小説目次 
城下町に程近い草原の上に立つ、一軒の豪邸。真っ白い壁は汚れを知らず、太陽の光を反射し、より美しさを強調している。屋根の色は赤だが、下品になり過ぎない落ち着いた色の赤。屋敷を取り囲むように柵があり、その柵の中では飼っている犬が自由に動き回っている。

ふと、何かに気付いた犬の一匹が尻尾を大きく振りながら、屋敷の玄関に向かって走って行った。仲間の行動に他の犬達は走って行った方向に視線を向け、彼等もそれに気付いて走り出す。


「ああ、今日も皆元気だね」


茶色の髪に青い瞳の男は、走り寄って来た犬の頭を撫でる。ハッハッ、と大きく息をする犬の尻尾は千切れんばかりに振られ、もっと撫でろ! と男に催促。しかし追いついて来た他の犬達が、お前ばかりに良い思いをさせてたまるかと、最初の犬を押しのけるようにして体をすべり込ませる。

男はそれに苦笑しながら、1匹1匹を確認しながら頭を撫でた。分け隔てなく、君達を大切にしているよ、と言わんばかりに。主人に撫でられた犬達は、ますます興奮し、もっともっとと体を押し付け、やがてその勢いに押された男は尻餅を付いてしまう。

──好機! そう言わんばかりに、犬達は男へと伸し掛かり、再び勢いに負けた男は、玄関先で大の字に寝転んでしまった。男に群がる、犬、犬、犬。顔中を舐めまわされ、手で犬達を制そうにも、上げた手までもベロベロと舐められてしまう。少し喋ろうと口を開こうものなら、望まないディープな口づけを犬と交わしてしまいそうだ。いや、実際交わしてしまったので、何も喋る事が出来ない。


「こちらに居らしたのね、お父さ……うわっ」


カツカツと靴音を鳴らし父親を探して屋敷内を歩きまわっていた娘は、犬に群がられる父を玄関先にて発見し、心配するよりも先に驚愕と気持ち悪さを覚えて声を上げてしまった。なんせ、犬まみれで父親の姿など、欠片も見えない。娘の声に気付いた父親は、助けを求めるように犬の中から涎まみれの手を上げ、どうにかして助けて欲しいと合図を送る。


「はい、皆、おすわり!」
「ぐえっ……」


娘は犬達に向かって手を2度叩き、大きな声で命令を下す。犬達は聞こえて来た命令通りにお座りをするのだが、なんせ父親に乗っかっている犬も居る為、犬は父親の上に乗っかったままでのお座り。命令後に聞こえた声の正体は、それである。


「あっ、ご、ごめんなさい、ジェネシスさん!」
「く……るし……」
「あああ、皆、ハウス!」
「ぐふぇっ」


聞こえて来た声に娘は慌てて父親──ジェネシス──に謝罪をし、犬達をどうにかしてジェネシスから退かそうと、再び命令をする。ハウス≠ヘ直ぐに犬小屋に戻れ、と言う命令だ。犬達はワン、と大きく一鳴きしてから、揃って犬小屋を目指して走る。主人であるジェネシスを容赦なく踏みつけて。残ったのは、玄関に大の字になっている、涎まみれのジェネシスのみ。


「だ、大丈夫ですか、ジェネシスさん!」
「……臭い……ベタベタする……」
「お風呂、お風呂沸いてますから!」
「……舌を舐められた……」
「舌を舐め……? え? 舌で、ではなく?」
「……何か、大事な物を奪われた気がする……」


ああ、犬とディープなチューしちゃったのか。寝転がったままのジェネシスに、哀れみの視線を送る娘────。呆然としたままのジェネシスに手を差し伸べようと近づいたのだが、『臭っ、獣臭っ』と思わず呟いてしまい、ジェネシスは仰向けからうつ伏せへと体制を変え、肩を震わせ始めた。彼もその方が臭いだろうに。


「ご、ごめんなさい! つい!」
「俺だって、好きで涎塗れになった訳じゃない……」
「ええ、わかってます! わかってますから! さあ、どうぞお風呂へ! バカリンゴ、剥いておきますから!」


