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『先生、地図はありませんけど、どう進むんですか?』 神羅兵に扮したアバランチが死んだ時、ロベルトはそう言い、カーフェイとガイは呆然と死体を眺め、アレンとジョヴァンニは辺りを警戒していた。 『聞く相手を間違っていないか?』 彼は確かに間違えた。 指示を与える班長ではなく、引率教員に指示を求めた。 だがそれ以上に、その時彼は言うべき言葉を間違えたのだ。 ロベルトだけではない。 ガイも、カーフェイも、ジョヴァンニも、彼の言葉に、何の引っかかりも訴えなかった。 『何故実習旅行にアバランチが絡んでいるのか』 放心していたのか、それともそれを既に知っていたのか。 アレンと、アーサー以外の生徒は、決して知り得る事の出来ないこの現状を。 その時、彼らは初めて生徒を疑った。 味方だと思っていた。 いつもは話す事も無いが、少なくともこの実習中は頼もしい仲間だと思っていたロベルトを疑った。 たった一つの疑念と不安は、気持ちを誤魔化そうとする程広がっていく。 時間が経ってから、同じ時に動揺せず辺りを警戒をしていたジョヴァンニにも疑いを持った。 戦場での甘さは命を落とすだけだと、知ったように言うガイも疑った。 皆の不安を紛らわせようと、いつも以上に騒いで盛り上げようとするカーフェイさえ怪しいと思った。 人質を連れて行こうとするへ、泣きながら突っかかったロベルトに、よくわからなくなった。 でも、『敵は殺すか殺されるかしかないんだよ』と言ったロベルトに、泣いた理由が何となくわかった気がした。 少し嬉しくなって、でも時間が経ってから思い返して、誰にも逃げ道なんか無い事に気がついた。 表に出さないようにして、いつもは放っておく馬鹿騒ぎに紛れながら、不安から逃げようとしてる自分が惨めで仕方なかった。 でも、騒ぐ皆を眺めるのも、混ざるのも楽しくて……それを何処かで、最後の思い出みたいに思ってる自分が一番嫌だった。 Illusion sand − 63 「さん、俺達と夜のデートしない?」 「普通に散歩って言いなよ」 夜の見張り当番を決めた後、アーサーとアレンがの元へ来て手を引いた。 一番騒ぎそうなカーフェイは、明け方の見張りである事と、慣れない環境の疲れで、既にテントの中で寝息を立てている。 他の3人はザックスを囲み、ソルジャー試験についての話をきいていた。 散歩と言っても、実際は相談と作戦会議だろう。 ザックスにその場を任せたは、二人と共に先程までいた崖の傍へと移動した。 「随分な顔だな」 他の班員と居る時とは打って変わり、鎮痛な面持ちをするアーサーとアレンに、は微かに目を細めた。 無理も無い事だが、彼らの心中を正直に表すその表情は、先程までのそれとは雲泥の差だ。 貶しとも取れる言葉を吐き出されながら、彼らは口答えする事もなく、ちらりと目を合わせると視線を下ろした。 「もし…生徒にアバランチがいるとか言ったら、先生信じる?」 「ロベルトか」 肯定の答えも無いまま、疑惑がかかっている本人の名を出され、二人は微かに肩を揺らした。 僅かな驚きを見せる表情は、胸の内にある落胆や否定をありありと瞳に映している。 「吐き出したければそうしなさい。今すぐでなくてもいい」 言いながら、口をきつく結んでしまっているアレンに、は苦笑いを零した。 つられて彼に視線を向けたアーサーも、ギュッと眉を寄せてしまっている彼に、僅かに眉を下げる。 弱さを見せたくない年頃なのだから仕方ないが、今のアレンの顔は転んだ子供が泣くのを我慢している時のようだ。 もしくは、失恋して泣くのを我慢している女の子…言ったら間違いなく機嫌を損ねるので、口にはしないが。 この様子では、暫く口は開かないだろう。 小さな差だが、アレンより6年長く生きているアーサーは、まだ幾分かの余裕があるようだ。 