていた。

予定時刻を過ぎての到着は珍しくない。
それは、アーサーもも、何度か経験していた。
ミッドガルからは空路なのだから、移動時間は天候によって変わる。
無事ミッドガルを出たという知らせは、仕事中にガイから聞いていたので、あまり心配はしていなかった。

だが、だからと言って、帰りが遅れる事に慣れたわけじゃない。
会いたいと思えば思うほど、焦燥感は募り、もうすぐだと知っていれば…尚更だ。

自分では腑抜けてはいないつもりだが、周りは女に絆されていると笑うのだろう。
ガイは傍観して楽しんでいるようだが、アレン辺り見られたら「しっかりしなよ」と、呆れられるかもしれない。

情けないのは自覚しているが、こればかりは、流石のアーサーもどうしようもなかった。
そんな姿をに見られたら、気を使われまくるか、引かれるかのどちらかだろう。

「…どっちも嫌だ…」

留守中はさておき、彼女が帰って来る時ぐらいはしっかりしなくては。

気を取り直し、夜食でも作ろうかとアーサーは立ち上がる。
だが、台所には既に出来上がったものが置いてあって、彼は何故と首をか傾げた。

「何で…、…あ」


考える事数秒。一時間前に自分が作った事を思い出した彼は、ガクリと項垂れて溜息をついた。










「もう、アーサー寝ちゃってるかな…」

ジュノンにある新神羅本社ビル。
11時を指す時計に、は溜息をついて肩を落とした。

荷物を肩にかけなおし、玄関ホールを出ると、外には待ち人を向かえる人達の姿がある。
少しだけ期待して、人々を見回してみる。
けれど、そこにアーサーの姿は無く、は小さく溜息をついた。


「……仕方ない…か…」


遅れる事を連絡出来なかったのだから、彼がいないのは当たり前かもしれない。

今からでも、連絡を入れてみようか。
そう思って携帯を出してみたけれど、指はボタンの上を彷徨う。
そのまま少し迷い、やがて携帯を閉じたは、停まっていたタクシーに乗り込んだ。



玄関の前で、は目を細めながら、久しぶりにその鍵を出す。
妙に緊張する自分に、一度小さく深呼吸すると、はゆっくりと扉を開けた。


「…あ……」


真っ暗な廊下に、彼女は少し呆然とする。
予想していたはずなのに、急に寂しくなって、吐き出した息が少し震えた。

もしかして、待っててほしかった?

無理してでも連絡すればよかった?


でも、今更気づいても遅いよ…。


肩を落とし、深く溜息をつくと、は家の中に入る。
眠っている彼を起さないように、静かに扉を閉めて鍵をかけた。

寝室の扉を見てみても、アーサーが気づいて起きてくる気配は無い。
それがまた寂しくて、少しだけ腹が立った。


「ちょっとぐらい…起きてよ…」


大声で名前を呼んだら、びっくりして起きてくれる?
近所迷惑だって怒られるかな?
それとも、『何かあったのか?』って、心配そうな顔で聞いてくれる?


寝室の扉の前で、は中の気配を伺ってみる。
この向こうにアーサーがいると思うと、それだけで、幸せな気持ちになれた。
たった今、どうして起きてくれないのと思っていたのに、もう許しかけてる自分がいる。

起きないのなら、それでもいい。
久しぶりに彼の隣で眠れるなら、それだけで十分な気がした。

明日の朝、びっくりするかな?