遂にシクシクと泣き出してしまったジェネシス。は慌てて彼を慰める。しかし、その距離は全くと言って良い程近づいてはおらず、犬臭さには耐えられないとみた。話を早く進める為にも、さっさと風呂に入って欲しい彼女は、なんとかして早く風呂に行って貰う為に、バカリンゴと言う餌(大変失礼)で釣ってみる。


「風呂……入ってくる」
「行ってらっしゃいませ!」


バカリンゴで釣られてくれた! トボトボと風呂場へ向かうジェネシスの背中を見送りながら、は話が進む事に安堵し、約束であるバカリンゴを剥きにキッチンへと向かう。冷蔵庫には隙間なくギッチリとバカリンゴが詰められていて、開いた瞬間思わず『ひっ!』と悲鳴を上げてしまった。冷蔵庫の全てにバカリンゴ。1個2個ならともかく、冷蔵庫一杯に入っていると、色的に気持ちが悪い。

気を取り直し、ギッチリと詰められたバカリンゴを一つ取り出して、果物ナイフを使ってスルスルと皮を剥いていく。皮を剥いたバカリンゴを食べやすい大きさに切って皿に乗せ、ジェネシスが風呂から上がってくるのを待った。30分程後、湯上りぽっかぽかのジェネシスが風呂から戻り、の剥いたバカリンゴを食べながら本題を切り出す。


「あ、俺、再婚するから」
「突拍子もないですね! 確かに物語通りですけど! ……えーっと、お父様、それは本当なの?」
「本当だよ。に、新しいお義母さんと、お義姉さん2人が出来るんだ」
「まあ、嬉しい。お義母様とお義姉様に会うのが楽しみだわ!」


『勿論、亡くなったお母さんの事は今でも愛している』などと、ジェネシスは再婚するに当たってのフォローを入れるが、これはあくまで物語なので『あ、その辺りは別にいいです』とあっさり流し、当初の予定よりも押してしまった時間を少しでも詰めるべく物語を巻き始める。

娘へ再婚の告白をさっさと済ませ、直ぐに義理の母と姉2人との初対面を行う事に。昼食時に家に来る予定になっていた為、は普段は2人分しか作らない料理を5人分に増やし、その時を楽しみに待つ。ジェネシスはバカリンゴのスライスを2枚浮かべた紅茶を飲みながら、3人の到着を待っていた。


「邪魔をするよ」


チャイムを鳴らす訳でもなく、屋敷に入って来た女性。長い金髪に、青い切れ長の瞳。水色の上品なドレスを身に纏い、子供を2人産んでいるようには見えない体型。声を聞きつけ、ジェネシスとは出迎えようと玄関に向かう。そして、女性を一目見ると、目をまん丸にして言葉を失う。予想以上の出来栄えに、言葉が出なかったのだ。


「凄い……! ルーファウス様、女装が似合いますね!」
「その姿で街中を歩いても、誰も男だと思わないな」
「それ以前に神羅カンパニーの副社長だと、誰も思わないかと」
「何、金を掛けたら、誰でもこの位の変装は出来る。──例外もあるが」


元々、そんなに体型がガッチリしている訳ではないルーファウス。男を感じさせる肩幅と喉仏を隠せば、ちょっといかつい女性に見えなくもない。よくよく観察すると男だとわかるが、この話はただの物語である為、十分な出来栄えだった。

しかし、ルーファウスの言う例外とは? 軽く目配せした方に2人は視線を送り、今度は顔をヒクリと引きつらせる。ルーファウスの後から入って来たのは、女性と言うには無理がある、巨大な姉。元々髪が長いので、ルーファウスのようにカツラを必要としなかったのだろう。


「セ……フィロス、さん……」


全く隠す様子すら見せない、不機嫌丸出しのセフィロス。名前を呼んだを一瞥するが、直ぐに視線を外している。前回、桃太郎にて彼に美味しく頂かれ、そのままズルズルと恋人関係を結んでいるは、自分にはあまり見せる事のない不機嫌そうな顔に、どういう対応を示していいかわからない。対応がわからないからこそ、フォローの言葉も思いつかず、話をそのまま進めると言う手段しか取れなかった。


