小説目次 

昔々のそのまた昔、都から遠く離れて山を2つ越えて川を三つ渡った先に小さな村があり、その外れにある老夫婦が暮らしている。大層働き者の老夫婦は子供に恵まれず、小さく狭い家で2人きりで暮らしていた。

若い頃はお爺さんの浮気に悩まされて来たお婆さんも、年齢の所為で相手をしてくれる女性が居なくなった為に悩みがなくなり、そのお爺さんは散在癖のあるお 婆さんに悩まされていたが、加齢の所為か足腰が弱った為、簡単に買い物に出掛ける事が出来なくなったお婆さんは散財する事もなくなって、2人共この年で やっと慎ましやかな生活を送れるようになったのだ。


「…………アンジール爺さん、朝食も食べ終わった事ですし、仕事に行きませんか」
「…………ああ、そうだな、ツォン婆さん」


板張りの床に座布団を敷き、囲炉裏を囲む老夫婦。ボロボロの着物を身に纏っているツォンは、酷く疲れたような顔をして正面に居るアンジールに声を掛けた。 そのアンジールもまた酷く疲れた顔をしてツォンを見た後、あからさまに視線を外して返事。そんなアンジールの姿もボロボロの着物を着ていて、頭には頭巾を 被っている。

だが仕事に行こうと言ったツォンも、それに肯定の返事をしたアンジールも立ち上がろうとはせず、ほぼ同時に湯飲みに手を伸ばして、すっかり温くなってし まったお茶を一気に飲み干した。別に2人共喉が渇いていた訳ではない。色々と受け入れ難いこの現状を、茶を飲む事によって受け入れようとしたのだ。


「……今更だが、配役の変更を申し出ないか……?」


往生際が悪いと言うのはこう言う事なのか、アンジールがツォンの顔色を伺うようにして提案する。それぞれの衣装を着て、既に始めてしまっているのに、本当 に今更としか言いようのない提案。ツォンは少し眉を顰めて溜息を吐いた。自分の演じる役柄よりも、彼の配役の方がまだマシだと言うのに。


「決める前に一筆書いたでしょう? どんな役柄が当たったとしてもアミダクジで平等に役柄を決める以上は、役柄の変更はしない≠ニ」
「しかし……」
「ルーファウス様ですら、与えられた役柄に文句も言わなかったのですから諦めて下さい。もう1度やり直します。──アンジール爺さん、朝食も食べ終わった事ですし、仕事に行きませんか=v
「……納得はいかないが……。そうだな、ツォン婆さん」


アンジールは苦い顔をして立ち上がり、腰をトントンと叩いてから柴刈りに行こうと薪を拾う道具を取ろうとするが、道具を取る寸前にツォンが素早く柴刈りの 道具を掠め取る。あまりの素早さにソルジャーであるアンジールでも反応する事が出来ず、奪われた道具に視線を送ってから、道具を手に持つツォンを見た。


「今日はアンジール爺さんが川へ洗濯に行って下さい。柴刈りは私が」
「ちょっと待て、ツォン。それじゃ展開が違ってしまう」
「アドリブです。いいから、柴刈りは私に任せて下さい」
「しかし……」
「人間1人入った桃を、ソルジャーでもない私が川から持って来られるとでも?」
「言ってしまうのか、それを。……まあ、確かに……重たいかもしれんが……。仕方ない、俺が洗濯に行こう」


先の展開を知っていて、ツォンは巨大な桃を持って帰らなければならない川での洗濯ではなく柴刈りを選び、アンジールは確かに巨大な桃を持ってくるのは大変 だろうと、川で洗濯をする事にした。溜まった洗い物の桶を脇に抱え、ツォンと共に家を出るアンジール。途中の道まで共に歩き、ツォンは山へ、アンジールは 川へと続く分かれ道に差し掛かる。


「では、私はこちらに。くれぐれも、川に落ちるなどと言うベタなボケをしないようにご注意下さい」
「ザックスでもあるまいし、そんなマヌケな事はしない。山にはモンスターが居る可能性があるから、気をつけるんだぞ」
「モンスターは……どうだろうとは思いますが、一応は気をつけます」


それぞれの目的地へと向かう為に二手に別れると、アンジールはツォンと共に歩いている時よりもスピードを上げ、いつもと違う風景を楽しみながら暫く歩いた。ツォンと別れてから10分程で水の匂いがし、川のせせらぎが聞こえてくる。

