小説目次 

人は、与えられる力に、守られる事に慣れ、やがて犯してはいけない領域に手を伸ばしていく。

落とされた罰と、それを望む咎人に、炎のクリスタルは砕け散った。

燃ゆる都を作り上げた炎の守護国は、散り際までも赤く燃え、ただ瓦礫の山だけを残す。




これは、その数年前の物語。


彼女がまだ15歳の頃だった。







Illusion sand −外章− 往古追憶 01







「・・・か?・・・隊長。隊長、聞いてますか?」
「聞いている。すまないが、少し静かにしてくれ」




銀色の鎧を纏い、船の甲板から身を乗り出す青年は、隣でこめかみを押さえてい人物の顔を覗き込んだ。
至極不機嫌な声を返したのは、隊長と言うには若すぎる年の少女。

穏やかな波に揺られる船の上、甲板の手すりにもたれかかった彼女は、長い黒髪を風に揺らす。
年若いとはいえ、それに目を瞑りたくなる程整った顔立ちには、まだ幾分かの幼さが残っていた。
だが、その目も物腰も15歳とは思えぬ程大人びており、顰めた顔で遠くなった陸地を睨むように見ている。


石造りの大きな港と、丘の向こうにある平原まで広がる、レンガ造りの町並み。
一国の首都となればその景色は壮観であり、湾に出た船のうえからでも、街の至るとことに灯された松明の炎が見えた。
街の西には、上流階級の住む地区がり、彼女の家もまたその中にある。
それらのさらに西には、街の大きさに恥じぬだけの品格と規模を誇る、この国の女王がいる場所。
カルナック城があった。

つい数十分前までいた、城の中の執務室を思い、彼女は頭を抱えながら溜息を吐く。
それに肩を竦めた青年は、自分の胸元までしかない少女を見下ろし、軽く口を尖らせた。



「また頭痛ですか?」
「コレのせいだ」


言って、苛立だし気に手すりを指先で突いた彼女は、事の原因である青年をギロリと睨む。
対する青年は、彼女の視線の意味など気にしないように、その顔に笑みを浮かべた。


「火力船でデート・・・なんて、イイですよね。庶民じゃ出来ないじゃないですか」
「誰が何時貴様と逢引する等と言った?」

「照れない照れない。そんなも可愛いよ」
「その言動、十分な不敬罪だ。分を弁えろ」

「何が嫌なんですか!?」
「全てだ。執務途中に虚偽の用事を言いつけ、私を連れ出した事。
 火力船へ乗せ、勝手に出航を許可した事。
 ついでに、日頃の過剰な馴れ合いもまた隊内の風紀を乱す要因となる。
 何度も言うが、私はお前の上司であり、お前は私の部下だ。
 男としてどうこうという気などさらさら無い。わかったな」

「色気の無い青春っすね」
「一回りも下の小娘に現を抜かす変態よりは救いがある」

「・・・・・・・酷いッス」
「お互い様だ」



言い合う間にも激しくなる頭痛に、は吐き捨てるように言うと、視線を戻した。
どうせこの船を下りるまで、痛みは消えないのだと分っているが、試運転で海に出ている以上、船がすぐに戻る事は無い。
日没までに戻れれば幸いかと、執務室に山になるだろう書類と、それまで続くだろうこの痛みに、はガックリと項垂れた。





火力船の企画が採用となったのは、半年前の事だった。



カルナックを守護する炎のクリスタル。
その力を使った、風が無くとも走ることの出来る、鉄製の船。

この国の科学力を持ってすれば、それは決して不可能では無かっただろう。
だが、その源は炎のクリスタル。世界を支える力なのだ。

議会は賛成、反対と真っ二つに分かれた。
数年に及ぶ議論も空しく、タイクーンの風のクリスタル利用が、反対派の心を動かす結果となった。

だが、計画が進み、こうして試作品が出来上がった今も、納得していない反対派はいる。
その一人が、今頭痛に頭を抱えている、だった。

カルナックは、炎の守護国。
だがそれは、国がクリスタルを守護しているのではなく、クリスタルに守護されているのだ。
炎を祭り、守られながら、それを利用するなど、何とおこがましい事か。