「あ、え、っと、お姉様……」
「……………………ああ」
「セフィロスさん、もう諦めてしまった方がいいですよ……」


セフィロスの後ろからひょっこり現れたのは、長女役のロベルト。彼はルーファウス同様にカツラを付けている。彼はもう既に諦めて割り切っているのか、セフィロスとは違い、苦笑を浮かべている。ちなみに、セフィロスのドレスは黒、ロベルトは灰色である。セフィロスはコートの色を、ロベルトは制服の色をそのままドレスの色として選んだのだろう。


「えっと、ルーファウスお義母様、ロベルトお義姉様、セフィロスお義姉様、ドーゾヨロシクオネガイシマス」
「若干棒読みになっているが、まあいいだろう。今日から宜しく頼む、
「宜しくお願いします、さん」
「……ああ」


配役、完全にミスってるだろ、今回も! 今回もあみだくじだったけど! 奇跡的に私は女役当たったけど! って言うか、なんで女ばっかりの物語を選択肢にぶち込んだ! は今迄考えないようにしていた不満・苦情が口に出掛かるが、なんとかそれを飲み込んで、3人をダイニングに誘う。ちなみに、セフィロスを見た瞬間にジェネシスは笑いを堪えきれず、背中を向けて声を殺してずっと笑い続けている。の顔の引きつりは、恐怖によるもの(失礼)だったが、ジェネシスは笑いを堪える事によるものだったようだ。

ダイニングに移動する時、笑われる事にイラッとしたのか、ジェネシスの頭を小突いて通り過ぎるセフィロス。痛いな、と文句を言いながらも、笑う事を止めないジェネシス。いや、止めないと言うよりも、笑いが止まらないからどうにも出来ないのだろう。彼も別に笑いたくて笑っている訳ではないのだ、多分。

ダイニングに入った5人は、を省きそれぞれ席に着く。は1人キッチンに向かい、作ってあった昼食をカートに乗せてダイニングへ。それに気付いたロベルトが席を立って手伝いを申し入れ、2人で昼食を移動させている。『本来ならばを苛めなければいけないのに、手伝ってどうするのだ』とツッコミを入れる者は、ここには居ない。

それぞれの前に昼食が並び、とロベルトが席に着いたので、『さあ、頂こうか』と言う段階になったのだが、予想もしない事が起きた。ルーファウスがテーブルの下に隠れているドレスの裾を巻き上げ、隠していた銃を出すとジェネシスに照準を合わせ、発砲したのだ。

ルーファウスの突然の行動に呆然とする。しかし直ぐに我に返り、慌てて撃たれたジェネシスを見ると、なんとフォークでそれを受け止めていた。こっちもこっちで色々凄い、って言うかフォーク強い! と再び呆然としている。


「酷いな」
「物語の進行上、君には死んで貰わなければ困る」
「死んで貰いたいと言う割に銃弾はゴムだなんて、矛盾していないか? そもそも、父親は病死だった筈だけど?」
「優秀なソルジャーを本当に殺してどうする。そもそもこの話に死因など、あってないようなものだ」


いやいや十分あるから、ありますから! 頭の中では冷静にツッコミを入れているのに、口には出せない。殺人と病死だと、天と地程違う! そう思っているのに、中々口に出せないのは、セフィロスもロベルトも、全くもって動じていないからだろう。彼等2人は、ルーファウスの行動を前もって知っていたのだろう。でなければ、多少なりとも動揺する筈だ。の心の声が聞こえたのか、ロベルトは苦笑。


「知らなかったよ」
「嘘だ! だって、全然……!」
「知らなかったけど、何かはするだろうな≠チて思っていたから。ああ、やったか£度の驚きだったし」
「驚こうよ! もっと驚こうよ!」
、落ち着け。埃が舞う」
「2人が落ち着き過ぎなんだよ!」


未だ嘗て、こんなに勢いよくツッコミを入れた事があったであろうか? と言う程には2人に対して声を荒げ、しょっぱなから話をめちゃくちゃにしているルーファウスとジェネシスを見た。が姉2人から父と義母に視線を再び移動させると、ルーファウスの撃った銃弾が刺さったままのフォークで肉を突き刺し、口に運ぶジェネシス。数回咀嚼して飲み込み、『中々いい肉だね。口の中で溶けたよ』と言った数秒後、椅子ごと後ろに倒れた。