やっと到着した所で今迄の距離を大まかに測ってみると、家から川までは中々の距離がある。料理をするのも洗濯をするのも、この距離だと結構な重労働だろう。その内時間を見つけて川から家まで水を引いてこようと考えながら川の畔に腰を下ろした。

桶に入った洗濯物を1度出して川の水を入れ、洗濯物と一緒に入っていた灰の上澄み液を水に入れる。水をよく混ぜてから、洗濯物を1枚1枚手で洗うのだが……。


ビリッ
「力を入れ過ぎたな……気をつけなければ」
ビリッ
「まだ強いのか……」
ビリビリビリッ
「……力加減と言うよりも、布が弱いのではないか?」
バリッビリビリッ
「…………ツォンは一体、今迄どうやって洗っているんだ」


アンジールは既にただの端切れとなった着物を見て、これを今迄破れる事なく洗っていたツォンに対し、尊敬の念を覚える。そして同時に思う、新しい服を買っ てやろう、と。こんなに簡単に破れるような服では、安心して着られまい。これが芝居である事を忘れ、服を買ってやろうと本気で考えるアンジール。

ツォンは生地を擦り合わせて手洗いをしているアンジールとは違って踏み洗いをしていた(設定)ので、ここまで生地がボロボロになる事はなかったのだろう。 しかし、これを持って帰ったら、確実に怒られるのではないだろうか。切れ端になった布切れを見て、アンジールは少し考えてから、ワザとらしく川に端切れを 投げ捨てる。


「おっと、風に飛ばされてしまった」


遠ざかっていく切れ端を見ながら言い訳をするように呟くと、気を取り直して残りの着物を洗い始める。今度は破らないように、擦るのではなく桶の底に押し付 けるようにして。しかし、やはり彼には力加減が難しいのか、バキッと言う音と共に桶の底が抜けてしまった。駄目だ、もうこれは完全に怒られる。洗濯すら出 来ない状態になってしまった桶に、アンジールは洗濯を諦めて川上から桃が流れて来るのを待つ事にした。何もしない方が良いと言う判断を出したのだ。

洗濯を諦めた後で10分程待っていると、川上から巨大な桃が流れて来る。人間が1人体育座りをして入れる程の大きさの桃が。アンジールはなんとか桃を川か ら取り出し、そっと地面に置いた。原作では赤ん坊が入っていた為、大きさも重さも老婆が持てる程度だっただろうが、今回は違う。その辺りをショートカット するべく、既に大人になった設定なのだ。


「幾ら俺でも、これだけ大きければ持っていくのは大変だな。──聞こえるか?」


アンジールは桃に手を当てながら中に向かって話しかけると、中からくぐもった返事が聞こえて来る。中の人が聞こえているとわかった彼は、ある事を指示。中 の人は暫く考えてから、アンジールの言葉を実行。少し時間は掛かったが何とか望む形になったので、家路に着く事にした。壊れた桶と、洗った物、洗っていな い洗濯物を持って。




◇   ◇   ◇




「ただいま。先に戻っていたのか、ツォン……婆さん」
「はい。アンジール爺さん程の量にはなりませんでしたが、柴は刈れました」
「所でツォン婆さん。洗濯中に川上から巨大な桃が流れて来て、それを拾ったから、夕食後にでも食べるとしよう」


アンジールの背後から現れたのは、巨大な桃。桃なのだが、桃の下部から足が生えていて、自立している桃。ツォンは桃を見た瞬間、驚愕に目を見開いてからすぐさま懐から愛用の銃を取り出して桃に照準を合わせ、1発打ち込んだ。

咄嗟の事にアンジールは止める事が出来ず、慌てて桃を振り返る。ツォンの撃った弾は桃を貫通したようで、桃の左側に小さな穴が開き、そこから瑞々しい果汁が零れ落ちて来ている。暫く待っても赤い液体が流れ出て来ない所を見ると、中の人は無事なのだろう。


「ツォン……婆さん! 行き成り撃つとは何事だ!」
「アンジール爺さん、足の生えた桃など、この世界にある筈もありません。今、ここで処分しましょう。タークスの未来の為にも」
「ちょっと待て、前半は兎も角として、後半は明らかに私情が入っているだろう! 取り敢えず銃を下ろせ、と言うか仕舞え! 寧ろ何故持って来た!」