世界を支え、国を支える大いなる力。
人という生き物には、決して犯してはならない領域だった。
だが、幾ら彼女が反対しようとも、国の長たる女王が諾と言えばそれまで。


日に日に弱まるクリスタルの波動、火力船を見る度に感じる、その悲鳴のような頭痛。
いずれ下されるだろう罰は、すぐそこか、それとも何十年後か。

数多いる臣下の中、数えの指に入るほどの信頼と寵を女王から受けるは、今もまだ反対の意を変えていない。
彼女の言葉に、計画を承認した女王の意志も揺らぎつつあるが、既に動いてしまったそれを止めるだけのものにはなっていなかった。



「文句言ったって、こうして試作品まで出来てるじゃないですか」
「だからこそだ。お前は・・・賛成だったか」

「いえ、興味無い派ですよ。ただ、ココに連れてくると、隊長、頭痛で大人しくなるから」
「大層な趣味だ」

「これでも優しくしてるんですよ?」
「それは良かった」



気だるげに返し、顔まで背けた上司に、青年は肩を竦めて空を見上げる。
時折太陽を横切る海鳥を目で追いながら、平和な海で大きく欠伸をした彼は、溜息を吐いて頭を押さえるを横目に見ていた。

と、その時、立っていた甲板の下から、小さな振動を感じて、彼は足元を見る。
同じく異変に気付いたも足元を見ると、そのまま機関室の扉へ向かった。


「今の振動は何だ?」
「これは、隊長!いえ、小さな故障ですので、大した事は・・・」

「僅かとはいえ、甲板まで衝撃が来るだけの故障。十分大した事だろう」
「は・・・はぁ・・・その・・・」
「誰か!!動力炉が・・・速度制御装置がきかない!」
「何ぃ!?」
「・・・・・・・」


機械だらけの通路の奥から聞こえる声に、話しかけていた研究員の顔はみるみる青くなっていった。
恐らくは動力関係の爆発だろうと考えながら、は小さな溜息と共に扉を閉める。
同時に、船体中央の大きな煙突から、爆音と共に黒い煙が吐き出された。

付近を航行していた船からも、その音は聞き取れただろう。
狼煙代わりの煙を上げ、徐々に速度を増していく船の上では、甲板で作業していた兵が、余裕の表情で煙突を見上げていた。

随分慣れているその様子に、どれだけの失敗をしてきたのかと、は呆れ顔で眺める。
部下がいる方とは真逆の方向へ歩き、火力船の先を眺めれば、その進行方向にいる民間の船がゆっくりと移動を始めていた。
速度と共に増す風が髪を攫い、乾く目に顔を顰めた彼女は、予想以上の速度を出す船に辺りを見回した。

これもまたいつも通りなのかと、そう思っていた彼女は、兵達のどこか焦ったような顔に目を留める。
そわそわし始めた兵は一人だけではなく、これが異常なのだとすぐに教えてくれる。

既に危険と思える速度に、視線を先へ向けてみれば、ゆっくり動く古い商船と、陸へ続く白い砂浜があった。


座礁するか、激突するか。

速度と距離を考えれば、おそらくギリギリ前者だろうと考えると、は揺れる船の縁へ登った。


隊長!!」


呼ばれてちらりと振り返れば、自分を此処へ連れてきた張本人が、慌ててこちらへ駆けてくる。
落ちると叫ぶ兵達を無視し、部下を冷たく見下ろすは、眼前に見える商船を確認すると、再び視線を部下に戻した。


「悪いが、これ以上付き合う義理は無い」
「え・・・」


言い捨てると同時に、彼女は部下の声も聞かないまま跳ぶ。
彼女の奇行に驚いた兵達は、慌てて船の縁へ集まり、の姿を目で追った。
が、それらの視線の先にあったのは、海面へ落ちる姿でも、飛沫を上げる海でもなく、ボロボロの商船に降り立った彼女だった。