驚いた顔をする彼を思い浮かべ、は小さく笑みを零した。

そっとドアを開け、ベッドの上にある膨らみに、彼女は目を細める。
荷物を肩にかけたまま、はゆっくりベッドに近づいた。


彼の手首についたままの時計が、薄暗い部屋に規則的な音を響かせる。
窓から射す光を頼りに、針が指す場所を見れば、短針は既に日付を変えていた。

今日のジュノンは暖かかったのだろう。
アーサーは裸でシーツに包まっていた。

顔を覗き込んでみても、彼は静かな寝息を繰り返すだけで、目覚める気配が無い。
傍に来ても起きない彼に、少し残念な気がする。
けれど、彼に会えた嬉しさの方が大きくて、はその顔を見つめていた。


やっと会えたね…。


長く続いた戦いのせいだろうか。眠っているその顔には、穏やかさは無くなってしまっていた。
ただ、近づいても目覚めない事が、彼が以前よりも大きな安息を得ているのだと教えてくれる。

その事に、少しだけ嬉しくなって、同じくらい悲しくなった。
幾年経っても変わらず傍にいる友にも、きっと自分にも、彼と同じ戦いの跡が染み付いている。
その度に、帰る事は出来ない思い出が眩しく、きっと何処かで、帰れたならと思っている。
けれど、平凡な日々を何処かで当然と思っていた、自分達の傲慢さも思い出すのだ。


自分達が選んだ道の先は、今という未来へと繋がっていて、屠った命があるからこそ、迷いも後悔もしてはいけない気がした。
それを口にした自分に、それは無理だろうと苦笑いした彼は、この心が揺れる度に手を引いてくれて、今も傍にいてくれる。


だからこそ、まだ戦いの中を忘れられない彼に、今は遠くなってしまった日々の安らぎを願う。
血と炎に染まる記憶が、手に入れたばかりの穏やかな日々の思い出で、いつの日か塗り替えられるように願っている。

願いを祈りに。祈りを唇に。
ただ一つ、遠い日と変わらないと言い切れる想いと共に、はアーサーの唇に自分のそれをそっと重ねた。



「誰だ!」
「うわっ!びっくりした!」


唇が触れた瞬間、は腕を引かれてベッドに押し倒された。
見開いた目には、自分を見下ろすアーサーと、眉間に押し当てられた銃口が映る。
暢気な反応を返した声に、アーサーはその正体を知り、深い溜息をついた。

「…か…」
「あはは…どうも〜…」

「驚かせるな…」
「それ、私の台詞だよ…」

「…悪かった」
「こちらこそ」

暢気な声の彼女に、アーサーはガックリと項垂れ、銃を枕の下に戻す。
2ヶ月ぶりに会ったというのに、普段と変わらない様子なうえ、安眠妨害までしてくれた
それに少しだけ腹が立って、彼はムッと眉間に皺を寄せると、彼女の鼻にがぶりと噛み付いた。

「んぎぃ!?」

悲鳴を上げたに、アーサーはニヤリと口の端を吊り上げ、彼女の額と自分の額をくっつける。
ゴッと鳴った額に、彼女の体がビクリと震え、すぐに目に涙が浮かび始めた。

「痛…何すんの!」
「いつ帰って来た?」

「無視ですか…。今帰って来たばっかりだよ。ジュノンに着いたのは、11時くらい」
「そうか」


腕時計で時間を見たアーサーは、の唇に軽く口付けると、彼女の隣に横になる。
そんな彼を、少しだけ恨めしげな目で見る彼女は、赤みが差す頬を誤魔化すように、額を摩った。


「頭突き、痛かったんだけど…」
「自業自得だ。もうああいう起し方はするな」

「起すつもりじゃなかったし」
「だからって……いや、何でもない。……悪かった」


少し気が立っているアーサーの口調に、はそれ以上文句を言うのをやめた。
抱き寄せる彼に身を任せれば、目を伏せた彼女の額に唇が落とされる。

唇を離した彼の息が瞼にかかる。
それが少しくすぐったくて、顔を上げただったが、彼の瞳は別の場所を眺めていた。
視線を辿れば、中途半端に明るい夜の街が見える。


きっと、一度外に行きたいのだろう。
あんな風に目覚めた時は、彼はいつもそうして心を落ち着けていた。
安全を確かめなければ、安心して眠れない。
そんな時、彼の心は戦いの中に戻っている。

傍にいるだけで、それを忘れさせる事が出来れば良いのに。
それが出来ないのは、アーサーにとって、まだそれだけの存在になってないから?

