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「あと・・・あと2m・・・あと1.5・・・ふぇっくし!!」 ゴツゴツとした岩にへばり付きながら、上を目指していたザックスは盛大なくしゃみをすると鼻を啜る。 海から吹く風が冷え体を刺すようで、彼はぶるりと身を震わせた。 ちらりと下を見てみると、彼が使っていたゴムボートは、破れた所が岩に引っかかったまま波に翻弄されている。 海のど真ん中でエンジンが止り、何とかオールを漕いで島に着いたのは数十分前。 潮に流されたため、ついた場所は当初の予定から大きく離れた断崖絶壁の前だった。 ソルジャーでもなければ登れないだろうこの壁の感触と仲良くするのも、いい加減嫌になってくる。 溜息と共に出したくなる涙を堪え、ザックスは視線を上に戻す。 10数メートル下から聞こえる荒い波の音と、夜の闇が寂しさを募らせるが、上から聞こえる僅かな人の声に縋るように、彼はひたすら上を目指した。 『ち、畜生ぉおおお!』 『フザケんじゃねぇ!こんな奴がいるなんて・・・・!』 『強すぎだぁああ』 「何だぁ?」 急に騒がしくなった上を、ザックスは首を傾げて見上げる。 銃声や悲鳴で賑やかになったかと思いきや、焦りの見える声が響き、ドサリという何かが地面に落ちる音と共に数が少なくなっていく。 戦闘最中なのだろうと、容易に想像はつくが、ザックスには逃げる理由も隠れる理由も無い。 敵味方どちらだろうと、誰かに会えたら万々歳だと考えると、彼は再び上に上り始めた。 が、あと数センチという所で、額に落ちてきた石ころに彼は顔を上げた。 見れば崖の頂上である頭のすぐ上に誰かの足が見える。 崖に背を向けている人物は、逃げ道もなく、荒い呼吸をして目の前に居る誰かを見つめていた。 「選ぶがいい。降伏か、死か・・・自決か」 「!!?」 「ぅぉ!?あ、わ、うわぁぁぁぁぁぁぁ・・・」 上から聞こえた声に、ザックスは目を輝かせてその名を呼ぶ。 勢い良く顔を出した彼だったが、突如足元から出てきた彼に、今まさに最後の選択をしようとしていた男は驚きの声を上げた。 思わぬ場所から出てきた敵の片割れに、アバランチの男は足を滑らせ、悲鳴を上げながら崖下に落ちていく。 男に剣を向けていたもまた、男の股座から髪に海草を引っ掛けて飛び出てきた友人に目を丸くし、盛大にひっくり返りながら崖下へ消えてゆく男を見ていた。 「・・・・え?あれ?」 「・・・ザックス・・・・」 剣を抜いたまま呆れ顔で見下ろすに、状況が飲み込めないザックスは照れたような苦笑いを浮かべるのだった。 Illusion sand − 62 「こんなに早くに会えるなんて思わなかったなぁ」 アバランチが残してくれた物資を漁りながら、笑みを絶やさないザックスに、も自然と浮かんだ笑みを返す。 各々死を選んだアバランチの死体を片付け、生徒へと合図を送ったのは5分程前。 そろそろ着く頃だろうと彼らのいる方に目を凝らすと、月の光にキラリと反射するガイのサングラスらしきものが見えた。 「・・・・・来たようです」 「マジ?」 「もう少しかかりそうですがね。ああ、そうだ。ザックス・・・」 「んー?」 毛布を数えていたザックスに、は腰につけたバッグから小さな瓶を取り出す。 綺麗な細工がされる深い藍色の硝子瓶は、それだけでも十分値がつけられそうだったが、中には何か液体が入っているようだった。 差し出されたそれを受け取ったザックスは、瓶に彫られた知らない文字に首を傾げながら、月の光にそっと翳す。 揺らめく液体は角度を変えるたびに、瓶の中で様々な色に反射し、まるで万華鏡のようだった。 「、これ・・・?」 「エリクサーです。私が生まれた世界の・・・ね。使う事になるかもしれませんので」 「エ、エリクサー!?いいのか!?」 「良くなければ渡さないでしょう?持っていてください。今回は使わなくても、いつかは役に立つはずです」 「・・・へへっ。ありがと」 何も知らず受け取るザックスに、はこれで1本消化出来た。と、残るエリクサーの量を確認する。 それでもまだ生徒にあげても良いだけの量はある事を確認しながら、彼女はアバランチが残したテントの中に入った。 小さなそこは、銃弾や爆薬に加え雑誌までもが散乱し、かなり汚れている。 