巨大な桃を撃とうとするツォンをなんとかアンジールは宥め、桃を室内の真ん中に置く事に成功。アンジールは内心、ツォンが洗濯に行っていた場合は、川上か ら流れて来た時点で処理されていそうだったから仕事の交換は正しかったようだと、自分が桃を持ち帰る事が出来た事に安堵。桃の中の人もまた、当初ツォンが 自分を持ち帰る筈だったのだが、アンジールでよかったと心底考えていた。

2人が安堵している間にも、ツォンは包丁ではなく庭から巨大な斧を持って来て、桃を頭から真っ二つにする事を考えていたが、中の人は嫌な予感を感じたのだろう。内側から桃を掻き分け、突き破るようにして桃から脱出した。全身を桃の果汁だらけにしながら、


「おぎゃあだぞ、と」


生まれて来た。頭からかち割る予定だったのに勘の良い奴だと、ツォンは舌打ちして斧を裏庭へと戻しに行く。アンジールは『まだ何か企んでいたのか』とツォ ンの背中を見送ってから、桃から生まれて来た赤毛のタークスに『桃から生まれたからレノ太郎と名付けよう』と話を勝手に進めていた。


「あっぶねーなぁ、ツォンさん。俺を殺す気かよ」
「確実に狙っていただろうな……」
「俺を殺すなんて、タークスにはデカい損害だぞ、と」
「……そうか?」


レノを失ってもタークスはちゃんと機能するのではないだろうかと、アンジールはおぼろげな記憶ながらも、あまり接触する事のないタークスの面々1人1人の 顔と名前と特徴を思い出し、レノを失ってもそこまで大きい損害ではない気がすると自意識過剰な男を見れば、ジトリとした目つきでアンジールを睨んでいる。 自称優秀なタークスであるレノは、アンジールの自分への評価が気に入らなかった様子。

クラスが分かれているソルジャーとは違い、タークスにはクラス分けがない。クラスで分けられているなら、階級を聞けば『優秀なんだな』と思うだろうが、新人と主任以外は皆一絡げ扱いされてしまうのだ。

余分な会話を挟んだが故に2人の間に妙な空気が流れ出してしまったが、そんな空気を変えるように部屋に戻って来たツォンは、唐突に布の袋に入った何かをレノに渡す。何コレ、とレノが尋ねると、きび団子、との短い返事。


「え、まさか、少しも休まずに俺に鬼退治に行かせるつもりですか?」
「行ってらっしゃい、レノ太郎。くれぐれも気をつけるんですよ=v
「ツォンさん、すげぇ棒読みだぞ、と」
「まあ、結局出発する事には変わりないから、気をつけて行って来るんだぞ、レノ太郎」
「……マジかよ。まあ、行くけど……。ツォンさん、このきび団子、毒とか入ってませんよね?」
「何を言うのですか、レノ太郎。そんな事は──」
「話の流れ的に俺は1個も食いませんよ、と」


レノの言葉にツォンはきび団子の入った袋を奪取すると、別の袋を持って来てレノに手渡した。やっぱり何か仕込んでたのかよ! と内心突っ込みを入れる2人。このままここに居るとツォンさんに殺されるかも知れない、とレノは慌てて家を飛び出した。鬼退治に出発と言うよりも、鬼退治 に行かされるような心境で。


「俺、ツォンさんに何かしたっけ……?」


レノは自分の仕出かした事が彼の逆鱗に触れたのではないか、と考えながら歩いているが、ツォンを怒らせるのはいつもの事なので、どれに対して怒っているの かが全くわからない。全てをひっくるめてのあの行動の可能性もあるが、取り敢えずコレが終わったらツォンの好きな酒でも差し入れるかと、ご機嫌取りを考え ながら歩く。アンジールとツォンの場所で随分時間を食ってしまったようなので、ここからはサクサク話を進めて行こう、とも考えながら。


「レノ太郎、 遅かったじゃん。待ってる間に腹減ったから、そのきび団子くれよ!」
「ああ、子犬のザックス。お前、配役のくじ引くまでもなかったんじゃないか? ま、きび団子をやっていいけど、鬼退治に付いてくるんだぞ、と」