考えかけて、はその思考を振り払った。

それは違う。自分もまだ、彼のように戦いの中を忘れきれていない。
自分が彼のように目覚めたら、きっと同じ事を考える。
アーサーがまだこの部屋を出て行かないのは、この平和に慣れようとしているから。


「傍に…いるよ…?」


アーサーがいつも自分にしてくれるように、は彼の背中に手を伸ばした。
それは、女の腕では抱きしめるに広く、包みこむには大きい。
その感触も、温かさも、何処か遠くへ行ってしまわないように、彼女は彼に身を寄せた。

黙ってを見つめたアーサーは、彼女の身を強く引き寄せ、腕の中にある香りに目を伏せる。
この体を包もうというのか。それとも、繋ぎとめようとしているのか。
背に伸ばされた細い腕は、どこか幼子が母に縋るそれにも思えて、彼は少しだけ頬を緩めた。

その腕の感触と、布越しに伝わる体温が、僅かに波立っていた心を静めていく。
指先に触れた彼女の髪を梳き、顔を上げた彼女に、『ありがとう』と唇で模ると、彼は再び彼女と唇を重ねた。



微かに触れ、触れては離れ、そしてまた口付ける。
時折触れる彼の舌が、徐々に湿り始めたの唇を撫で、僅かな痺れと疼きを与えた。
自然と開いた唇をゆっくりと舐める彼に、彼女の体が微かに震える。
唇が離れると同時に、は吐息のような息を吐くが、すぐに彼の唇で覆われた。

頬を撫ぜ、横髪を梳く指が心地良い。
耳に触れた手が少しくすぐったく、が僅かに身じろぎすると、入り込んだ舌が彼女の舌を絡め取った。


「…んっ……ふ……」


ざらりとして湿った感触は、少しの息苦しさを与え、灯り始めた体の熱と共に、彼女の呼吸を乱し始める。
それは吐息に混じる声さえ奪うようで、甘い痺れとなって体を侵食していった。
触れ合っていた口内から小さな水音が聞こえ、途端に生まれた羞恥が、頬に熱を集中させる。
首筋を撫でた指先に、ぞくりと身を震わせれば、重ねていた唇がゆっくりと離れた。

甘い痺れを残す唇の間には、銀色の糸が伝っている。
どちらのものとも分からない唾液で濡れた唇は、紅を引いたように艶やかで、アーサーはのそれを指でなぞった。
柔らかな感触は彼女の内側に似ていて、思い出した体がそれを求めたがる。
早急過ぎる体に、内心苦笑いをしながら、アーサーは彼女に触れるだけの口付けをした。


久しぶりに感じた彼の唇は、離れていた時に思い出していたものより、ずっと暖かい。
長く離れる度に、その感触を忘れてしまいそうな自分が恐かった。
何度唇を重ねても、どれだけ触れてくれても足りない。

刻み付けてほしい。
その願いが、心の中で泣き出してしまいそうで、は彼に深く口付けた。

答えてくれる彼の手が、肌の上を滑り、少しだけ冷えた彼女の肩を温める。
僅かな肌寒さも彼の温かさに消え、その心地良さに、彼女は微かに目を細めた。

白い喉に舌を這わせ、時折吸い付く彼の唇が、チクリとするような小さな痛みを与える。
その痛みすら、何処か心地良いもののように思えるのは、与えてくれるのが彼だからだろうか。

確かめたかったのか、縋りたかったのかはわからない。
自然と伸ばしたの腕に、アーサーは彼女の胸から唇を離し、その体をそっと包み込んだ。

温もりが残るシーツよりも、肌に直接感じる暖かさの方が確かで、穏やかになっていく心のままに彼女は瞼を伏せる。
背に回された彼の手は、難なく自分を捕らえるのに、精一杯伸ばす自分の腕は、彼の広い背中を包む事が出来ない。