唖然とする彼らを乗せたまま、速度を上げる火力船はどんどん彼女のいる船と離れていく。
目の前を航行していたボロ船はギリギリの所で衝突を免れるものの、火力船が止まる気配はない。




案の定、浅瀬に乗り上げ座礁した火力船に、一人難を逃れたは呆れたような目線を送った。


「おい・・・何だテメェ!?」
「すまないな、邪魔をしてい・・・・」


乱暴な船乗りの言葉に、は振り向き、同時に言葉を途切れさせた。
豪奢とは言えない船である事は分っていたものの、目の前にいる男たちは、到底商船の船員とは思えない服装をしている。
汚れた薄着に、露な腕に描かれた思い思いの刺青と、その上にある幾多の傷跡。
そして、その腰に携えている、使い古しの刃物。


「海賊か・・・」
「テメェ、カルナックの軍人か!?」


こんな真昼に、しかも他の商船が行き交う中で堂々船を渡すとは、随分型破りな海賊である。
だが、それ故に海賊船との判断も、船による追跡も難しい。
ご丁寧に帆まで商船に似たものに替えてくれるとは、随分考えたものだと、は象牙色の帆を見上げた。
大方、商船の襲撃とは別の、密貿易用の船なのだろう。


「おい、聞いてんのか!?」
「あ?・・・・ああ、火力船から降りてきた上に、軍服を着ているんだ。見て分るだろう」

「畜生、何処で嗅ぎ付けやがった!?」
「残念ながら、偶然だ。商船と見せかけ、実は密貿易・・・と言ったところか?」

「クソ!相手は一人だ、やっちまえ!」
「血の気が多いな」


一人の声と同時に、剣を抜いて襲い掛かってくる海賊には小さく舌打ちする。
腕に覚えが無い訳ではないが、流石に数十人の男を相手に、悠々とできるほどのものではない。

今のは、主に陸海における賊の取り締まりをする、多くの部隊の中の一隊長。
家柄で早くに軍にはいったとはいえ、所詮はまだまだ10代の小娘である。
実力こそそれなりにはあるが、だからと言って悠長に剣を使う余裕など無いのだ。


「悪いが、加減は出来ん」


此処で捕まるわけにはいかないが、だからと言って皆殺しになどすれば、船は漂流してしまう。
見せしめの1人が必要かと、は目の前にいる大柄な男に剣を向けた。



「何してる!」



少女と少年の中間のような。
自分と同じくらいの子供の声に、海賊達の動きがビタリと止まった。
男の心臓を目掛けて突き出したの剣も、海賊達から一瞬遅れはするものの、切っ先は無防備な肌の僅か手前で止まる。

一気に静かになった海賊達の視線を追うと、船の中から出て来たと思われる細身の少年が、こちらを見つめていた。

恐らく年はより幾らか下だろう。
綺麗な顔立ちをしているので、一瞬女かと思ったが、身に付けているのは男物だった。
他の海賊達より良い身形をしているだけでも、それなりの役を持っていると分る。


「若頭!この餓鬼、いきなり乗り込んできやがったんです!」
「そうッス!あの火力船から!」
「カルナックの軍人ですぜ!!」


屈強な男達に道を開けられて歩く少年は、騒動の真ん中にいる軍服の少女の元へ行く。
品定めするように見てくる少年を、は剣を下ろしながら同じ目で見ていた。

人の事は言えないが、まだ子供なのに随分偉い地位にあるようだ・・・と。思った事はきっと同じだろう。
互いに初対面であるにも関わらず、何故か相手の思考が読めるようで、二人は同時に口の端を上げた。
妙な気分でもあるが、この場で他に考えうる事が無いのだから、思考が重なるのは仕方が無いのかもしれない。