レノに話し掛けたのは、空腹を堪えていた犬のザックス。全身を紺色のタイツで包み、頭には犬耳を付け、鼻を茶色に塗り、尻には尾を付けている。ザックスは レノにきび団子を貰う代わりに鬼退治に付いて行くと言い、レノは快くきび団子をザックスに手渡した。ザックスはきび団子を食べ終えると、歩き出したレノに 後ろを付いて歩く。時折、レノと共に木に向けてマーキングと言う名の立ちションをしながら。

30分程歩いた頃だろうか、歩く2人の背後から人の気配と共に酷い威圧感を感じる。レノとザックスは振り返らず、横目で視線を交わす。『これ、振り返った ら拙くね?』『拙い』『でも振り返らないと拙いよな』『拙い』と視線で会話し、何事もなかったかのように通り過ぎようとしたのだが、後ろから声を掛けられ てしまった。


「おい、そこの赤いの」
「赤いの……って、俺の事かぁ?」
「っ、ぶはっ!!」
「……おぉ、シュールな格好してるな、英雄」


レノとザックスが振り返った先には、ザックスとは色違いの全身茶色いタイツを着て大きな耳を付け、長い尾を引き摺り、尻が赤くなっている神羅の英雄・セ フィロスの姿があった。同時に振り向いた瞬間、ザックスは思わず吹き出し、レノはここで笑ったら自分が成敗される気がして、腹の中で大笑いしながらも必死 で堪えた。


「笑うなザックス。……腹が減っている、きび団子を寄越せ」
「きび団子をやる代わりに、鬼退治に付いて来るんだぞ、と」
「ああ」


視線をブレさせる事でセフィロスを直視する事を避けて笑いを堪えきったレノは、セフィロスの手にきび団子を乗せてやる。与えられたきび団子をヒョイと口の中に入れるセフィロスだが、あまり美味しくなかったのか少し顔を顰めるものの、直ぐに無表情に。

食べ終わった後、『行くぞ』と声を掛け、レノとザックスを置いてさっさと先へ進んでしまうセフィロス。あれ、一応この話は俺が主役じゃね? と思うのだが、英雄である男ににそれを言う勇気はなく、黙って後を付いていくレノ。ザックスもセフィロスの背中を指しながら『いいの?』と聞いているが、 『いい』と言う他に答えはない。セフィロスが桃太郎だったならば、供など必要なく、1人で鬼退治に行っただろうに。

前を歩くセフィロスの後を追いかけながら暫く歩くと、再び背後から声が掛けられた。振り返ると、全身を羽毛で覆われ、口には鋭い嘴を付けたジェネシスの姿 が。振り返ったレノはセフィロスの時同様に吹き出すのを堪えたが、ザックスは今回も遠慮もなく盛大に吹き出し、セフィロスは小さく噴出した。


「酷いな、笑うなんて。大体、子犬のザックスも、セフィロスも、俺からしたら笑える姿だけど……?」
「お前には負ける」
「ってか、俺達の衣装より手が込んでるじゃん! なんかズルっこい!」
「最初はもっとシンプルだったけど、自費で作り直したんだよ」
「……コレ、そこまでする事かぁ?」


確かにアンジールを始め、英雄であるセフィロスまで衣装はどこか手抜き感があったが、ジェネシスの衣装は羽毛も1本1本丁寧に貼り付けられており、一際目 を引く衣装である。最初用意されていた衣装を着ずに自分で用意すると言うのは、どれだけこの話に入れ込んでいるやら。そんなに価値のある話でもないだろう と、レノは呆れ混じりに言うが、ジェネシスはそんなレノの言葉を無視し、他2人同様きび団子を求める。


「レノ太郎、神聖なる供え物を俺に一つくれないか?」
「神聖なる供え物ってなんだよ」
「君の腰に付けた、団子」
「普通にきび団子って言わないとわかんないぞ、と。ほら」


ジェネシスは嘴で突く真似をして団子を口の中に入れる。セフィロス同様少し顔を顰めたが『良薬口に苦し』と使い方が全く違う感想を言ってから、『さあ、共 に汚れし者達の浄化に行こう』と3人に背中を向けた。セフィロスはそんなジェネシスに呆れて肩を竦めつつも共に歩き、ザックスもまた後に続く。

あれ、これ、俺必要かぁ? クラス1stのソルジャーが2人と、2ndのソルジャーが1人居れば……いや、供である猿のセフィロスだけでも鬼退治出来るのではないだろうか? 自分の存在意義が見出せぬまま、レノは3匹のお供と共に鬼ヶ島へと向かうべく、浜辺にあった誰の物かもわからない舟を借りて、海へと繰り出した──。