支えようと思っている人に、結局は守られているのだ、と。
少しだけ、自分の無力さを感じる。
けれど、彼が与えてくれる、春の木漏れ日のような温かさ中では、それも悪くないと思えた。

脱がされていく服が、肌の上を掠める感覚すら、彼が触れる感触のようで身が震える。

「……はっ…」

胸の膨らみを柔く包まれ、その先にある飾りに触れられると、の唇から少し湿った息が漏れた。
久方ぶりの感覚が、彼女の深い場所にある疼きを目覚めさせ、体がその先を求めたがる。

花弁を散らしていた唇が胸の先に触れ、湿った柔らかな感覚が敏感になったそこを包む。
舌先で転がし、柔く包み込む感覚に、の唇が震えた。


いつもより熱くなっている体に、どれだけ彼を欲しがっていたのか、改めて気づかされた。
彼を受け入れるはずの場所は、もう自分でも分かるほど潤んでいて、まだ残っている理性が頬を熱くさせる。

恥じらいも、喜びも同じぐらいある。
けれど、いつもより長く時間をかけて触れる彼にじれったさも感じた。
肌に触れる彼の手は心地良いが、本当に触れて欲しい場所には、まだ辿り着いていない。


「ア…サー…」
「ん?」

「あの…もう…」
「どうした?」


顔を上げたアーサーは、互いの顔を近づけ、同時に彼女の制服のスラックスに手をかける。
ホックを外そうとする手が苦戦していて、が手を貸そうとすると、彼は呆気なく仕事を終らせた。
少し首をかしげながら、しかし気にする事も無く、は彼にされるまま身につけているものを剥ぎ取られて行く。
その間も、彼の指先は何度か彷徨ったが、彼女が手を出すとすぐに事を終らせていた。


「…アーサー?」
「何だ?」

「…………わざと?」
「何がだ?」

「…………」
「くくっ…」

「わざとだ!ぜったいわざと手間取ってるでしょ!」
「すぐに気づけよ」

「くっ…悔しい!」
「ははっ!まだまだ修行が足りないな」


漸くアーサーに遊ばれている事に気づいたは、余裕の笑みで自分を見下ろす彼を睨む。
だが、それすら何処吹く風で流した彼は、文句を言おうとした彼女の唇を自分のそれで塞いだ。

何度も口付けを落とす彼は、心底楽しそうな顔をしている。
最初こそ、悔しさで暴れていただったが、彼の手が腿の裏を撫でると、体から力が抜ける。
心中はどうあっても、体はアッサリ心を裏切ってくれた。


「…くやっ…し…」
「体はそんなに怒ってない」


すっかり濡れた場所は、漸く触れてくれた彼の指を喜んで、与えられる感覚を受け入れる。
薄笑みを浮かべるアーサーは、息が上がるの言葉に目を細めながら、彼女の敏感な場所に触れた。


「っぁ…」
「な?何処が怒ってる?」

「アーサ…ァっ…そこ…は…」
「いいのか?」

「違っ…」


意地悪く囁くアーサーの指が、彼女の濡れそぼる花弁を弄び、言葉を途切れさせる。
翻弄される事が悔しいのに、微かに乱れ始めた彼の呼吸が、の鼓動を高鳴らせた。


「違うなら、何だ?」
「そこ…ばっ…か…」

「何?」
「そこっ…ばっかり…攻め…な……で……」

「いやだね」


少し虚ろな目で睨むに構わず、アーサーは指での愛撫を続ける。
けれど、抗議しようと開いた口は、途切れ途切れの喘ぎ声しか出してくれなかった。

まだ中に触れられてもいないのに、溢れ出る蜜が淫らな水音を立てる。
が羞恥に顔を背けようとしても、アーサーは彼女の唇を奪い、それを許さなかった。
耳に届く音がやけに大きく聞こえて、慈しむように触れる唇に酔う余裕すらない。
縋るように手を伸ばせば、彼は空いた手で彼女の頬を撫で、その瞼に口付けた。