余裕と言うよりも、冷静さを失わないようにしているだけかもしれない。 吐き出せる時にそうする事を選んだらしい彼は、アレンの髪をくしゃりと撫ぜると、小さく息を吐いてに視線を合わせた。 「最初のアバランチを見たとき、アイツはさんが言ったアバランチの名前に動揺しなかった。 俺とアレン以外の生徒は、今回のアバランチの事を知らない。その時初めて疑ったんだ。 何かおかしいって思っただけだけど、さん、否定するような目じゃなかったよな」 「アベル教官と勝負した日、私はタークスの男と帰った。 尾行されていたようだ。わざわざ制服姿でな。 罠の可能性もあったが、あくまで可能性として注意していた。ロベルトの反応で、確信になったよ」 「…さっき、あいつがさんに食って掛かった時、少しわからなくなった。 だから、もしかしたら勘違いなんじゃないかって思ったんだ。 けど…あれが、ロベルトのアバランチとしての言葉なら…きっと避けられない」 戦いたくない。 そう目で言うアーサーに、は微かに目を伏せ、天から仰ぎ見る月に目をやった。 満月の夜は、人の感情が高ぶり、奥底に眠っている狂気が目覚めやすいという。 そんなどうでも良い事を考えながら、しかし感情的だった数時間前のロベルトを思い出し、存外外れていないかもしれないと考えた。 「あの時彼が、どちらの側であるか…と、考えていたように見えたか?」 「……よく…分らない」 「もし彼がアバランチだったとしても…彼は彼だ。あの言葉も、彼の本音だろう」 「じゃぁ…」 「人は幾度と無く迷い、立ち止まり、悩む生き物だ。誰であろうとな。そんな時は、特に感情的になりやすい」 「ロベルトも、迷ってる…?」 「さて。私は彼ではない。それは、お前達が見て考えなさい」 「けど、俺達戦わなくちゃならないかもしれない。 今、もしかしたらほんの少ししたら…何時どうなるかなかんか分らないんだ」 「アーサー。焦りは目を濁らせる。如何なる状況であれ、常に冷静であるよう気をつけなさい」 「っ…こんな時に…」 「冷静さと、感情を殺すのは別だ。混同する者は多いが、感情を否定しては人は人と呼べない」 「そんなの…難しすぎるって」 「ならば、ロベルトの心を覗きなさい。彼を良く見て、その瞳に出る感情を見逃さない事だ。 人とは不完全な生き物だ。どう足掻いた所で、胸の内にある感情全てを隠す事など出来ない。 現に彼は幾度と無くボロを出している。それだけ揺れている。 お前達でも、きっと彼の胸の内は分るだろう」 「更に難しいから」 すぐに答えを欲しがるのは若さ故だろうか。 それとも、やはり自分の説明がわかりにくいのか。 ガックリと項垂れて溜息を吐くアーサーに、はどう声をかけてやろうか考える。 アーサーに肩を肘置きにされているアレンは、いつの間にか泣きそうだった顔を平常に戻し、今のの言葉を口の中で転がしていた。 「ロベルトは迷ってる…だよね?」 「迷いというより…惑っている。私にはそう見えるな」 「でも…きっとあいつの意思は変わらない。結構頑固だから」 「何もしないで諦めるのは嫌だよ。何か弱みでも握れば…」 「待て。何故そうなる」 「逆効果だろそれは」 アレンはそういう子だったのか。 確かに相手の弱みを握るのは上等手段ではあるが、この場合はアーサーが言うとおり、間違いなく逆効果だろう。 真っ直ぐなフリをして、一体何を言い出すのか。真っ直ぐだからこそ言い出してしまったのか。 二人からの言葉に、アレンは何故そんな事を言われるのか分っていないようで、達はこめかみを押さえた。 「とりあえず…さ、俺達は…どうしたらいいの?」 「…ロベルト言ってたよね。『今逃がしたら、他の皆が殺されるかもしれない』って。それってさ…」 「彼の責務。そして、惑いだろう」 「やっぱ…そうか」 「まるでさ、本当に…仲間の、僕らの事思って言ってるみたいで…あの時、もしかしたらって思ったんだ。