「随分階級章つけるじゃないか」
「若頭・・・・か」

「ファリスだ。お前は?」
「聞いてどうする?」

「・・・・高く売れそうだ」
「足がつくぞ?」


怒りながらも、ニヤリと笑いながら剣を抜くファリスに、海賊達は再び剣を掲げて騒ぎ出す。
だが、が剣を構えなおすと同時に、ファリスは彼らに場所をあけるよう指示を出した。

1対1の勝負に持ってきてくれたことに、は内心感謝しながら涼しげな笑みを浮かべた。
若頭を潰して無事で済むわけはないだろうが、この年で頭の名を持っているのだから、それなりに実力はあるのだろう。
少々リスクは嵩むが、見せしめとしては申し分無い。
ついでに、若い芽を潰しておいた方が、後の治安の為にもなるだろう。


「なぁ〜に熱くなってんだ糞餓鬼ども」
「頭!」


今まさに刃を交えようとしていた二人は、フラリと現れた年配の男によって止められた。
と言っても、ファリスが止まったので、も必然的に動けなくなっただけなのだが。

頭までいるとは、今日は随分運が悪いと、は内心大きく溜息を吐いた。
それ程重要な密貿易ならば、見せしめ一人でどうこうという事は出来ないだろう。
下手をすれば殺されるが、家名を出せば、自分の容姿と年齢から考えても必ず売り飛ばすと言うだろう。
軽く勝負して適当に負けて捕まり、陸に着いてから逃げるのが上策のようだ。

昼間から酒の臭いをさせる海賊の頭は、対峙するファリスとの前までくると、その場にドカリと腰を下ろす。
手に持っていた酒を一口飲み、大きく息を吐いた頭に、皆の視線は集まった。


「騎兵隊の軍服に、治安維持部隊隊長の階級章たぁ、珍しい格好じゃねぇかお嬢ちゃん」
「随分と博識でいらっしゃる・・・治安と騎兵の軍服を区別出来る一般人にお会いするのは初めてです」

「長年おたくらの軍から逃げてるからな。そこら辺は基礎知識よ。ついでにお嬢ちゃんの名も聞いた事あるぜ?」
「光栄です。が・・・・我が国で、この年の頃で軍服を着ている娘は私しかおりませんし、当然でしょうか」

「おうともよ!有名だぜぇ〜?家の令嬢は10歳の時、5歳も上のアレクサー家次男坊をぶっ倒したってな!」
「昔の話です」
家だと!?」


驚きの声を上げたファリスと同じく、周りにいた海賊達も、の家名を聞いた途端一気にざわめき始めた。
代々この国に仕え、当主が揃って近衛隊に入っている家を、カルナック地方で知らぬ者など殆どいない。

先の大戦では先代当主が軍師となり、その策によって国の盾となった。
現当主であるの父は、軍を率いて先陣に立つ事が多く、敵を屠る槍の役割をしていた。

軍師、将軍は彼らに限らず数多といるが、家はそれらを抜いても特殊であった。
実子を作らず婚姻もせず、養子によって代を継ぐにも関わらず、貴族として認められている家は他に無い。

次期当主となるが、数代ぶりの女である事もあり、彼女の名もある程度知れている。
とはいえ、名が知れてしまった一番の理由は、海賊のお頭が言った某貴族の息子を、一撃の元に倒した事件のせいであるが・・・・。
その時、その場には女王を初め大臣や諸将軍等の重鎮もいたので、その話は更に広がってしまったのだ。

それは人の目を集めるには十分すぎる事件であり、彼女自身の様々な素質もあって、あっというまに昇進を重ねていた。
まだ十代の少女が作っていく異例だらけの経歴は、多少興味があるならばカルナックの民でなくとも小耳に挟むほどだった。