「んっ…あぁっ…ぁ…」


入り口に触れただけで、欲しがる彼女は引き込むように指を受け入れて嬌声を上げる。
指先だけの愛撫で達しかけているを見下ろしながら、アーサー自身も己の限界を感じていた。
それでも、自分がする小さな動きだけで喜ぶ彼女を、もっと見ていたい気になる。

随分性格が曲がってしまったと、初めて肌を重ねた頃を懐かしんでみたが、思い出す情事は今とあまり変わらなかった。
ただ、背に感じていた死への恐れや危険が無いだけ、今の方が余裕がある。
それに、何の憂いも不安も無く、彼女に触れていられる気がした。


「ゃっ…もう……ぁあぁあああ!」


大きな嬌声を上げると同時に、はビクリと腰を震わせ、中に入っていた指を締め付けた。
けれど、動きを止めない彼の手は、達したばかりの体を攻め続け、散りかけた彼女の熱を捕まえていく。

「あっあぁっ…やっ…まだっ…っ…アーサぁぁっ」
「まだイケるだろ?」


囁く声と同時に、中に入っている指が増やされる。
外と内。両方の敏感な場所を攻められ、熱くなった体は息つく暇も無く、快楽の波に飲まれる。
触れ合う肌の感触にまで反応する体は、それでもアーサーに救いを求めるように、彼の温かさを求めた。
抱き寄せる彼に縋りながら、爪を立てるの目から、愛しさが雫となって頬を流れる。
再び訪れた絶頂に、彼女は一際大きな声を上げながら、恍惚の波に飲まれた。








…大丈夫か?」
「…大丈夫じゃない」

残された余韻が大きいのか、体を震わせ続けるに、アーサーは流石に心配になる。
彼女の目尻を伝う涙を拭い、その体を包み込めば、彼女は恨めしげな目をしながら彼に身を寄せた。
不満気な顔をしていても逃げないに、アーサーは苦笑いを浮かべながら、彼女の頭を撫でる。

「ちょっと苛めすぎたな」
「ちょっとじゃないよ」

「ああ。悪かった」


腕の中で震える体に、すぐに続きを望むのは無理だろう。
久しぶりに会ったというのに、この時点でお預けを食らうとは。
少々無体な気もしたが、それは自業自得でしかないので、アーサーは大人しく反省した。

「大丈夫か?」
「うん…。平気」

寄せ合う肌に安心したのか、徐々に震えが収まってきたは、彼の胸に頬を寄せながら目を閉じる。
だが、腿に当たる彼の感触に、彼女はそっと目を開けて、彼を見上げた。

重なる視線に、アーサーは微笑みながら、少し首を傾げて彼女の髪を梳く。
すぐに求めてもおかしくないのに、彼はそんな素振りを見せようとしなかった。


アーサーらしいけど、そこまで気を使わなくてもいいのに…。

小さく苦笑いしたに、アーサーは『どうした』というような顔をする。
『何でもない』と首を横に振った彼女は、ゆっりと身を起こし、彼の唇に口付けた。


…疲れてるなら、無理しなくていい」
「疲れてないよ」

「…もう少し休んだ方がいいんじゃないか?」
「…大丈夫、私は平気」

「嘘つくな」
「嘘じゃないよ」


言って、はアーサーの頬に触れる。
唇をなぞる指が喉を伝っても、彼が何も言わなかったので、彼女はアーサーの首に腕を回した。

そっと抱きしめ返してくれる彼の腕が嬉しくて、は彼の肩に顔を埋める。
伝えたい言葉は沢山あったはずなのに、彼に触れているだけで、全てどうでもよく思えた。
慣れ親しんでいたはずの彼の香りさえ、何処か懐かしく思える。
他でもない、アーサーの傍に帰ってこれた。それを改めて感じて、瞼の裏が自然と熱くなった。


