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「ちょっと食べ過ぎましたね」 「一つ一つが思ったより大きかったからな。大丈夫か?」 「ええ。持ち帰れるという情報は、もう少し早く欲しかったところですけどね」 「ああ。同感だ」 目的のちまきを食べてお腹が満たされた2人は、たまたま見つけた庭園で一休みしていた。 訪れたのが昼時だったおかげで、池や苔が見事な庭園だが観光客は少ない。 薄く雲がかかった日差しは眩しすぎなくて、水辺の花の香りを届けてくれる風が心地良かった。 「もうしばらく休んだら、次に行く場所を考えましょうか」 「ああ。そうしよう」 竹細工のベンチにかけて、2人はのんびりと会話する。 店を出てしばらくしてから、跡をつけ始めた人間がいるのは2人とも分かっていたが、どうせ家まで追ってこないので放置することにした。 Illusion sand ある未来の物語 25 他の観光客が、池の鯉に餌をやって楽しそうに声を上げている。 セフィロスは興味あるだろうかと目をやっただったが、猫のように目を閉じて日の光を浴びている彼の姿に、話しかけるのはやめておいた。 猫にするように、顎の下を撫でてみたくなるが、彼は寛いでいるので我慢である。 まだ重たい胃袋に、は無理して食べきろうとするんじゃなかったと思いながら、辺りに視線を向ける。 庭園に来てから1時間近く経つが、跡をつけている人間は草木の陰に隠れたままだ。 今日は普通の観光客と同じ行動しかしていないはずで、尾行される心当たりは全くない。 まさか今更ウータイ戦争絡みでセフィロスに目を付けられることはないだろうし、そうなればがルーファウスから頼まれた仕事のどれかが原因だろうか。 しかし、顔を見られる仕事は魔物の間引きを手伝うくらいで、他はタークスの影に隠れてこっそり手を貸していたくらいだ。 体が砂であることを利用して少々諜報を手伝っていたが、タークスが手に入れた情報の補強をする程度しかしていない。それに、それなら砂は見られても顔は見られていないはずだ。 やはり尾行される心当たりが全くなくて、しかも悩んでいる間にこちらを伺う視線が2つも増えた。面倒なことである。 とりあえず、襲撃してくるなら、通りすがりのバハムートに拉致させて遠くに捨てられる事故にあってもらえば良い。 間違ってそのまま食ってしまうかもしれないが、その時は運が悪かったと思ってもらおう。 セフィロスには、庭園に着くまでの間で了承を得ている。 家に帰ったら、念のためレノに心当たりがないか確認しようと思いながら、は景色を撮るフリをして追跡者を写真に収めた。 『日陰で暗いし遠すぎて、うまく見えないな……』 しかし、ないよりマシだろうと考えると、は気を取り直して異国の情緒がある庭園の写真を撮る。 ド派手な赤い橋や壁、瓦が乗っているのに湾曲している屋根や、絵でもないのに筆で書かれた強弱が激しい文字。 この世界に来た時は、異文化というより文明の差を感じることが多かったが、ウータイは見るもの全てが見知らぬ文化の上にある。 ミッドガル郊外の街は、文明こそ発展しているが、の世界の文化にどこか似通ったものを感じる点があった。 だが、やはり長く新羅に抵抗していた地は、自分達の文化への誇り高さ故か、侵略を受けても己を見失わない強さが見えた。 文化の色合いが、にはちょと灰汁が強く思えたが、食べ物も美味いし気候も良い。 ウータイに住みたいとは思わないが、また旅行に来たいと思わせる土地だった。 「そろそろ動けそうか?」 「ええ。次に行く場所を考えましょうか」 「食べ物以外なら何でも良いが、希望はあるか?」 「心配しなくても、もう調味料の買い込みはしませんよ。先程の分で十分です」 「さっきの店でレジの横にあった胡麻油を見ていた気がするが?」 「アイシクルロッジのスーパーにも売っている商品だったので、中身に違いがないか気になっただけです」 「ならいい。……少し歩くが、ガラス工芸を使ったアクセサリー屋がある。行ってみるか?」 「装備品の方ですか?装飾品の方ですか?」 「……装飾品だ。行くぞ」 「わかりました」 この期に及んで装備を強化してどうするという心の声を飲み込んで、セフィロスはの手を取ると庭園を後にする。 携帯の地図を見ながら、アクセサリー屋を目指して歩いていると、やはり尾行している人間も後を追ってきた。 せっかくの遠出だというのにおかしな同行者ができてしまい、セフィロスは少し気分が悪くなると同時に、に申し訳なく思った。 