流石にこんな汚さでは、生徒を寝かせるにも可哀想で、は手始めに丸めてある毛布を掴んだ。 バサッ 「・・・・・・・・・・・・・・」 音を立てて毛布の中から出てきたそれに、は目を向け、同時に凍りついた。 そこには何の変哲も無い本が一冊落ちていただけだが、問題は開かれたページに見開きで載っている写真である。 『−待ったナシ!素人無修正DVD特集第一弾− 美人人妻達の淫らな午後 』 そんな文字が書かれた後ろでは、金髪の女が複数の男と絡んでいる写真がデカデカとあった。 おまけに、局部にモザイクやボカシもなにも無いため、が見た事が無い物までしっかりプリントされている。 何故こんなものが此処にあるのか。 そんな疑問すら思い浮かばないほど混乱する彼女の頭は、文字通り真っ白で、アバランチの置き土産を前に固まるしかない。 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 「ー?どうしたぁ?」 「・・・・セ・・・」 「せ?」 「セフィロスーーー!!!」 「は?うわっ!!」 何時までたってもテントから出てこないに、中を覗いたザックスは、真っ青になって泣きそうな顔で抱きついてくるに押し倒された。 俺はセフィロスじゃねー。 そんな言葉を出す間もなく、ザックスはを抱えたまま背中から地面に転がる。 運悪く、丁度着いた生徒達が、いきなり男を押し倒している彼女に目を丸くしているが、は起き上がる気配もない。 自分の服をがっちり掴み、胸に顔を埋めたままブルブル震えているに、ザックスは混乱しながら、とりあえず上体を起した。 結構おいしい体勢だとは思うものの、呼ばれた名が自分ではない男の名だと、下心も何も、芽生える前に消滅してしまう。 「・・・さん・・・?」 「アンタ!先生に何したんだよ!!ってか誰だよ!?」 「服見ればわかるでしょソルジャーだよ。ところで、僕達お邪魔なんじゃないの?」 「んじゃ、邪魔者は消えるかぁ?」 「実習中に・・・不謹慎です」 「別に続けてもいいよー?ちゃんと見てるからさ。・・・これも勉強だよね」 唖然とするアーサーと、ザックスに噛み付こうとするカーフェイ。 飛び出しそうな彼の襟首を掴んで制するアレンは、別段気にした様子もなく隣にいるジョヴァンニと相談を始めた。 ロベルトは達の姿に顔を顰めるが、傍にいたガイはニコニコしながら続きを促してその場に腰掛ける。 体を起した今の体勢は、ザックスの腰辺りにの尻があり、丁度良く、そして丁度悪く跨っている状態である。 それぞれ態度は違えど、確実に一つの事態へ誤解する彼らに、ザックスは慌ててを自分の胸から引き剥がした。 「まぁてぇええ!!ちょ、誤解だぞお前ら!も、どうしたんだよ!?」 「不埒な不埒な不埒な不埒な不埒な不埒な不埒な不埒な」 「ヒィィィィ!!!」 「うわぁああああセフィロスーー!私は、私はどうすればぁああああ!!!」 目を見開いて不埒不埒と呟く彼女に、流石のザックスも悲鳴を上げた。 それに触発されたかのように、は頭を抱え、此処にはいるはずの無いセフィロスの名を呼んで叫び始める。 錯乱する二人に、生徒達は思わず数歩引き、怯えて二人を見るが、当の本人達はギャーギャーと喚き続ける。 「さん、落ち着きなよ」 「アアアアアアアアーサー!!見てはいかん!決して見てはならんぞぉおおお!!」 「落ち着けって!ってゆーか退いてくれ!頼む!」 「くっそ・・・先生に乗られるなんて・・・羨ましい!」 「どいつもこいつも重傷だな。・・・何があったわけ?」 「な、何がだと?言わせるのか!?この私の口からそれを言わせるつもりか!?アーサー、お前はそんな破廉恥な子だったのか!?」 「、それはいいから、そんなトコに乗って暴れ・・・ってか動かないでくれ!っちょ、動くなーー!!」 「そんなに嫌なら代わってくれ!さぁ先生!俺の上にどうゾブォッ!!」 一人冷静なアーサーの前で、は驚愕したように彼を問い質す。 丁度下腹部の上に座られているザックスは、彼女が喚いく度に伝わる動きで、否応無しに反応してしまいそうな己に嘆いていた。 ザックスの隣では、制服の上着を脱ぎ捨てたカーフェイが腕を広げて腰を下ろしたが、そのままアーサーに腹を蹴られて転がっていく。 騒動から取り残されたアレン、ジョヴァンニ、ロベルト、ガイは、そんな4人を呆れきった目で見ているが、当の本人達は至って本気だった。 