驚き目を丸くするファリス達には見向きもせず、は酒を煽る頭領を見つめた。
頭領が何をしたいのかは分らないが、ここは彼に逆らわないのが上策だろう。



「それだけじゃねぇ。何年か前の冬、15才の隊長が率いたわずか10名の騎兵隊が、一つ向こうの山にあるモンスターの巣窟を全滅させた!その隊長もアンタだ。小数精鋭とはいえ、その戦略は将軍達に鬼才とまで言わせた。それで呼ばれるようになった名前が、カルナックの赤い戦神・・・だったか?」
「ええ。ですが、神ならば戦に兵や策を必要とはしないでしょう」

「ガハハハハ!確かにな!!」

「コイツが・・・・噂の・・・」


もっともな答えに、頭領は気をよくしたらしく、大口を空けて笑い始めた。
小さく呟いたファリスは、大勢の敵に囲まれていながら平然とするを、呆然としながら見つめる。

その姿は、ファリスが勝手に想像していた姿とは間逆であった。
小さい頃から武芸を学んでいたと聞いたので、ファリスはてっきりという人物が、男のように大柄なものだと思っていた。
見上げるほどの身長、ガッシリした体格と硬い筋肉、大剣を片手で振り回し魔物を一刀の元に切り捨てる・・・という、大凡女に対するものとは思えないイメージが、ファリスの中では作られていたのである。


余談だが、数年後、共に旅をする途中。ウッカリそれを口にしてしまったファリスは、後数回の戦闘で、一度もに回復魔法を使ってもらえなかった。



「で、その嬢が、この汚ねぇオンボロ船に何の用でしょうかねぇ?」
「用が無くては来てはいけませんか?」

「招いた覚えが無いんでね。だが、アンタ程の人間が一人で乗り込んでくるとも考え難い」
「しかし、援軍らしい船も無い」

「そういう事った。・・・・ヘヘッ。参ったねぇ。アンタの狙いが全然わかんねぇや」


海賊にとって自分は天敵とも言えるのに、彼はそんな事気にしないように明朗に笑う。
思わず好感すら覚えそうで、だが油断するなと、は自分自身を戒める。


「少しお願いがありまして・・・ああ、捕まって欲しいとは申しませんので、ご安心を」


お願いという言葉に、海賊達は瞬時に武器に手を伸ばした。
滅多刺しなど冗談じゃないと、は内心慌てながら、しかし態度はあくまで冷静且余裕をもって海賊達をいさめる。


「治安維持部隊の隊長様が俺達海賊にお願いたぁ、珍しい事もあるもんだ」
「大した事ではありませんよ。もののついででかまいませんので」

「ほぉ・・・言ってみな」
「私を陸まで送っていただきたいのです」



極上の笑みを浮かべながら、海賊に向かって的外れなお願いをしたに、その場にいた誰もが呆気に取られた。
世間知らずの小娘であったなら、まだ笑い飛ばせるものだが、彼女はそれなりに世間をしっているはずだ。


「出来ればカルナックからは離れない方が良いのですが、無理なら仕方ありません」


存外適応能力は低いようだ。と、呆然としたままの海賊達を見ながらは思った。
もっとも、突然船に乗り込んできてその台詞ならば、仕方の無い反応なのだろうが。


「・・・・くっ・・・ぐはははははは!陸まで送れだって!?海賊にそんな事頼むなんて、やっぱ家の奴はタダ者じゃねぇな!!嬢ちゃん親父の若い頃にそっくりだぜ!ガハハハハハハハ!!」
「父上が・・・?」

「おうよ!まだ奴がガキん頃にな、同じ事しやがったんだ!嬢ちゃんも国の船に嫌な奴が乗ってたってクチかい?」
「まぁ・・・・似たようなものです」


実際は火力船自体が嫌だったのだが、わざわざ教える必要も無いだろう。
僅かに表情を固め、苦虫を噛み潰したような顔で答えたに、頭領は満面の笑みを浮かべた。
納得いかない顔をする者が見える部下の顔を見回し、大きく息を吸うと、彼は再びに目を向ける。