だが、何があったとしても、偶然通りすがりのバハムートによる不幸な事故が起きて、尾行はうやむやになるだろう。 正直、ちょっと面白そうだから見てみたいと思ったりするが、それは自分達が襲撃されるということなので、起きないで欲しいともおもう。 そんなことより、今はこれから行くアクセサリー屋のことを考えようと思考を切り替えると、セフィロスはの髪には何の色を合わせるべきか考え始めた。 「セフィロス、これ、どうですか?赤いガラスが綺麗だと思うんですが」 「ああ。悪くないな。よく似合う」 「気に入っていただけてよかった。貴方の髪にはどんな色も似合いますが、この紅葉の形の赤いガラスは見た瞬間に貴方の髪によく合うと思ったんです」 「……待て。お前の髪につけるんじゃないのか?」 「え?貴方が使う装飾品を見に来たかったのでは?」 「いや、俺はお前の物を探しに来た。……だが、そうだな。俺とお前、2人分探そう」 確かに装飾品店に来たいと言ったのは自分だったが、そこは何か買ってもらえると考えるところだろう。 男性との交際経験がないとは聞いていたが、まさかデートすらしたことがないのかと、セフィロスは密かに驚く。 しかし、に男と2人で出かけた経験を問うても、仕事だとか仲間と買い出しとか、そんな色気がない情報しか出ないのが想像できる。 ミッドガルに住んでいた頃、休日に2人で出かけたことは何度かあったが、思い返すと今のような恋人らしい雰囲気ではなかった気もする。 逆に、信頼関係が先にあった当時は、むしろ熟年夫婦のような空気だったかもしれない。 出かけて買った物も、家で2人が使う日用雑貨や、季節の変化で必要になったの衣類ばかりだった。 当時のはいつも胸にクリスタルのペンダントをつけていた。 だが、だからといってアクセサリーの一つも贈らなかった理由にはならず、それに今更気づいたセフィロスは密かに顔を青くした。 がセフィロスと装飾品店に来て、自分の買い物だと思わないのは当然だ。 むしろ、化粧品類を含めると、身を着飾る物はルーファウスの方が買い与えているかもしれない。 2人分買うなどと言って誤魔化している場合ではない。 は気にしないだろうが、惚れた女が他の男から貰ったもので身なりを繕うなど、甲斐性云々の前に嫉妬で判断を鈍らせそうである。 既に起きたことは変わらない。急いて動いたところで滑稽なだけだ。 そう自分に言い聞かせると、セフィロスはの手にある髪飾りを手に取り、彼女の髪に当ててみる。 赤い色ガラスが綺麗な髪飾りは、セフィロスとは正反対の色をしたの髪にもよく映える。 それは女物だったが、セフィロスがつけも似合うのが想像できる。ただ、華やかさが加わるので少し印象が軟派か柔和になるかもしれないと思った。 「私が着けても良いでしょうけれど、貴方に似合う物と思って見つけたんですよ?」 「わかっている。だが、2人で一緒に使うのも悪くないと思わないか?」 「貴方が良いなら、私はかまいませんよ。どれか、気になる物はありますか?」 「俺はお前が選んだコレがある。お前が自分で着けたい物はどれだ?」 「では、貴方の髪と瞳の色のものを探しましょう。銀と、エメラルド色ですね」 「色もいいが、デザインで選んだらどうだ?」 「貴方の色がいいんです」 「……わかった」 相手の色に拘る文化があるのか、反論を許さない口調のに、セフィロスは少し驚きながら頷く。 ふと、が選んでくれた赤い紅葉の髪飾りと色違いのものを見つけた彼は、彼女が余所見をしている間にそれを買い物篭の中に忍ばせた。 さて、が希望するアクセサリーは何かあるだろうかと見てみると、銀の細工に薄緑のガラスと乳白色のガラスで作られた鈴蘭のバングルが目に入る。 手にとってよく見ると、乳白色に見えた花の部分のガラスは、角度を変えると中に青緑の光を反射していた。 「それにします」 「即決か。だが、良いデザインだ」 「これは、このままつけて帰ります」 「心配しなくても、流石にアクセサリーまで発送はしない」 セフィロスの言葉に、は目に見えて安堵し、笑顔で店員を呼ぶ。 知らぬ間に増えていた篭の中身に、彼女は驚いてセフィロスの顔を見たが、彼はその隙に自分のカードで支払を済ませた。 2重で驚くを無視して品物を受け取ったセフィロスは、その場での腕に鈴蘭のバングルを着ける。 お返しに、はセフィロスの髪を紅葉の髪飾りで首の横にまとめた。 「……華やか……ですね」 「少し優男になったな……」 上着を着ていても分かるほど筋肉をつけているのに、優男とは言えないだろう。 そう思っただったが、確かに髪を女物の飾りで緩くまとめた彼は、これまでには無かった優美さがある。 