◇   ◇   ◇




「……そろそろ覚悟を決めて出て来た方がいいんじゃないかい? もう直ぐ、来るみたいだし」
「確かに少し露出が多いかもしれないが、水着だと思えば恥ずかしくないだろ」


鬼ヶ島にある洞窟内に隠れてしまって、出て来る気配のない赤鬼・に必死に呼びかける青鬼・ロベルトと黄鬼・アーサー。レノのお供の3匹とは違い、 鬼の格好は全身タイツではなく、髪をその色に染めているだけなので、普通に青い髪のロベルト、黄色の髪のアーサーである。ただし彼等は半裸で、鬼が履く虎 のパンツを履いていて、頭には牛のような角。

この中で唯一女性なは、髪を赤く染めた上に虎柄のビキニ。鬼ヶ島は周りを海に囲まれた島で、バカンスには丁度いい気候。故に半裸や水着でも寒くは ないが、いつも着ている水着より生地の面積が少ない。しかも、ラメが入っていてキラッキラの水着。彼女が洞窟から出て来るのを嫌がる1番の理由がこれだ。


「うぅ……なんで私が鬼に……」
「アミダクジの結果だから仕方ないだろ」
「僕達だって半裸なんだから、胸を隠す布があるだけの方がましでしょ?」
「ロベルト……まさか、上も付けたいのか?」
「何言ってるんだい、そんな訳ないだろう」


驚きの表情で見て来るアーサーを、どこか呆れた顔で見返すロベルト。誰も自分が着たいなんて事を一言も言っていないのに、どこか天然が入っている彼の脳内 は、一体今の情報をどう処理してそうなったのか。小さく溜息を吐いて視線を洞窟に戻すと、中からチラチラとこちらを覗き見ているの姿が。


「覚悟は出来たか?」
「……あまり出来てないけど……出ないとどうしようもないよね」
「そうだね、じゃあ、あっちに行こうか」
「うん……。うー、恥ずかしい……いやだぁー……」


2人の説得が功を奏し、やっと洞窟から出て来た。彼女はアーサーやロベルトが通う士官学校の事務をしている。なので普段はきっちり服を着込んでいるから、露出が少ない。そんな彼女のいつもならば見る事の出来ない胸の谷間やクビレや腿が露になり、ついそちらに目が行ってしまいそうになる。

なんとか視線を彼女の頭頂部に持っていく事で誤魔化し、3人は島の海辺にビーチパラソルで日陰を作って机と椅子を置き、豪華にシャンパンを飲んでいる緑鬼 の所へ。緑鬼のルーファウスは、何故かバスローブを羽織ってシャンパングラスを片手に、つまみのチーズを食べている。一体どこから持って来たのかわからな い一式は、ツォン辺りにでも事前に用意させたのであろう。


「おや、やっと来たか」
「遅れてごめんなさい……」
「……ふむ。もっと過激な衣装もあったが、君には1番地味でシンプルな物を選んで正解だったようだな」
「これ以上!? って、これが1番地味だったんですか!?」


一体他にどんな衣装を用意させたのかと、地味だと言うがこの衣装でよかったと、は心底安堵する。もし持って来た衣装の布面積がもっと小さいかったなら、桃太郎との立ち回りの時にポロリしてしまう可能性があった。いや、ポロリと言うよりも、ボロリと出てしまうかも知れない。流石にそれは洒落にならない展開だ、話的にもこれからのの人生的にも。


「無論、だけではなく、私達の分もあったが」
「「 これで十分です 」」
「そうだな。女性の前でシンボルを露出する可能性があるものを着用するのは、聊か気が引ける」


聊か所の話ではないが、あまり突っ込まないようにしておこう、相手は神羅の副社長だし。3人は視線も合わせず、左右から聞こえる呼吸の音だけでそれぞれの気持ちを察し、見事に揃って頷いた後、これから始まる戦いの為に準備を始める。

ただ、準備を始めたとしても、相手はクラス1stと2ndのソルジャーにタークス。士官学校の生徒2人と、士官学校事務の、そして神羅カンパニーの副社長が束になっても適う訳もない。寧ろ彼等が島に来た時点で降参しようと、辺りは本気で考えている。