腹を押さえて蹲るカーフェイを横目に、アーサーはの脇を掴んで持ち上げると、ザックスを自由にさせる。 両手で顔を覆っていたザックスは、が避けると同時に背を向けて横になった。 「すみませんザックス。・・・・重かったでしょう?」 「そんな事ないけど・・・うん、退いてくれて・・・ありがと・・・」 顔を伏せたまま肩を震わせるザックスに、生徒達は同情の眼差しを向ける。 彼が打ちひしがれる意味を分っていないだけは、そんなに重いだろうかと自分の体を見ていた。 「なあアレン、女ってエロ本ぐらいでパニクっちまうもんなのか?」 「僕に聞かないでよ。あと、食事中にそんな話題やめてよ」 「それより、何で君達がこんな物囲んで食事出来るかの方が僕は疑問だな」 アバランチが残した物資を漁り、問題の雑誌を見つけた班員は、それを囲むように円になって夕食をとっていた。 そんなものを眺めて食事を取ることを拒絶したアレンとロベルトは、円に加わりながらも背を向けて口を動かしている。 その視線の先には、崖っ縁で座り込んでいると、その背を摩るザックスの姿があった。 騒動が一応治まってから、はザックスの紹介をし、例の書籍を処分するべくテントの中に再び入った。 子供達や可愛いザックスに、あんなものを見せる事など出来ないと思った彼女の覚悟は、此処最近では一番のそれだろう。 が、如何せんあれだけ精神的ダメージを与えられた品物である。 何とか中から這い出てくる事は出来たものの、その時の彼女の形相はまさに青鬼。 具合が悪くなってしまいましたと言わんばかりの様子に、呆れたアーサーが本を引き受けた。 それからもうすぐ一時間程経つ頃だが、はずっとああしてザックスに付き添われたまま、崖下と睨めっこをしている。 最初こそ心配しながら様子を伺っていた生徒達だが、その殆どは食べ盛りで伸び盛りの男の子である。 への心配は、彼らの食欲にアッサリ負け、加えて大人の本への興味により、今では完全に思考の隅に追いやられていた。 アレンとロベルトこそ、じっとの背中を見ているが、それは単に他に興味を引くものが無いからでしかない。 アーサーの指示の元、食事を始めた彼らは最初こそバラバラだった。 が、本の処分をどうしようかと考えるアーサーが、パラリと中を確認した途端、カーフェイが飛んで来た。 それを見たガイが共に食事していたロベルトを無理矢理引っ張り、集まり始めた班員にジョヴァンニが共にいたアレンを担いで合流。 前後左右を囲む班員に、アーサーは呆れの溜息をつくと、本には指一本触らないよう注意して本を尻の下に敷いた。 が、物がまだそこにあるという理由から、班員はそこから離れようとはせず、皆で班長を囲んで食事し始めたのだ。 前からカーフェイの物欲しそうな視線を受け、後ろからはガイの視線とクスクスと笑う声。 右ではジョヴァンニが「良い座布団だ」と笑う声と、アレンの軽蔑の眼差しと頻繁な溜息。 左に腰を下ろしたロベルトは、そこを離れたそうにしていたが、物凄く同情した眼差しが時折視界に入る。 食事も何もあったものではないと考えていると、突如後ろにいたガイがアーサーの尻の下に手を突っ込んできた。 隙をついたカーフェイが、先程の蹴りのお返しと言わんばかりに、アーサーにタックルをしようとしたが、足がもつれて不発に終った。 このままでは収集が付かなくなると判断したアーサーは、決して誰も手を触れ無い事を約束させ、割と平気そうなページを開いて場所を移動する。 班員の情けない姿と、目の前にある飯が不味くなりそうな写真に、アレンは一番マトモなロベルトの隣へと移動した。 アレンについてきたジョヴァンニもロベルトの傍に移動したが、本に背を向けた二人とは違い、彼は普通に写真を眺めながら食事をとっている。 「アーサー、それ俺にくれ!大事にするから俺にくれ!」 「五月蝿い。これは・・・・俺が班長として預かる」 「普通捨てるだろ。オメェそれ単に欲しいだけじゃねえか・・・」 「アーサー、後でじっくり見せてね」 「じゃぁ後で貸してくれよ!オマケのDVDだけでもいいから!」 「俺とロベルト以外は18歳以下だからダメだ。そしてこれは一部20禁だから、ロベルトもダメだ」 「じゃぁ18禁ページならロベルトは見れんだな」 「そうだね。ロベルトは見れるね。よかったね、ロベルト」 「何で僕の名前強調するんだよ。