?」

肩に感じた、体温とは違う温かさに、アーサーは驚いて彼女を見る。
顔を上げた彼女の睫毛は濡れていて、瞳から零れた雫が頬に滲んでいた。


「…どう…」
「ただいま」

「………」
「…だだいま」

「…おかえり…。……ってか…言うの、遅くないか?」
「いいの」

「いいのか…?」
「うん、いいの」


『じゃぁ、いいか』と納得する彼に、は満面の笑みを浮かべて再び抱きつく。
猫のように甘える彼女に、アーサーは小さく笑みを零し、濡れた頬を拭った。

彼の手を取り、指先に口付けて、頬を寄せた彼と唇を重ねる。
髪を撫でる彼の手に甘えながら、口付ける場所を変え、彼の肌に自分の跡をつける。
アーサーの上に跨り、胸の突起を口に含むと、彼の口から小さな吐息が漏れた。

「…っ…お前…」
「ダメ?」

「〜っ、好きに…しろ」


少し呆れ、けれど笑って答えたアーサーに、も笑みを浮かべて彼の肌に口付けた。
筋肉の感触を確かめながら、彼が喜ぶ場所に触れ、唇で辿る。
小さく声を漏らしたアーサーに、腿の裏に当たっている感触を見れば、それは既にと繋がる事が出来る状態だった。
先走る彼の粘液を絡め、アーサーの熱を包みながら撫でると、彼の手が再び濡れ始めた彼女の場所に触れる。


「っん…」
「まだ…っ、辛い…っ…か…?」

「ん、もうちょっと」


様子を見ながら触れる指先は、微弱な快感しか与えないが、今はそれで心地良かった。
の中を求める彼を、掌で慰めながら、彼女はアーサーの顔を伺い見る。
僅かに眉を寄せ、頬を染めながら息を乱す彼の顔が、妙に色っぽく見えた。
一瞬ドキリとしながらも、そんな反応をする自分が、まるで彼に負けたようで、はちょっとだけ悲しくもなる。


「アーサー」
「…っ、…ん?」

「何か、色っぽいんですけど」
「っは…お前に…は…負ける」


の頬を撫で、柔らかく微笑んだ彼に、の顔が一気に熱くなった。
彼の笑顔を見た事は数え切れない程あるが、今のは一番の反則だと思う。

胸の奥でむずむずするのは、悔しさや喜びのようだが、多分一番大きいのは征服欲かもしれない。
とにもかくにも、彼のこの表情をもっと見たい。扇情的な表情を見たいという思いは、きっとそれに通じている。
どうしたらそれが出来るか。その答えは簡単で、は自分の手の中にある彼に、何の躊躇いも無く口付けた。


、おまっ…何っ…!」


今まで一度もして見せなかった事をするに、アーサーは驚いて目を丸くする。
だが、彼女の唇が自身をなぞり、舌が絡められると、元々限界に近かった彼の体は、素直にその感覚を受け入れた。
彼女の唇から覗く赤い舌が、丹念に自分を愛撫する様は、その姿だけで彼の熱を上げる。
気を抜けば漏れそうになる声に、アーサーは口を閉ざし、脳裏に過ぎる疑問で与えられる感覚を抑えた。


「っ…、お前…何処でそんなの…覚えた…」
「アーサーが初めてだよ?」


はクスリと笑みをこぼすと、頬を紅潮させるアーサーを盗み見ながら、再び彼を口に含んだ。
一瞬息を呑んだ彼は、唇を噛んで声を抑えたが、彼女の舌が口内で彼を撫で上げると、すぐにその抵抗も無駄になった。


「…っ、…あっ…はっ…」


乱れた息と共に漏れる彼の声を聞きながら、は口での愛撫を続ける。
秘所に触れていたアーサーの手が、思い出したように動いた。

じらすようにゆっくりと動く彼の指を感じながら、は彼の喜ぶ場所を探してはそこを攻めた。
その度に、小さく漏れる彼の声が聞こえて、彼女の中の熱が上がる。
二度も達しているはずの彼女の場所は、腿に伝うほど蜜で溢れ、彼の指もすぐに受け入れた。