「えっ、え、えええっ!? な、どした、どうしたんですか!?」
、さあ、葬儀の準備を」
「ルーファウスさん!?」
「お義母様、だろう? ああ、可哀想な。お父様を亡くし、さぞかし辛いでしょう。でも安心なさい、お義母様とお義姉様2人がお前を守りますからね」
「え、何この展開!? ってか、ジェネシスさん!? 大丈夫ですか!?」


は慌ててジェネシスに近寄り、息を確かめる。胸は上下に動て、きちんと呼吸をしている所を見ると、寝ているだけのようだ。本当に死んだ訳じゃなかった! は安堵し、しかし何故彼が突然倒れたのだろうと考える。ふと、影が出来たのに気付いて顔を上げると、ロベルトが肉料理を片付けていた。

え、私まだその肉食べてないのに! すっかり思考は倒れたジェネシスから高級牛肉にへと華麗に奪われているが、ロベルトは『下味として振り掛けた塩コショウに、宝条博士から貰った協力な睡眠薬が入っているから、口にしたらジェネシスさんみたいに倒れるよ』とあっさり暴露。確かに、肉の下味用にと渡された塩コショウ。後で自分も食べられるからとつまみ食いはしなかったので(正直、一口くらいならとは思っていたが、時間が押していたので食べなかった)がぶっ倒れる事はなかったのだが……。


「そんな危険物、下味用として渡さないでよ! 私も食べちゃう所だったじゃん!」
「だから、前もって手を付ける前に銃を撃ったんじゃないか」
「え。あれ、その為の銃撃だったの?」
「そうだよ」
「……他に方法なかったの……?」
「一番手っ取り早いだろう?」
「手っ取り早さで選んだの!?」
「って、ルーファウスさんが」
「ルーファウス様! もっと他に方法あったでしょう!?」


が立ち上がってルーファウスに抗議するが、彼はどこ吹く風、昼食と緒に出されていたワインを口にしている。セフィロスはと言えば、どこか詰まらなさそうに、サラダをフォークで突き、口へと運ぶ作業を行っている。駄目だコイツ等。は自分が物語りを矯正するのを諦め、なるようになーれ、と席に着き、パンを千切って一口。

落ち着いた彼女に、ルーファウスは満足気に一つ頷くと、キッチンに向かって手を叩く。いや、ここ、ルーファウス様の家じゃないから誰も来ないし、と横目で見ていたが、の予想に反して数名のメイドが現れ、メインの肉料理を持って来た。えっ、何時の間に!? 驚く彼女の前に肉料理が並べられ、香ばしい匂いとじゅうじゅうと焼ける音が食欲を刺激する。


「さあ、、食べなさい」
「あ、はい、頂きまーす。……美味しい! 凄く美味しい!」
「そうか、よかった。お父様が亡くなって一ヵ月経つが、君が元気になってくれて安心したよ」
「お父様が亡くなってから、さんは、食事もあまり手を付けていなかったですからね」
「俺の分の肉もやろうか?」
「え、この一瞬で、もうそんなに時間が経った設定なんですか? と言うか、全く苛められてる描写がない所か、寧ろ優しくされてるんですけど!? そしてセフィロスさん、そんなに食べられません」


知らない間に父親が死んで一ヵ月経っている設定になっていた。彼等の中では、自分が父親の突然の死に食事も満足に喉を通らない状況だったが、元気になってここに居る事になっているようだ。『ねえ、あなた。が元気になってよかったわね』とルーファウスが向けた視線の先、額縁が綺麗にくりぬかれ、セロハンテープで目を無理矢理開かされているジェネシスが中に。もう突っ込んでたまるかと、はひたすら肉を食べる事に集中。


「そうそう、お前達。王子様の花嫁探しの舞踏会が、来週城で行われるそうだ」


ロベルトとセフィロスの招待状の返事は、既にしてあると言う。は肉を食べながら話を聞いているが、ルーファウスに『、君は留守番だ。狼の群の中に、君を放り投げる訳にはいかないからね』と留守番を命じられたので、それを了承。ここで抵抗すると話が進まないので、後は妖精役の人に任せる事に。

その後は順調に話が進み、3人はを置いて舞踏会に出かけた。3人が出掛ける際、くれぐれも外に出ないように、赤い髪の不審者には近づかないように、近づいて来たらこれで容赦なく眉間を撃つ様にと言われ、『はい、お義母様』と素直に頷いておいた。