僕そんなものいらないからね!アーサー、変な所で僕の名前ださないでよ!」 「凄く不愉快。ご飯が不味くなるどころか、既に味を感じる気にもなれない」 心底嫌そうな溜息を吐いたアレンは、手にある保存食のパックをグシャリと握りつぶした。 青筋を浮かべて立ち上がった彼は、まだ騒ぐ他の班員を残し、崖の方へと歩く。 皆の雰囲気に着いて行けないロベルトもアレンの後を追い、二人はとザックスがいる場所とは少し離れた所で立ち止まった。 班員の輪から離れた二人に、はザックスの背中越しに目をやった。 一度こちらをチラリと見たので、大丈夫だという意味で片手を軽く上げると、アレン頷いて海へと視線を向ける。 その後ろにいるロベルトにも視線を向けると、彼は数秒こちらを睨むように見つめ、振り返ったザックスに頭を下げるだけだった。 僅かに殺気立ったようなロベルトの雰囲気を察したザックスは、表にこそ出さないが内心首を傾げてへ視線を戻す。 数十分前から既に復活しながら、ザックスとの作戦会議の為に立ち直れていないフリをしていた彼女は、微かに笑みを浮かべると再び崖下を眺め始めた。 「・・・・嫌われてんのか?」 「そちらの方が、彼は楽でしょう」 「は?」 「若さ故・・・いえ、立場故の葛藤・・・と言った所でしょうね」 「・・・よく分んないんだけど」 「いずれ分ります」 崖下から聞こえる波の音は遠く、そこから登ってきたザックスには嫌でも此処の高さがわかる。 谷底のような場所で月の光を時折反射する波の下。 海の底より更に深い場所を覗き込むようなの瞳に、ザックスはもう一度ロベルトへ振り返る。 何気なく友人と話す彼はごく普通の少年のようだが、そんな彼には知られぬように注意を向けていた。 出会った頃ならきっと分らなかっただろうそれも、彼女と過ごした時間と、ソルジャーになったおかげで手に入れた能力の賜物だろう。 校長の息子と、元ソルジャーの甥がいるこの班は、かなりの安全圏だと思ったのだが、現実はそうでもないらしい。 なるほど。考えてみれば確かに、反神羅組織が潜んでいる可能性がある事を、事前に知っていた彼らは向こうにとって厄介な存在だ。 その上、引率は英雄や副社長と親しく、完全に神羅の人間である。 遅かれ早かれ、消しにかかるのは当然の成り行きと考えられる。 「いきなり実習にアバランチが絡んでいいる言われれば、普通は何故だと言うでしょう。 しかし、彼はそうではなかった。 ただその名に驚き、死にかけた人間に驚き、ですが彼らが此処に居る理由を問う事は無かった。 まるで最初からそこに彼らがいる事を知っているように」 「アバランチの事を知ってたのは・・・と、二人の生徒で、口外無用か」 「学校と神羅からの指示ですから、例え親友であっても教えてはいないでしょう」 「だから知ってるはずが無い・・・」 「確信とまではいきません。ですがアーサー・・・あの班長で校長の息子の子です。彼も気付いている」 「・・・じゃぁ、やっぱり・・・」 「他の3人も、どうなるか分りませんが・・・・」 ゆっくり顔を上げたは、一度ザックスに目を合わせ、すぐにその後ろに見えた二人に視線を向ける。 釣られて振り返りそうになったザックスだったが、それは視線が彷徨った瞬間、が出した殺気に遮られた。 一瞬だが、それは向こうにいた二人が注意を向けるには十分で、彼らは勢いよくこちらに振り向く。 しかし、彼女が殺気を向けたのは、彼らではなく、の目の前にいるザックスだった。 一瞬混乱しそうになったザックスだったが、小さな声で名を呼んだ彼女に、その意図が何となくだが分った気がした。 きっと、今のは彼をカムフラージュにした、『彼』への牽制なのだろう。 そんな彼にゆっくり体を向け、しかしすぐに力なく蹲りそうになった彼女に、ザックスは慌てて手を伸ばした。 既に自分の力で動ける彼女のそれは当然演技だったのだが、ザックスはつい本気で心配して焦ってしまう。 両腕で肩を支えられる事で、彼の体を壁にして唇の動きを読まれないよう念を入れる。 多分今までで一番近いザックスの顔を見上げたは、彼にしか聞こえない小さな声で続く言葉を告げた。 「ロベルトには気をつけなさい」 | ||
2007.10.12 Rika | ||
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