ふと、先程まで聞こえなかった音が耳に入り、辺りを確かめている。彼女がキョロキョロしているので、アーサーとロベルトが気になって問うと、何かバサバサと音が聞こえる、との返事。3人も揃って耳を澄ませば、確かに大きな鳥が近くで羽ばたくような音が聞こえるではないか。


「この音、どこから……」
「やあ」
「ひっ!?」
「うおっ!?」
「うわぁ……」
「ふむ」


上空から突如降って来たジェネシスを見て、思わず引き攣ったような悲鳴を上げる。驚いたのは勿論だけではないのだが、ジェネシスが降り 立った場所が丁度アーサーの影になっていたロベルトは、どこかから舞い降りて来たジェネシスへの驚きよりも、彼の衣装の奇抜さに目が行き、驚きよりも呆れ の方が強い。ルーファウスはと言えば、用意された衣装ではなく、自前の衣装を着ているジェネシスに『そこまでするのか』と感嘆している。


「鬼退治に来たよ」
「ああ、そうらしいな」
「随分落ち着いてるね、副社長」
「君達に適うなど、最初から思ってはいない」
「賢い選択だよ」
「どうだろう? 私達を倒すと言う選択肢の他に、和平≠ニ言うのも選択肢に入れてみないか?」


ルーファウスの提案に、脚本とは言え戦う事になるだろうと思っていたアーサー、ロベルト、は目を丸くして彼を見る。実はこの脚本、原作の大まかな内容を書いてはあるが、詳しいセリフを書いてはいない。つまり『1:爺・婆、仕事に行く。2:婆、川で桃を拾う。3:桃から桃太郎生まれる』などと言う、箇条書きなのだ。

セリフは1人1人、記憶にある原作から引っ張って来ているので、ツォンの時のように、時折酷いアドリブが混ざる事がある。今のこれも、ルーファウスなりのアドリブなのだろう。なのだろうが、まさか鬼が和平を申し込むとは。


「ちょっと待ってて。俺だけじゃ判断出来ないから、3人に聞いて来るよ」
「ああ。前向きに検討してくれたまえ」


ジェネシスは翼をはためかせて空に戻って行くと、海の向こうへと消えて行く。鬼達には舟が見えないので、まだ近くに居る訳ではないのだろう。ジェネシスの 姿が全く見えなくなるまで見送ってから、ルーファウスに誘われて、3人はひとまず落ち着こうと何か飲む事にした。一体どこにあったのか、ルーファウスが次 から次へと出す飲み物や食べ物。

最初は珍味やチーズ、軽く摘める物を次々と出していたが、遂にはオードブルまでも出し始めた。テーブルの上が宴会っぽくなって来たぞ? と言う辺りで、遠くから誰かの声が聞こえる。声の方へと目を凝らせば、島に近づいて来る小さな船。その舟の上に居る人物が大きく手を振っている。あの面子 の中であれだけ元気に手を振るのは、ザックスだろう。

4人が舟を見つけてから、30分程で舟は島に到着。観光地などの湖にある、カップルが乗っていそうな小型ボートに4人。よく乗れたな!? と言う突っ込みは心の中にしまっておいて、自分達を倒しに来たと言う4人を迎え入れる。ジェネシスが来た辺りから、いや、もっと前からルーファウスのター ンなので全て彼に任せようと、3人は口を挟まずにいる事を決めながら。


「ルーファウス」
「緑鬼だ」
「……緑鬼、和平の提案を持ちかけたらしいが、どういうつもりだ?」
「そのままの意味さ。君達は鬼である私達を退治しに来たそうだが、何年も前から我々は人の世に関わらず、ここで平和に暮らしている。それは何故だかわかるかな?」
「えっと、そう言えば、ここに来るまで、鬼が町に現れたって話は聞かなかったよな」
「……ぱっと見た感じ、この島に酒や食いもん売ってる店はなさそうだぞ、と」
「何、簡単な話だ。君達は海の底の臼≠知っているかな」


ルーファウスの投げかけた疑問を正しく理解出来たのはだけだったようで、他の面々は不思議そうな顔をしている。皆の雰囲気でだけがわかっていると気付いたのか、ルーファウスは彼女に海の底の臼の説明をさせる。