髪飾りを選んだのも、着けたのも自分だが、これはおかしな女が寄ってくるのではと、少しだけ心配になってきた。 「他の女に言い寄られても、ついて行っちゃダメですよ?」 「お前は俺をなんだと思ってるんだ」 言い寄ってきたルーファウスと友達になっているの台詞に、セフィロスは呆れてため息をつく。 別にこれまでも……蘇ってからは引きこもっているのでないが、ミッドガルで一緒に住んでいた頃だって、他所の女性からアプローチを受けることは普通にあった。 誘われても、がいるので全て断っていたし、報告するようなことではないので言わなかっただけだ。 それに、もし報告して、『貴方がお望みならその女性とどうぞお幸せに』と身を引かれる可能性を否定できなかった。 昔より信用されていないのかと一瞬不安になったセフィロスだが、これまでやらかしたことを考えると否定できない。 しかし、多分、街を燃やすとか隕石を落とすとか精神体使って蘇るとか、自分がやらかした一連の騒ぎは、にとっては微々たる問題なのだろう。 これまで色々話をして確認したのは、彼女が気にしていたのはセフィロスの行動ではなく精神状態についてだった。 間違った行動と言われる全てを、『その時の貴方に必要だったのでしょう』と肯定された時は、彼女はどこの仏様だろうと思ったものだ。 そんなが、もしもの可能性に嫉妬ているのは、正直少し感慨深い。 同時に、昔はなかった独占欲を見せられたことに、セフィロスの頬は自然と緩んでいった。 「何を笑っているんですか?私は本気で言ってるんですよ?」 「……お前以外について行くことはない。心配するな」 入ってきた時と同じく、2人は手を繋いで店を出る。 今後の予定を立てないまま、何となく街の中心に向かうが、笑顔を隠そうともしないセフィロスに、は大きなため息をついて手を引いた。 「分かっていないようだから言いますが、今日の貴方は機嫌が良い分だけ雰囲気が柔らかいんです。髪を結ったら更に近づきやす雰囲気になっているんです。分かってますか?」 「、お前は、やっと俺の昔の心配を理解でき……いや、違うな。あの頃はお前が相手を消さないかという心配の方が大きかった」 「私はそんなに狂犬ではなかったでしょう。とにかく……私がいないときに、その髪で外を出歩かないでください」 「言っていることが俺と似てきているぞ。そうだな……善処しよう」 「ああ……心配です……」 「俺の気持ちを理解してくれるのか。嬉しいぞ、」 焦りで余裕がなくなっているせいか、名を呼ばれても気に留められず、仕舞いに頭を抱え始めたに、セフィロスは声を上げて笑う。 アイシクルエリアとの時差を考えると、そろそろ帰った方が良さそうだと話すと、ではどうやって帰ろうかと2人で頭を悩ませる。 ずっと続く尾行の数は、装飾店に入っている間に3人に増えているが、交通量や路上駐車の量を考えると、実際にはまだいるのだろう。 ウータイからアイシクルエリアまで、通常は港から船を使うのだが、運行は週に3便程度。そして今日は他の地方へ出る船しかない。 来た時と同じようにフェニックスに乗れば、その姿を見られて余計面倒なことになるし、このまま船が出る日までウータイに留まるのは気が進まなかった。 「不幸な事故で行方不明になりましょうか……」 「どういう方法だ?」 「私達が他の観光客のように、あの変な像の上に登って、そこから通りすがりのバハムートに連れ去られるというのは……」 「大騒ぎになってニュースになるだろうな」 「オールドという老化する魔法があります。それで変装はどうでしょう?」 「服装と体格でバレる可能性が高い。姿が見えなくなるような便利な魔法はないか?」 「消えることは出来ませんが、ミニマムという小さくなる魔法と、カエルの歌というカエルになる技はありますよ」 「歌だけはやめてくれ」 「……わかってますよ。あれこれやるより、以前ヘリを追い払った方法を使いましょうか。この街に繋がる道路は、どれも山を越えているものです」 「無難だな。道路から山に入った時点で、霧に身を隠す。とりあえず、朝のタクシーを呼ぶぞ」 追跡者が遭難しても、自分達の責任ではない。 そう視線で確認しあうと、2人は朝のタクシーを呼び出す。 暫くウータイに来られそうに無いのは残念だが、せっかく平穏に暮らしているのに意地を張って騒ぎを起こしたいとは思わない。 なぜ尾行されるのか、全く心当たりがない分腹が立つが、叩き潰したいと思うほどの怒りではなかった。 「帰ったら、何をしましょうか?」 