けど…よくわかんないや」 「敵であってほしいのだろう。…その先の答えは、お前達が自分の目で見つけなさい。彼は分りやすい」 がロベルトに見た答えを、口にするのは簡単だった。 だが、それはあくまでの主観であり、どれだけ真実に近くとも、見る人間が違えば答えはどうとも変わる。 二人にそれを与えるのは、ただの押し付けでしかなく、彼らの成長にもならないだろう。 二人がどう答えを出し、どう行動するのか。 結果がどう転ぶかはわからないが、考える事も、選ぶ事も、彼らに与えられた試練の一つだ。 何より、ロベルトには自分が出て行くより、同じ生徒である二人に任せてしまった方が効果的だろう。 彼女が打つべき布石は、既に打ってある。 「さんは、ロベルトと戦うの?」 「…刃を交える事は容易い。だが…その先は、どうだかな」 「敵は殺し、殺される以外にも、見逃すという選択肢がある…先生、そう言ったよね」 「じゃぁ…」 「…それは最終的な選択だ。そこへの道を作るのは、私ではない」 「選ぶのも…?」 「選ぶも選ばないも…それ以前の問題があるだろ。あいつと…戦えるのか?」 拳をきつく握り、呟くように言ったアーサーに、アレンは一度視線を向けると口を閉じて顔を伏せる。 そんな彼らを眺め、未だザックスの傍にいる他の班員達へ目をやったは、宵闇を照らす銀の光に目を細めた。 「お前達はどうしたい?」 どうするべきか、考えた所で答えが出ないのだろうと思いながら、彼女はアーサー達に言葉をかける。 迷いの中、最も明瞭な導となる正しさを探しながら、どこかに隠れている希望を見つけようとしているのだろう。 だが、今縋る正しさなど、先の見えない未来の中では、どうとでも変わってしまう。 「お前達が思うように、お前達がしたいようにしなさい」 誰かが決めて、常識として信じていた正しさに準じるのは、確かに間違いではない。 だが、それが全てというわけでもないのだ。 どんな過ちも、必ず何処かに正しさがある。 己の心が出した答えなら、それが咎になったとしても、いつかそれを選んだ自分を誇れるだろう。 「お前達の道は、お前達のものだ。神羅もアバランチも関係ない。己で考え、己で選び、己が信じた道を選べ。 …心配しなくても、尻ぐらいは拭ってやる」 彼らは誰かに手を引かれなければ歩けない子供ではない。 そう思いながら、小さな甘えを与えてやる自分に、結構過保護かもしれないと、は内心苦笑いを零した。 対する二人は、よもや教員の口から神羅を気にするなという言葉が出るとは思わなかったのか、少し呆けた顔をしている。 落ち着いて大人びているようだが、こういう表情は年相応、それより子供らしく見えた。 「往生際悪く足掻いてみるのも、結構悪く無いものだ」 言い捨てるように、はザックス達の元へ戻るべく歩き始めた。 就寝予定時間になったらしく、ザックスは生徒らに手を振ってテントの中に入って行く。 最初の見張りはアーサー、ロベルト、ガイの3人。 次にザックスが、その後がそれぞれ一人で見張りを受け持つ事になっていた。 最後になる明け方の見張りはアレン、カーフェイ、ジョヴァンニの3人。 生徒達は、少々の夜更かしか、少々の早起きをした程しか負担は無いが、これからの道中を考えれば妥当と言える配分だ。 恐らく、この先ザックスは勿論、生徒の何人かは居なくなるだろう。 それがどんな理由によってかは、後にならなければ分らないが…。 歩きながら感じた小さな眩暈に、予想していたより魔力の減少が早いと、は冷たくなった手を握り締める。 余力は十分あると思っていたのだが、自分の力を少し買いかぶりすぎたのだろうか。 どちらにしろ、自分も早々に休まなければならない事には変わりない。 後の事を考え、オーディンとラムウ以外の召喚獣を一時退させると、体が幾分か軽くなった気がした。 『』 耳元で囁く声と、服越しに感じた微かな冷気に、は足を止めた。 