ある貧乏な男が、一晩の宿を借りに来た旅人にお礼として臼を貰った。その臼は欲しい物を呟きながら右回りさせると欲しい物が出て、左回りさせると出て来るのが止まる、と言う不思議な臼。貧乏な男はその臼を使って、貧乏から抜け出す事が出来た。

男は臼を自分の為だけではなく、貧乏で困っている人の為にも使い、金だけではなく人望も手に入れた。ある時、貧乏な男の兄である欲張りな男が、弟が急に金持ちになったのを不思議に思って弟の家を覗き見し、臼の存在を知って夜中に盗んだ。

弟と違い、兄は臼を使って自分だけ儲けようとしたのだが、海の真ん中で塩を出した時、出し方しか知らずに塩を止める事が出来なくて、次々出て来る塩の重み に耐えられなくなった舟と共に沈んでしまった。臼から出ている塩は未だ止まらず、故に海水は塩が含まれている、と言う童話。

から海の底の臼の話を聞き終わった後、皆の視線はルーファウスに。視線を一心に浴びた彼は、口元に弧を描く。きっと、皆が思っているのは同じ事だ ろう。コイツ、海の底の臼を手に入れてやがった! と。臼を手に入れたと言うのは、彼の中の脚本上の事だろうが、話を持ち出した時点で、その設定は成立してしまう。

何でも欲しい物を出せると言う臼を使い、鬼ヶ島では手に入らない飲み物や食材をテーブルの上に並べて食料需給の安定を示し、先の『人と関わっていない』宣 言で、ザックスの町に鬼が現れたと言う話は聞かない≠ニ言う第三者の証言を生み出した。この2つから、現在、そして今後の鬼は人間の脅威とならない事を 示したルーファウス。


「人間(こちら)側としては、些細な不安だろうと取り除くに限る」
「平和的に話を進めたいと願う相手(わたしたち)を力で捻じ伏せ、臼を強奪すると?」
「……ここに居たのは鬼で、俺達は鬼を退治し、持っていた臼を持ち帰るだけだ」
「正義の味方の供ともあろう者が、随分卑怯な手を使うのだな」
「なんとでも」
「ちょ、英雄、落ち着けよ、と」
「え、あれ、私達殺される運命?」
「大丈夫だよ、。……多分」
「ロベルト、後に多分を付け足すな。余計不安になる」


鋭い目で睨みつけるセフィロス。睨まれているのに飄々としているルーファウス。まさか本当に副社長を殺さないだろうなと、慌てているレノ。やっぱり殺される運命じゃないか? と慌てるに、それをなんとか落ち着かせようとしているロベルト。中途半端に言葉を掛けた事に突っ込みを入れるアーサー。

ザックスは話の展開に飽きてルーファウス達が食べていた物を勝手に食べているし、ジェネシスは海風で折角自費で作った衣装が傷んでしまいそうだと風が当た らない場所を探している。それぞれ勝手に動いてしまっているので話はグダグダ。ここからどうやってオチをつけるのだろうと、は既に主人公であるレノを差し置いてメインになっている2人を交互に見た。


「──我々の願いは、誰に煩わされる事もなく、ここで静かに暮らす事。さて、どうだろう、セフィロス。私達を見逃してくれると言うのならば、お前に赤鬼のを与えよう」
「はっ!? や、ちょっと、副社長!?」
「…………を?」


へと向けた視線は、先程までルーファウスに向けられていたモンスターを射殺しそうな鋭い視線ではなく少し柔らい物だが、商品を見定めるように頭の天辺から爪先までじっくりと観察。腕を組み顎に指を掛けて悩んでいる。

今取ってるポーズが普段通りのコート姿ならば素敵な仕草かもしれないが、今は茶色の全身タイツに猿の耳と尻尾。全身タイツなので局部がモッコリしている所 為か、非常に目のやり所に困る。なので下半身が視界に入らず上半身だけが視界に入るよう、セフィロスとの距離を縮めて彼を見る。


「あんだけ私達倒そうとしてたのに、なんで迷ってるんですか!? ってか、私だけが犠牲とか、酷くないですか!? それならいっそ、ここで皆倒しちゃって下さいよっ!」
、セフィロスさんと共に行くなら悪くないだろ? 生活水準高そうだしな」
「倒されて苦しい思いをするより、セフィロスさんと一緒に行った方が幸せになれるよ? セフィロスさん、不束な娘ですが、末永く宜しくお願いします」
「アーサー、ロベルト、裏切ったな! ってか、ロベルト、あんたに不束な娘扱いされる謂れはない!!」
「っつかさー、貰っても俺等のメリットなくない?」
「ザックスさん、さり気に酷い!!」