「一気に…二本、入ったぞ…?」
「…んぅ…、ぁ…言わ…な…で」

少し驚いている彼の声に、は彼に口付けながら答える。
彼の指が動く度、彼女のそこからは意図せず水音が漏れ、出入りすれば、その音は余計に大きく響いた。


「お前、どれだけ濡れてんだよ…」
「んっ…言わ…ない…っ…で…」


自身を口に含んだまま、頬を染めて答えるに、アーサーは小さく笑みを零す。
この状況になっても尚、頬を紅潮させる彼女が可愛らしく思えた。

もう少し苛めてみたい気もしたが、先程のようになられると、流石にアーサーも辛い。
それはまた今度…と考えると、彼はを抱き上げて仰向けに押し倒す。
彼女の額に口付け、自身を入り口に宛がうと、彼女の手が頬に触れた。

「…アーサー」
「ん?」

「その…、…あんまり…、…激しく…しない…で…ね?」


伺うように頼むに、アーサーはつい笑みを零す。
目を丸くした彼女の頬に触れ、横髪を梳きながら、彼はの額に口付けた。


「わかってる」


言って、アーサーは彼女の唇に自分のそれを重ねる。
安心した顔で微笑むに、アーサーはゆっくりと自身を埋め込んでいった。


「…っ…くっ…」
「っは…ぁ…、アー…っ…サ…」

「痛い…か…?」
「…違…、…だい…っ…じょ…ぶ…」

入り込んできた圧迫感に、は肩で息をしながら、彼の背に腕をまわす。
熱く捉える彼女の内側に、アーサーは詰まる息を吐き出した。
唇を重ねてきたに、アーサーは彼女の腰を引き寄せると、徐々に動きを早めていく。


「はっ…、…あ…ぁ!」


胸に感じる鼓動は、彼のものか、それとも自分のものなのか。
少し湿った互いの肌は、吸い付くように重なる。
互いの体温が混ざっていく感覚は、身を繋げるよりも彼と一つになれるような気がした。
もっと混ざり合えるだろうか、そうしたい、と。アーサーへ伸ばした手に力を込めると、彼は答えるように彼女の身を引き寄せ、その頬へ口付けた。


「アー…、サー…」
「な、に…」


深く溶け合う場所にある彼は熱く、彼女を追い立てていく。
与えられる感覚に身を委ねながら、はアーサーと触れるだけの口付けを繰り返した。

「イ、キそう…っ」
「…っ、イケ…よ…っ」

深く唇を重ねると、埋め込まれた熱がより深く入り込んでくる。
何度も求める彼に内側から溶かされながら、は重なる体温に酔っていった。

「ぁっ、…ダ、メ…っぁあ!」
「…っ」

訪れた波に、は唇を震わせ、小さく掠れた声を出す。
自身を捕らえる彼女の内側に、何度か律動を続けたアーサーは、やがて彼女から身を離し、己の熱を吐き出した。



まどろみのような余韻の中、は抱き寄せるアーサーを見た。
情事の後でも、彼の香りは変わらず自分を包み込んでくれるようで、そのまま眠りに落ちたくなる。


「疲れたか?」
「…ん…」

気だるさの中、額に触れる彼の唇と、頬にかかった髪を払う手が気持ちいい。
その感触に導かれるように、はゆっくりと瞼を伏せた。



「おやすみ」


沈みゆく意識の中、彼のそんな声を聞いた気がした。









草薙五城さんへの誕生日プレゼントで、アーサーのR18でございやした!
ラブラブ度は、結構ある・・・はず・・・。
当初、上手く乙女スイッチが入らず試行錯誤していたのですが、献上予定日の数日前にやっとスイッチが入りました。いやーヨカッタ。うん。
その後、友人に客観的意見をいただきつつ、大急ぎで加筆修正しました。

R18はかなり久しぶりなので、頑張りました。はい!
そんな品でございまして、五城さん、受け取ってください!はい、構えて! いきますよ〜?・・・ダリャー!!
2008.10.26 Rika
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