「そうだな……さっき言っていたオールドという老化魔法だが、少し興味がある」 「では、帰ったら少しそれで遊んでみましょう」 「乗り気だな……てっきり嫌がるかと思ったが」 「おや、そうですか?」 「普通の女は、老いた姿を見られるのは嫌がりそうだが、本当にいいのか?」 「このまま生きていても年を取ることはありませんから、魔法でもしもの姿が見られるのなら、楽しむのもよろしいかと」 「そうか。だが、もし気が変わったら遠慮せずに言え」 「わかりました。ですが私も、貴方がお爺さんになったらどんな風になるのか、少し楽しみです」 「……気を変えても良いか?」 「では寝ている間にかけましょうか……」 「冗談だ。気は変わっていない。疲れが取れなくなりそうだから、寝ている間にかけるのはやめろ」 道の端に立って話しながら、は辺りの山を徐々に霧で覆っていく。 風向きを変え、朝に来た方角を山の上から裾まですっかり白く隠した頃、2人を迎えるタクシーがやってきた。 何事も無くタクシーに乗り、10メートル先も見えなくなるほど濃い霧に覆われた集落に着く。 ゆっくり帰っていくタクシーを見送った二人は、その姿が見えなくなると、更に濃い霧に覆われた山へ走った。 そこからは、朝の道を辿るだけ。 あっさりと追っ手から逃れた2人は、来た時と同じくフェニックスの背に乗ると、悠々とアイシクルエリアに帰っていった。 「残念。ヴィンセント、尾行失敗だって」 「上手く撒かれたか……。この霧、ただの天候不良ではない」 「わかるけどさー、もう、そういうの若い子に任せさせてよ。私、これから腰の手術なんだから」 「…………」 電話で報告を受けたユフィの言葉に、ヴィンセントは窓を白く染める霧を睨んで呟いた。 だが、傍で人員を手配していた彼女は、皺だらけの手で腰を摩ると深いため息をつくだけだった。 長く戦闘とは無縁の平和な時を過ごした仲間が見せる老いに、ヴィンセントは深いため息と共に肩を竦めると、礼もそこそこに病室を出た。 覚悟していたとはいえ、時の流れの違いを改めて目の当たりにしたようで、心が感傷的になる。 同時に、可能性の一つとして考えていた、セフィロス復活の際の戦力不足……。戦えるのが、自分とレッドXIIIしかいない可能性が現実のものとなり、自然と表情が険しくなった。 今の時代も戦える人間はいるが、それがセフィロスを相手にどれだけやれるかは分からない。 せめて、あと10年か20年早ければと考えたが、考えるだけ無駄だと思考を振り払った。 クラウドなら、たとえ差し違えてでもと老体に鞭を打って剣を手に立ち上がってくれるかもしれない。 いや、ダメだ。クラウドは10年前に仕事でぎっくり腰をしてから、それが癖になってしまっている。 戦いの最中に腰を押さえて動けなくなる可能性が否定できない。 ティファは若い頃の薄着と長い立ち仕事が祟(たた)ったか、膝を痛めてから長い。 バレットは耳が遠くなっていて昔より声が五月蠅いから意思の疎通に苦労するし、ケット・シーことリーブに至って既に老人ホーム住みだ。 シドだけは、未だ元気に弟子達と最新の飛空挺を開発しているが、最近痴呆が出てきたと聞いている。 本当に戦える人間がいない。 これは新羅の力も充てににした方が良いかもしれないと考えたところで、ふとヴィンセントは先日まで起きていたルーファウスのお家騒動を思い出した。 馬鹿馬鹿しいと思っていたが、ルーファウスの行方不明や隠し子の存在が出た時期の直後にセフィロスが現れたことが引っかかる。 これは少しそちらも調べてみた方が良いかもしれないと考えたとことで、先程見たセフィロスの様子を思い出す。 元のセフィロスがどんな人間だったかは知らないが、連れの女性と一緒にいたセフィロスは、ヴィンセントが見知った彼とは違いすぎている。 その変化がセフィロス自身によるものか、新羅が何か噛んでいるのか、はたまた、あの女性が理由か。 もし、あの姿も何かを欺くための偽りの姿だとしても、今すぐ何かをすることはないいだろう。けれど、油断はできず、やはり情報収集をしなければならない。 既に2人がウータイから去っていると知らないヴィンセントは、ユフィが手配してれくれた追跡者達から話を聞くべく、霧が晴れ始めた街を歩いた。 |
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あれ……? 普通にデートさせるはずだったんだけど……? 2022.11.13 Rika |
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