「舞踏会かぁ……。……どうしよう、行ってもカオスな状況しか思い浮かばないから、正直行きたくないんだけど……」
「行って貰わないと困るぞ、と」
「……ああ、レノさん……」
「妖精さんだぞ、と」


一人残された屋敷で、城のある方角を見ながら呟く。本来ならば行かなければいけないのだが、あの面子を想像するとどうしても行きたくはない。行きたいと思える方が不思議だ。そもそも、別に苛められている訳ではないので、この屋敷から逃げ出したいとも思わない。寧ろ、ここで3人と一緒に暮らしていた方が平和に思えてきた。

そこに現れたのが、妖精であるレノ。どこから現れたのかはわからないが、いつのまにかの隣に居た。はレノの姿を確認すると、ルーファウスから預かった銃を構え、眉間に照準を合わせる。レノが『え』と思う前に引き金を引くと、銃口から吸盤の付いた弓矢が飛び出、レノの額にペタリとくっついた。


「ちょ、突然何するんだよ」
「お義母様が、赤い髪の不審者が現れたら、この銃で眉間を撃ち抜きなさいと……」
「とんでもねぇお義母様だぞ、と。さあ、。舞踏会に行く準備を始めるぞ、と」
「……平和が、平和が一瞬にて崩される……」


遠い目をして呟いたにレノは苦笑しながら、魔法と称してメイドを集め、持って来た衣装に着替えさせる。ガラスの靴は、割れたら危険な為に細かいガラスを貼り付けた靴に変更。あっと言う間に着替えさせられたを担ぐと、既に用意してあった馬車へ放り投げる。


「レノさん乱暴!」
「んじゃ、城まで頼みまーす」


馭者に声を掛け扉を閉めると、レノは走り出した馬車に手を振る。きっと前回大変な思いをしたので、今回はさっさと終わらせてさっさと舞台上から消えたいようだ。実際、これでレノの出番は終わり。もう出て来る事はない。私も妖精役がよかったな、と思いながら、馬車に揺られる事数十分、城の門前に馬車は止まり、馭者が扉を開いてを馬車から下す。

出来ればあのまま屋敷で留守番していたかったと思いながら、舞踏会会場へと向かう。会場へと案内する為の使用人に連れられて会場の扉をくぐると、豪勢な会場が目に飛び込む。まず目に入ったのは巨大なシャンデリア。立食式のパーティだったのだろう、コの字型にテーブルが置いてあって、中央で皆踊るようだ。前回と違い、力の入れ方(金の掛け方とも言える)が凄い。

中には既に踊っている者も居て、王子を落とせなくても、ここで良い出会いを捕まえたいと言う人が居るのだろう。は会場内に入ると、適当に歩きまわってみる。遠くに銀髪長身が見えたので、そちらに行かないようにしながら。ふと、気付けば王子が座っている前まで来てしまったようで、顔を向けた先に立派な椅子に座っている王子と目があった。


「えーと、アンジール王子、ご機嫌よろしゅう?」
「……ああ」


キンキラキンの衣装を纏った王子、アンジール。いつものヒゲはそのままなので、随分ワイルドな王子の姿である。本人はシンプルで機能的な服を好むようだが、彼の好みとは間逆の衣装。パッと見、売れない芸人のようにも見えなくもない。

そんな王子の後ろに控えているのは、アンジールの執事・アーサー。イケメンの執事服姿は非常に様になっている。アンジールとアーサーが逆になっていても、結構いけるだろう。まあ、義母と義姉に比べれば、似合っていて当然と言える。寧ろ年齢的に、逆の方が良いと言うか……。


「アンジール王子、あちらのお嬢さんと踊って来てはいかがでしょう?」
「……俺の代わりに、アーサーが踊って来てくれ」
「俺──私がアンジール王子の代わりになる訳がございません。さあ、行ってらっしゃいませ」


アンジールの希望をあっさり切り捨てるアーサーは、冷静な執事そのものだろう。アンジールがこの役を引き当てた時、ジェネシスが『俺、その役がよかった……』と小一時間ブツブツ言っていたが、物語の進行だけを考えるなら、あっさり先に進んでくれそうなアンジールで良かったとも言える。最初で時間を取られたが。