ちらりと視線を向けると、形こそ作っていないものの、自然には出来るはずの無い魔力の流れがある。 「シヴァか」 『ラムウより伝言だ。あまり魔力を使いすぎるな』 「そうしたいのは山々だが、状況がな…」 『お主の体はその魔力あってこそ支えられておる。その身に宿る力を留めておるのも、お主の強大な魔力があってこそ』 「初耳だ」 『此度の大召喚、相当の負荷となったであろう。それがなければ、我らも気付かなかった』 「・・・で?魔力が尽きれば死ぬとでも?」 『この地にある限り、お主に死は得られぬ。だが…何かしらの崩壊は起きるやもしれぬ』 「抽象的だな・・・」 『我らもお主の様子を見て動こう。明日よりの召喚は2体までにしておけ。よいな?』 「覚えておこう」 『しっかり休め。お主は…自分を可愛がるという事を知らぬ』 何を馬鹿な事を。 そう答えようとするものの、声を出す前にシヴァの気配は消えていた。 もう十分過ぎるほど自分を甘やかしているつもりでいるのに、これ以上どうしろというのか。 イフリートの過保護がうつったのではないかと考えながら、まだ崖の方にいる二人に目をやると、は再び足を進め始めた。 「そろそろ戻るぞ」 「もう少し」 「風邪ひくぞ」 「わかってる」 がテントに入るのを確認したアーサーは、傍らのアレンに声をかけた。 だが、ずっと海を眺めたままの彼は、言葉こそ返すものの、アーサーの声が届いていないようだ。 置いて行く気にもなれず、自分自身もう少し此処にいたいと思っていたアーサーは、咎めるでもなくアレンを待つ。 海から吹きつける風に、震え始めたアレンの体に、アーサーは小さく溜息をついた。 ただでさえ体が小さく、人一倍体温が低いくせに、強がるアレンの明日の様子は目に見える。 こんな状況で体調を崩されては冗談じゃないと考えながら、アーサーは制服の上を脱ぐと、乱暴にアレンの頭に被せた。 「わっ…何…?」 「班員の体調管理も、班長の仕事の一つなんでな」 「自己管理でしょ、そんなの」 「わかってるなら風邪引くような事すんな」 「…悪かったよ」 「俺も寒い。戻るぞ」 「わかったよ。ってゆーか、だったらこの上着いらない」 「戻るまで着とけ。震えてんだろ」 「…ありがと」 「ん」 何でコイツ女じゃないんだろうなー…。 先に歩いて行ってしまったアーサーが、そんな事を考えている事など、アレンは知らない。 普段あまり人と関わらない班長の、予想外だが嬉しい優しさに甘え、アレンは頭に乗ったままだった上着を肩にかけなおす。 ブカブカの制服に、彼との身長差を思い知らされたような気がしたが、あまり気にしない事にした。 既に班員の下へ戻っているアーサーに、歩幅の違いを思い知らされたような気もしたが、全く気にしない事にした。 絶えず聞こえる波の音に、アレンは濃紺の海原を振り返る。 いつか、またこの景色を見る事が出来るのか、それとも、振り返ることすら目を背けたくなる景色になるのだろうか。 漣の上に揺れる月の光に目を細め、暗雲が立ち込めるような胸の内に、彼はそっと視線を落とした。 「……え…」 喉元から微かに声が漏れると同時に、彼は勢い良く振り返る。 その目に映る班員達は、既に床に着いているカーフェイを除き、誰一人欠ける事無く他愛ない談笑をしていた。 欠けているはずが無い。 しかし見間違いでは無い。 再び崖下に視線を戻したアレンは、ほんの数秒前に見た姿を探す。 だが、そこには誰の姿も無く、岩肌に打ち付ける潮が、夜に色を変えた海の上を舞うだけだった。 天上から注ぐ金の光が、飛び散る波の欠片を同じ色に染める。 その中に溶け込むような金の髪と、真っ直ぐ自分に向けられた寒気がするような微笑は、遠目だが確かにアレンの瞼に焼きついた。 | ||
セフィロス出したい 2007.10.21 Rika | ||
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