「よし!俺達ゃこれでも紳士だ。陸まで送ってやってもいいぜ。ただし・・・そこのファリスと剣で勝負しろ。それで勝てたら、一切危害を加えず送ってやるよ。この件についても他言しねぇ。ただし、もし負けたら・・・・売っ払うぜ?」
「いいでしょう」


怯えも迷いも無く承諾したに、頭領は満足そうに笑い、海賊達は数歩下がって場所を空ける。
相手に選ばれたファリスは、数歩下がって剣の感触を確かめるを暫し見つめると、刃毀れだらけの剣を構えた。

濁った刀身から繋がる薄汚れた柄を握り、白銀のような刃を手にする少女を見る。
生まれも育ちも正反対でありながら、何故か通じる部分があるように思えたのは、自分だけではないだろう。
もし互いの立場がもう少し違えば、友になれたかもしれない。
そんな馬鹿馬鹿しい事を考えた自分に、ファリスは自嘲の笑みを零した。


「手加減してやろうか?」
「怪我をしたいならどうぞ」

「口の減らねぇ女だな」
「よく喋る男ですね」

「ふんっ・・・今に黙らせてやるよ」
「貴方に出来ますか?」

「余裕でいられるのも今のうちだ!!」







そう叫んだところで、ファリスの記憶は途切れた。
一瞬の黒と、次の瞬間瞼を刺激した茜色の太陽に、彼女は訳がわからず瞬きを繰り返す。



「よぉ坊主。目が覚めたか?」
「・・・・御頭・・・?」


潮の香りと海鳥の鳴き声の中、自分を見下ろす赤ら顔に、ファリスはぼんやりとその名を呼んだ。
と、次の瞬間、彼女はハッとしたように起き上がり、辺りを見回す。


「アイツは!?は!?」
「とっくに降りてったぜ?」

「そんな・・・・勝負は!?」
「オメエの完敗。一撃でのされた。オメェもまだまだ修行が足りねぇが、ありゃ大した腕だぁ」

「ま・・・・負け・・・」
「シケたツラすんじゃねぇよ。ま、オメェもあと2年ぐらいすりゃぁ勝てるさ・・・・多分」

「・・・・・・・・」
「まぁ、若い頃の俺なら、きっと勝てたかもしれねぇが?流石に女子供相手に本気で剣を向けるなんてなぁ、男のする事じゃねぇからな」

・・・・・・・・・・・・・」
「しかし可愛い顔してたと思わねぇか?いやオメェもなかなかのもんだけどよ。俺もあと30年若かったらなぁ・・・・こう見えて若い頃は結構な女泣かせでよ、娼婦から町娘までよく恋文もらったりとか・・・・」

「・・・・・・・御頭、俺暫くカルナックにいるよ」
「・・・あの頃は百戦錬磨の・・・・・・・・・・・・あ?今何つった?!」

「まだこっちでの仕事はあるし、それに、この借りを返さなきゃ俺の気が済まない」
「いや、気が済まないって・・・ファリス、オメェ完敗・・・」

「アジトに戻ったらすぐに荷物をまとめて行くよ。絶対アイツに勝ってやる!」
「えぇ!?オイ、こらファリス!!」


甲板の上を飛び跳ねるように走っていくファリスは、、そのまま船の中に入って行った。


数週間後、ファリスは願い通りとの再会を果たすものの、所詮海賊と軍人。
そのまま彼女の口車に乗せられ、あやうく縄をかけられそうになったとか、ならなかったとか・・・・。





Illusion sand 40話突破記念小説です。
まぁ、プロローグ入れると39話書いた時点で40話突破してましたが(笑)
ヒロインの過去話。ファリスとの出会いでした。
別に40話だからどうという事でもなく、単にこれ書いた時丁度IS本編が40話突破したから、記念品にしただけですがね。
ISのMemoriesでも、召喚獣と5の頃やらヒロインの過去についてやってるので、それに便乗(笑)
今後「○○話突破記念」と小説を書くかはわかりません。気分次第。
2007.04.01 Rika
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