諦めたように椅子から立ち上がると、に手を差し出すアンジール。何を言う訳でもない、ダンスの誘い。もまた、何も言わずに手を乗せて、ダンスフロアに移動。王子が動き出したと言う事で皆の注目が集まり、演技とは言え徐々に緊張し始めた。


「……所で、君は踊れるか?」
「まさか」
「さて、どうするか……」


ダンスフロアに移動したのはいいが、2人共舞踏会で踊るような踊りなど知らない。この物語を始める前に習えばよかったのだが、2人共仕事で忙しい為、そんな時間を取る事が出来なかった。困り果てた2人が、まあなんとか適当にくるくる回っておけばいいか、と思い始めた時、今迄会場に流れていた曲が変わった。


「ん?」
「え? え〜……」


聞いた事のある音楽。昔、習った事のあるダンス。確かに踊れる、踊れるが、この選曲はどうだろう、誰が決めたのだろう。曲調が大きく変わった事には戸惑い、辺りを見回すと、王子の座っていた椅子の隣に立ったままのアーサーが2人を見て親指を立てている。君か、君が変えたのか。


「……これなら、まあ、なんとか踊れない事もないが……」
「ええ、私も踊れない事もないですが……どうなんでしょうね」
「取り敢えず、踊ってみるか」
「踊り辛い事この上ない衣装ですが」


正面に立っていた2人は、中央部分からフロアの端へと移動。立ち位置も正面から横並びとなり、顔を見合わせて頷いてから曲に合わせて踊りだす。会場の困惑した空気は、まさかの王子と主人公が踊りだすと言う事態にますます困惑し、誰も動けない状況へと代わった。


「足が縺れそうです……!」
「頑張れ」
「ドレスが、ドレスが引っかかる!」
「頑張れ」
「アーサー、なんで、なんでマイムマイムなんか選曲したんだ……!」


舞踏会にこれはないでしょう! はアーサーを睨み付けるべく彼の居た場所を見ると、顔を背けて肩を震わせ口元を覆う姿を発見。あいつ、笑ってやがる! の視線に気付いたのか、彼は姿勢を正して小さく咳払いし、真顔に戻る。唇の端が若干震えているから、笑っているのは確実だ。こっちが必死に踊っているのに! と、は憤慨し、アンジールから離れてアーサーの元へ向かうと、驚く彼の手を引いて再び戻って来た。


「巻き込まれてしまえ! マイムマイムに巻き込まれてしまえ!」


アンジールとに囲まれたアーサーは、様子を見ていた会場の者達からの拍手と口笛に逃げる事は不可能だと悟ったのか、黙って一緒に踊りだす。王子と貴族のような娘、そして執事を見て自分達も参加しようと思ったのか、最初は遠巻きに見ていた者達も輪に加わって踊り始めた。いつしか輪は大きくなり、フロアを一周出来る程に。


「……なんだコレ」


一周半した辺りで思わず呟いてしまった。アンジールもアーサーも吹っ切れたのか無心になっているのか黙って踊っているようだが、遅れて会場に来た人が見れば『一体何事!?』と言ってしまうだろう光景。会場は、マイムマイムの熱気に包まれている。丁度半周した辺りで見かけたルーファウスは堪えきれずに笑い、セフィロス、ロベルトは呆れた表情を見せていた。アーサーはロベルトも巻き込みたかったようだが、距離が離れていた為に断念した様子。

本当、何周すれば終わるんだろう、これ。そう思って時計を見ると、時間はもう既に12時5分前になっている。後少しでこの儀式は終わる! は残りの5分を早く感じさせるべく、先程よりも力を入れて踊りだす。ジャンプは軽やかに、移動は美しく、かつ素早く。

しかし、元々事務の仕事をしている彼女は、他の者達よりも体力は劣っている。故に、たった5分でも全力で踊れば、ヘトヘトになる訳で。12時を知らせる鐘が鳴り始めた時、肩で息をし、目も虚ろになっているは、走って会場から逃げる事が出来ない状態になっていた。