1人で自分達が無事ならと、あっさりを差し出そうとするアーサーとロベルト。セフィロスの元でなら幸せになれるだろうからとお勧めするが、の立場からみればそれはとんでもない裏切りである。しかもザックスに自分の存在をメリット・デメリットで考えられ、顔を真っ赤にして怒る

鬼を倒すべき桃太郎のレノはと言えば、ルーファウスの隣で一緒にワインを飲んで『これウメー!』とか言っているし、ジェネシスは羽毛を丁寧に手入れしている。この2人は話に入ってくるつもりはないらしい。ルーファウス達に丸投げだ。


「お前達を見逃す代わりに、を貰い受けよう」
「ああ、持って行くといい。ザックス達には、それぞれ欲しい物を与えるとする」
「ちょっと、本気ですか!? 副社長、酷い! 酷すぎる!! セフィロスさんの条件も同じにして下さいよ!」
「俺にも欲しい物をか? ならば俺はお前を貰って帰る。、お前は鬼だろう? 思う存分、俺を食べるといい」
「食べません!」
「そうか。ならば、俺がお前を食べてやろう。安心しろ、じっくりゆっくり隅々まで味わってやる……クックック……」
「ひいっ……! 目が、目が本気……! 笑い方が怖い……!」
「レノ、ザックス、ジェネシス、先に戻っている」


セフィロスは彼女の意思も聞かずひょいと担ぎ上げると、颯爽と舟に戻って行く。そして3人が追いかける間もなく舟を出し、沖へと行ってしまった。あの距離ならば、ももう逃げられまい。セフィロスの早い行動に、呆気に取られる6人。そもそも供である彼が主であるレノを置いていくとは、一体どういう事か。

しかしここで怒っても意味がないし、ジェネシスに飛んで追いかけさせるのも如何なものだろう。追いかけて舟を戻したとしても、そこからの長い船旅で、セフィロスの機嫌が悪くならない筈がない。3人は視線を合わせてから、2人を黙って見送る事に決めた。


「アイツ等は放っておくとして、俺達はどうやって帰るんだ、と」
「あっ、そうだよ。セフィロスが乗ってったから、俺達帰れないじゃん!」
「俺は飛んで帰る事が出来るけど……距離的にちょっと辛いかな」
「安心したまえ。船ならばある」
「えっ、そうなんですか? 僕、この島を1周しましたけど、船なんて見当たらなかったですよ?」
「先程まで君が隠れていた洞窟の奥に隠し部屋があってね。そこに、旅客船を停泊させているのだよ。まさか海底の臼を、泳いで探したとでも思ったかな?」
「あの、レノさ……レノ太郎さんが来る前に、その船で逃げれば、を差し出す事もなかったんじゃないですか?」


アーサーの疑問に、皆が静まり返ってルーファウスを見る。彼は今や豆粒程に小さくなった舟を見送りながら、飲みかけのシャンパンを口にした。まろやかで芳醇な香りを楽しんだ後、答えたのはたった一言。


「結果オーライだろう?」


どうやらその発想すらなく、を差し出したようだ。哀れ、。ルーファウスの頭には、最初から彼女をセフィロスに差し出して和平を成立させると言うシナリオしかなかった様子が見受けられる。ルーファウス以外の皆は、水平線の向こうに消えて行ったに哀れみの念と視線を送り、願わくば彼女がセフィロスの元で幸せになれるよう、祈るしかなかった。





● Happy Birthday to Rika様 ●
お誕生日おめでとう御座います!
相も変らぬクオリティですが、Rikaさんの誕生日を祝うべく押し付けさせて頂きます!
唐突に、「そうだ、アミダクジで配役決めた桃太郎にしよう」と、キャストを引っ張って来ました。
アーサーとロベルトは、8班代表と言う事で……。
最終的にグダグダな話になってしまいましたが、宜しければお納め下さいませ!

2013.01/15 草薙 五城


五城さんより、2013年の誕生日プレゼントにいただいちゃいました!
うわぁ〜い♪(((●´∀`●)))♪
感想はメールにてお伝えしましたので、こちらでは割愛させていただきます。
五城さん、こんな素敵な夢、どうもありがとうございます!
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