「おい、鐘が鳴っているぞ」
「聞こえて、ます……」
「ドレス、消えるんじゃなかったのか?」
「そうですね……レノさんから……その説明は一切なかったんですけど……」
「……行かなくて、いいのか?」
「……マイムマイムに……全力を使い果たしました……」


アンジールに小声で問われたので、切れ切れの言葉で返事をすると、呆れた空気が2人から感じられた。本当にこの衣装が神羅カンパニーの力で消えるドレスとして作られていたとしたら、一瞬で下着だけの格好になってしまうだろう。なんせ、魔法でドレスを変えたのではなく、持ってきたドレスに着替えただけなのだから。

6回目の鐘が鳴り始めた時、踊っていた彼等を掻き分け、3人に近づいて来る人物が1人。彼が近づいて来た時にアンジールとアーサーは揃って小さく噴出したが、慌てて表情を戻す。


「セフィ、ロス、義姉様……」
「家で留守番しているようにと言われただろう」
「レノさんに、無理矢理、馬車に押し込まれました」
「あいつは……」


の腕を掴んで引き集団から少し離れさせると、セフィロスはを横抱きにする。そして黒いドレスのままで颯爽と彼等から離れ、玄関へと続くドアへ向かう。2人の後には義母と義姉が付いて来て、4人は城を出て行った。は走って逃げていないので、靴を履いたまま。アンジールがへ繋がるヒントがなくなってしまった。


「アンジール王子、どうします? ……あの娘を探しますか?」
「いや……。探す必要はないだろう」
「話が終わりませんが」
「あの3人が家族になった時点で、話は終わっているだろう」


アンジールは曲を止めさせ、席へと戻る。アーサーもまた輪の中から抜け出し、アンジールと共に最初の位置へ。一息吐いて思い出すのは、姿を消した4人の事。当初のシンデレラの予定よりも大幅に変わってしまっている話を、王子様と結婚しました、めでたしめでたしで締める事など、最初から不可能だったのだ。


「……この話の終わりは、王子に見初められたでしたが、家族と離れがたいと王子の求婚を断り、家族4人で幸せにくらしました≠セ」


綺麗に終わらせたアンジールに、アーサーは本当にいいのだろうか? と考えるのだが、前回もこんな感じで終わっていた気がすると思い返し、『まあいいか』と勝手に納得。懐から通信機を取り出し、『物語が終了しました』と連絡を入れると、ノイズ混じりの声で『お疲れ様でした』と一言。

懐に通信機を仕舞い直し、会場に居るエキストラの面々に話が終了したと告げると、会場に割れんばかりの拍手が鳴り響く。出て行ってしまった4人も、物語終了の連絡を受けて戻ってくるだろうと会場のドアを暫く見ていたが、中々戻って来ない。


「……もう屋敷に戻ったのか?」


アーサーの疑問に誰も答える事はなく、打ち上げと称してご馳走が次々と運ばれて来る。連絡を受けて戻ってくるだろうと彼は考えながら、今回の物語に協力してくれた同級生達エキストラに礼を言うべく、アンジール達の元を離れた──。
「えっ、これで終わり!?」 「うむ。どうやら終わったようだ」 「こんな終わり方でいいんですか、ルーファウスさん」 「撮り直すのも面倒だから、良しとしておけ」




● HappyBirthday to Rikaさん ● Rikaさん、お誕生日おめでとうございます!
再び、また押し付けさせて頂きます!
今回もあみだくじで……前回は物語だけ自分で決めて、キャストはあみだくじだったのですが、今回は物語もキャストもあみだくじで決めてみました。
見事主人公をゲットしたのですが……面子が面子ゆえに、カオスな物語になりました……。
今回も、息子さんであるアーサーとロベルトをお借りしたのですが、まさかの義姉役にロベルトでした。いえ、あみだなので、何になるかはわからなかったのですがね。
物語を書いてて、ふと、私服のアンジールを想像したんですけど、アンジールの私服って想像出来ないですよね!(私だけですかね)
こうして毎年Rikaさんのお誕生日をこっそりお祝い出来る事を、嬉しく思います。
これからも、宜しくお願い致します!

2014.01/16 草薙 五城


五城さんより、2014年の誕生日プレゼントにいただきました(^ω^)
感想はメールにてお伝えしましたので、こちらでは割愛をば。
五城さん、素敵な夢をどうもありがとうございます!
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